第16話 会談2
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
本年もご笑覧くだされば幸いです。
ダークエルフほど、毀誉褒貶にさらされている種族も少ない。
数千年前。食糧危機が起こったときに、アールヴの閉鎖性を批判し、交易によって生き残りを図った一群がいた。
だがアールヴの「誇り」は彼らをゆるさず、杜を追われたのが、彼らの始祖である。
まだヒューマンと魔族の境界が曖昧だったころだ。
魔族の襲撃や、アールヴの美しさに商品価値を見出したニンゲンの奴隷商人に襲われながら、彼ら彼女らは命からがらに逃げた。
そして、南の平野にやっとの思いで安住の地を確保したという。
そこから数千年。
最初は深い杜の木々に遮られない日光に肌を灼かれることに慣れず、赤くただれたように日焼けしていた肌も、いつしか闇夜に溶けこむほど黒く灼けるように順応した。
そんな新しい種族のことを、ニンゲンをはじめとした諸族が黒いアールヴと呼ぶようになった。
しかし、もはやアールヴとはたもとをわかった彼らはアールヴと呼ばれることをよしとせず、交易を通じてダークエルフという自称を浸透させて今にいたる。
そんなダークエルフについてアールヴは当然よく思うはずもなく、列国会議において事あるごとにぶつかり合い、全会一致のさまたげになっているのは、周知の事実だ。
唯一、差し迫った魔族の脅威にだけは協力をする。
だが、アールヴ唯一の輸出品である奴隷交易に参加を拒否するだけでなく、境界を越えてきたダークエルフは外交官でもなければ魔族同様、理由の如何を問わずに殺してしまう。
アールヴとダークエルフにはさまれた獣人たちは、昔から国境付近で交易をしつつ、トラブルも頻発していることから、嫌ダークエルフ感情が根強い。
ニンゲンからはその美しさに注目され、アールヴ同様に奴隷としての需要が多い。
特に若く美しい女性ダークエルフは、紫水晶を思わせるような艶がかった肌と、光を反射する見事な銀髪が魅力的で、好事家でなくとも手元におきたい一品と、評価が高い。
むしろ、閉鎖的でなかなか供給されないアールヴ奴隷と違い、ダークエルフの奴隷は交易などを通じてワナにはめやすいため供給量が安定している。
堕としやすいダークエルフの奴隷は、質さえ問わなければちょっとした小金持ち程度でも購入できるものも出品される、
そのため人間世界に数多くおり、比較的一般的な存在だ。
奴隷の数が多く一般的ということは、当然のように種族そのものへの印象も悪化させ、自分たちよりも一段下に見られやすくなる。
一方、元々アールヴの一族であるから魔力は多く、魔獣退治専門のパーティなどで活躍することで賞賛されるダークエルフも多い。
また、数百年前のダイロトの勝利においても、初代ベルッド子爵と双璧をなして最後に魔族を川向こうに追い落としたのはダークエルフだったと言う。
その英雄の名を永く種族の記憶にとどめようと、ダークエルフは彼の名を首都に冠してピロテースと呼んでいる。
「魔族はこれまで恐れられ、知性がないと軽蔑されてきました。そんな我々が、同じように恐れられ、軽蔑されてきたダークエルフの皆さんを恐れる必要も、軽蔑する理由もありません」
「だから、交易か」
「はい。対等な立場で売買する。そして時間はかかりますが、両種族が交易を通じて信頼関係を結ぶことができたら、素晴らしいことだと思いませんか?」
言ってから、真実の鏡を横目で確認する。
無反応だ。
(まぁ、交易を通じて両種族が信頼関係を築くことが素晴らしいと思っているのは事実よね)
ホッとして、張りつめていた息を少しずつバレないように吐きだす。
(魔王様も、ダークエルフには恨みはないとおっしゃっていたから、嘘じゃない)
そう。タックム以下、ダークエルフという種族については、逆らわなければ存続させることが仮決定している。
(ずいぶん刺さったみたいね)
ダークエルフたちは、口はにこやかに笑いながら、忙しく目線で会話をしている。
交易のメリットがだいぶお気にめしたようで、エリーは内心でニンマリと笑った。
「最後に防衛上の理由です」
交易のメリットだけでかなりの賛同を得られそうだが、最後の一押しをしておく。
「我々は数百年、ずっと東から攻められることを警戒して、兵を置いています。あなた方も、西の境界を監視する兵をたくさん抱えているはずです。それが、お互いに友好を確認したら? どれだけの費用が不要になるでしょうか」
まずはわかりやすいメリットを提示する。
だがそれだけではない。
「それに、西の境界から兵を引き上げることができたら……同君連合との国境争いに兵を割けると思いませんか?」
にこやかな笑顔で辺境伯領の機密に触れてみせる。
グッと返答に困った顔のタックムや、動揺して目線を泳がせる側近たち。
完全にエリーのペースで話しが進められている証拠だ。
魔族と境界を接する、北からアールヴ、獣人、ダークエルフの三辺境伯領を滅ぼそうと考える愚か者はいない。
当たり前だ。
辺境伯領を滅ぼした瞬間から、自分たちこそが魔族との最前線に立たされてしまう。
そんな不幸を積極的に望む者はいない。
たとえ数百年間、魔族との戦争がなかったとしてもだ。
そして、魔族との最前線を監視し、時にははぐれ魔族を退治するために、ある程度の後背地が必要ということの理解は各国にもある。
問題は、どれだけの後背地が必要かという理解が、立場によって異なることにある。
とうぜん、辺境伯たちは今以上に広い土地がなければ苦しいと訴える。
今ですらギリギリなのだと。
だから諸国から軍事協力費という名目で援助を引き出そうとする。
対して東側の国々は、もっとせまくても魔族と戦うことはできると言い、辺境伯の領地の一部を奪おうと画策している。
その攻防戦は数年に一度、具体的な軍事衝突となって顕在化する。
かといって、ニンゲン同士、あるいは魔族の土地から遠く離れたドワーフやアマゾネスとニンゲンの諸国家間での戦争ほど大がかりにはならない。
理由は、もし辺境伯領が崩壊してしまえば、列国会議で主犯に魔族との境界を守護する役割を与えることが問答無用で決まってしまうのは明らかだからだ。
だから辺境伯領は戦争という一点においては比較的恵まれている方ではある。
とはいえ、それこそ毎年小競り合いはあるし、数年に一度のペースで発生している紛争に勝つため、東側の国境にも兵を配置しなければならない。
東西の二正面に精鋭を配置する負担は、三辺境伯領に共通して重くのしかかる。
その片方が緩和することは、間違いなく魅力的な提案だろう。
そして、その常態では収まらない、具体的な国境紛争をダークエルフは今まさに抱えていた。
「東の同君連合の王配、パットン=ゴディーゴは戦争狂ですから。一昨日も開かれた領土をめぐる交渉は諦めた方がよろしいかと」
具体的に時期と固有名詞まで出されてはタックムも認めざるを得ないのだろう。
ため息を吐く。
「ずいぶん、ヒューマンのことをよく知っているのだな」
心の中を見すかすようにするどい眼光を浴びせられるが、魔王や藩王たちと接しているエリーには涼風のようにしか感じられない。
そしてエリーは無言を貫いた。
真実の鏡の弱点は、言葉にされたものの真偽を判定するだけなので、答えなければ嘘か真か判別できないことにある。
(当たり前でしょう……戦争に限らず、交渉ごとの基本はいかに事前に相手の情報をつかむか。手ぶらで遊びにきたわけじゃない)
この時点で、エリーの勝利は確定していた。
魔王の配下にはかなりの高位の魔法使いや、聖なる力を持っていなければ見抜けないほど巧妙にヒューマンに化ける一族がいる。
魔王は彼ら彼女らをヒューマンの世界に人知れずもぐりこませ、諜報網を構築していた。
ヒューマンの国々で起こったことは、遅くても二日後には魔王の耳に入れるか判断されるところまで、情報網は整備されつつある。
ヒューマンたちが魔族の情報に無知なのとは正反対であり、エリーは身も心も捧げた主人の怖ろしさと頼もしさに、惣身を震わせた。
新年ですので、本日昼頃、もう1話投稿させていただきます。




