第18話 惨劇
「ご紹介が遅れましたこと、お詫びいたします。こちら、魔王軍序列第七位。魔王軍親衛隊隊長、パルム=レスバ様。藩王に継ぐお方です」
剣聖の剣撃を簡単にはじき飛ばしたパルムに周囲が驚愕するなか、悠然と同行者を紹介する。
「藩王に継ぐ……」
「大丈夫です、皆さま。私にお任せを!」
エリーの言葉に青ざめる側近たちだが、ミカエルの力強い言葉でみな、自信を取り戻した。
「おい、魔族。気づいているか?」
なにを? と首をかしげるパルムに、勝利を確信した下卑た笑みを浮かべるミカエル。
「魔封じの結界が張られていることにも気づかないのか、ザコめ」
「あぁ、そのこと」
パルムが自分の指を見つめる。
「確かに全力とはほど遠い」
「はっはっは! うす汚れた魔族め。結界の中では十分の一も力を出せまい」
周りの者たちも、高位魔族を討つという史上はじめての快挙に心おどらせ、はやし立てる。
「よろしいのですか、辺境伯。この部屋が血で汚れますが」
「そんなもの、掃除すればいいのだから、自分が死んだ後のことなど心配する必要はないわ」
エリーがせっかく善意で聞いてやったというのに、辺境伯すら勝利を疑っていないらしい。
度し難い。
「そうですか。ではパルム様、ご遠慮なさらずに」
魔王から全権を委任されているエリーの判断を尊重してくれていたパルムに、ゴーサインを出す。
「ダイロトの勝利より伝わりし聖剣ラインハルト。その斬れ味をとくと味わうがいい」
栄光に満ちた未来を夢見ているのだろう。
ミカエルの顔がみにくくゆがむ。
「今のうちだぞ、魔族め。這いつくばって許しを乞えば、楽に殺してやる」
舌舐めずりしそうな気持ち悪い声を出すミカエルに、ゾワゾワと怖気が走る。
「申し訳ないが……我は貴殿と会話を楽しむ気はないのでな。来るなら早く来られるがいい。時間の無駄だ」
てっきり命乞いするものと思ったパルムに振られ、ミカエルのこめかみに青筋が浮かぶ。
「そうそう。先ほどの斬撃? はエリーを斬るため、本気でないと思ってよろしいな」
表情も変えずにさらにあおられ、ミカエルは怒りを爆発させた。
「うぉぉぉっ! チェストぉぉぉっ!」
だが。
「……遅くて軽い。まさかこれが本気……か?」
「パルム様、私が見た中で、ミカエルの最高の剣筋でしたよ。それほど見たことがあるわけではありませんが」
アールヴの剣聖が繰り出した全力の太刀筋は、パルムの左手の人差し指と親指につままれて止められていた。
「くっ……離せ……」
両手で剣を取り戻そうとするミカエルと、二本指でつまむパルムが綱引きをしているのは、なんともシュールな絵柄だ。
「ふぅ……しょせんはヒューマンの蛙か。剣聖などと……期待したのが間違いだったようだな」
「なっ! ダイロトの戦いで魔族を何匹も斬った聖剣がっ!」
パルムが少し魔力をこめただけで、刀身が耐えきれずにボロボロと崩壊していく。
「先ほど……言っていたな。私も慈悲をやろう。這いつくばって許しを乞え。一瞬で殺してやる」
「ふ……ふざけるなっ! 聖剣を一本無効化したくらいで、いい気になるなよ!」
腰に下げたもう一本の剣を抜くミカエル。
学習能力はないらしい。
と、エリーの後ろから一人のアールヴが剣を手に近づいてくる。
「うす汚れたまぞ……」
「エリーは魔王様の名代だと言ったはずだ」
エリーの首に刃を突きつけてパルムの動きを制しようとした愚か者は、パルムの本気の殺気を受けて壁まで吹っ飛ばされ、めり込んだ状態で圧迫される。
「魔王様の名代に刃を向けた不敬、殺しても飽きたらぬぞ」
ゾクッ。
魔王や藩王の自然に出てしまう威圧感に慣れているエリーでも、背筋が凍るほどのすさまじい殺気。
部屋の体感温度が、十度ほど下がった気がするくらいだ。
「た、助け……」
哀れな愚か者が意味ある言葉を発せられたのはそこまでだった。
パルムの目が光ったと思うと、指先から順番に肉が爆ぜ、壁に血塗られたアートを描いていく。
「う、ウァァァァッ!」
恐怖にかられたミカエルが、愚か者をつぶすためによそ見しているパルムに斬りかかる。
「申し訳ないが、しつこい男は嫌いでね。言ったはずだ。本気でこいと。それともこんなハエが止まりそうな太刀筋が本気なのか?」
剣を持って振り抜いたはずのミカエルの手にはなにもなく、斬られたはずのパルムがミカエルの剣を持っている。
「遅い。遅すぎて話にならんな」
ミカエルが気づかない間に奪った剣を、無造作にミカエルへ向かって投げつける。
超高速で飛翔する剣は呆然とするミカエルの頬をかすめ、後ろで剣を抜いたままへたり込んだ若いアールヴの胸をえぐる。
それでも勢いは衰えず、アールヴ貴族の胸に鍔の大きさの穴を開けたあと、壁に刃の半ばまで突き刺さった。
「か、貸せっ」
ミカエルはそばにいたアールヴ第二の剣士と称えられていた男から聖剣を奪うと、しゃにむに斬りつける。
「な、なぜだ……聖剣なのに、なぜ魔族を斬れないっ!」
ミカエルに失望したパルムは避けることさえしない。
首に刃が触れるが、斬るどころか引くことすらできなくなっている。
「今、なにかしているのか? 魔の森の虫の方が、まだ刺されたら痛いだけマシだな」
「くっ……くそがぁぁぁ」
何度も斬りつけるが、パルムが薄くまとった魔力にはばまれ、聖剣が刃こぼれしていくばかりだ。
「さらばだ、しつこい男」
反対にパルムが手刀で胸を突く。
「かっはっ……」
溶けたバターにナイフを突き立てるように背中までパルムの腕が貫通する。
「見えるか? これがなんだかわかるか」
貫いた腕を抜いても、かろうじてミカエルは生きている。
瀕死の男に向けてパルムは手の中につかんだ光る珠を見せる。
「これはそなたの根源……そなたらヒューマンが魂と呼ぶものだ。これにこうして傷をつけると……」
パルムが言いながら珠に爪を少し立てて引っかいた瞬間。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!」
息も絶え絶えだったミカエルが胸を押さえて苦しみ、床を転げ回る。
「苦しかろう。根源が消滅すれば、来世に転生することもできぬ。その痛みだよ」
「ゆる……して……やめて……ください……」
「貴様は、誇り高きアールヴなのだろう? そのように無様な姿を見せてよいのか?」
死ぬよりも辛い激痛に、全身の穴という穴から体液をこぼしてミカエルが助命を懇願する。
「あぁ、だがアールヴでもなかなか高位にいるというのは本当のようだな。キレイな色をしている」
パルムは手に取ったミカエルの魂を、宝石を見るように眺めている。
「キレイで……美味しそうだ」
「許して! お願いします、なんでもしますから!」
大きく口を開けたパルムに、焦ったミカエルが必死に許しを乞う。
「なんでもか。這いつくばって許しを乞え」
「お、お許し、ください……」
若いアールヴならば誰もが憧れた剣聖の姿はそこにはなく、みじめに命乞いをする敗者だけがそこにいた。
「舐めろ」
靴を履いた爪先を突きつけ、屈辱をさらに与えるパルム。
ミカエルは唇を、そして全身を震わせてためらう。
だが死の恐怖に耐えきれず、ブルブルと震える舌を伸ばしてパルムの靴を舐めようとする。
「やはりなしだ。我が身は敬愛する魔王様のモノ。貴様ごときに触れられたくはないのでな」
足を引っこめたパルムを、ミカエルはすがるような目つきで見上げる。
「もし……根源を喰われたらどうなると思う?」
魂についての研究が魔族ほど進んでいないアールヴでは、誰も答えられない。
「腹の中で吸収されてしまうからな。来世に転生することはできないのはとうぜんとして、蓄積してきた知識や技能も、捕食者に奪われる。つまり、何も残せず、人生が無駄なモノだったということになるわけだ」
ミカエルが青くなった顔を蒼白にして震える。
「まぁ、いい。このあたりでゆるしてやろう。誇り高きアールヴとしきりに喧伝する者が必死に命乞いする姿など、なかなか見られんだろうからな。それだけは楽しめたよ」
笑いながら言うパルムの言葉に、助かるかもしれないと希望を持ったミカエルは、顔を喜びに輝かせる。
「望みどおり、一思いに殺してやる」
パクリとミカエルの魂を飲みこんだ。
「あぁ……あぁぁぁぁぁっ……」
絶望に彩られた顔。
パルムの喉が飲みこむように動いた瞬間、ミカエルはくずれ落ちて絶命した。




