第15話 会談1
「なるほど、ベルッド家の者か……確か、娘は奴隷にされてニンゲンに売り払われた……と聞いたが?」
タックムの声でエリーは我に返る。
アールヴと敵対しているくせに、情報はちゃんと集めているらしい。
「……はい……。ですから、妹たちを探しています。ダークエルフ辺境伯領には、妹たちはいませんか?」
先ほどの言葉を、より定義をせばめて聞き返す。
「あぁ、いないな」
ちらりと真実の鏡を確認するが、なんの反応もない。
(とりあえず……少しでも範囲をせばめられたとプラスに考えるしかない……)
領内のすべてを辺境伯といえども把握しているわけではないだろうが、アールヴと大昔から確執のあるダークエルフだ。
たとえ奴隷だとしても、領内にアールヴが入りこむには許可が必要との法律があると聞いている。
だからよほど秘密裡に連れこまれたのでなければ、タックムが知らないはずがない。
ようとして行方のわからない妹たちの安否が知りたいが、どうやらダークエルフはシロだったようだ。
(ミレー、ルカ……どうか、無事でいて……)
幼い妹たちを早く助けたいという焦りがお腹の底から沸き起こってくる。
だが、そのためにもヒューマンの結束を切り崩すことが必要だ。
エリーは一瞬目をつぶって静かに大きく息を吐き、焦りを鎮静化させた。
「そなたは奴隷にはされなんだか?」
言外に、エリーが逃亡奴隷なら交渉に際して魔族の弱みをにぎれると、ジャブを打ってきた。
「私は……アールヴ辺境伯の前で粗相をしたので、魔の森に捨てる刑罰を受けました」
「魔の森に……よくぞ生き残ったものだな」
タックムは驚きつつ、ちらりと鏡を確認する。
(疲れる……)
外交交渉において、ウソや詐術はバレたときのリスクが大きいので、日常的に使うものではない。
逆に、九割の真実に一割のウソをこめて自国の国益を追求することは、バレても解釈の違いや勘違いで言い逃れできることから、時に外交官は息をするように嘘をつかなければならない。
しかしこの場においては、一割どころか一分の真実でない言葉にすら鏡によって断罪されてしまう。
むしろ通常の化かし合いよりも、言い回しや正確な表現に気を使わなければならず、よけいに気を抜けない。
なにせ、ほんの少しの言い間違いでも真実ではないと判定されたら、それが誤りではないと証明するために、万の言葉を弄さなければならないのだから。
「なるほど。それで魔族と行動をともにしているということだな」
小さくうなずく。
「魔の森に捨てられたなら、アールヴ辺境伯を恨んでおるか」
答えにくい質問がきた。
恨んでいるに決まっている。
だから否定はできない。
でも肯定すれば、魔族がアールヴ辺境伯とも協定を結ぼうとしていることと矛盾する。
「……私個人の感情と、魔王様が進めようとされている政策は別物です」
かなり踏みこんだ。
ちらりと鏡を見るが、反応がない。
安心して張りつめていた息を小さく細く吐きだす。
「ふむ。何のために魔王は、我らダークエルフやアールヴどもと盟約を結ぼうとする?」
先ほどの質問の答えはタックムや居並ぶダークエルフの高官たちも気がかりだったらしく、しばらく鏡の反応がないか待ってから次の質問がくる。
「三つ理由があります。ひとつは人道上の理由。次に交易上の理由。最後に防衛上の理由です」
練習してきたのでよどみなく答えてやると、タックム以下主従がみな目を丸くしている。
三つ理由をあげるのは、魔王様に教えてもらった説得のテクニックだ。
とりあえずこちらのペースに巻きこめたと、内心でガッツポーズをして続ける。
「人道上の理由はご理解しやすいかと思います。ダークエルフであれ、魔族であれ、互いの境界を越えた者は生きて帰らない。それが我々ヒューマンがダイロトの勝利と呼んだ戦争以来の現実でした」
我々ヒューマン、とここでは同じ立場にあることをさりげなく強調する。
そしてその、ダイロトの勝利におけるアールヴの英雄の子孫という立場は最大限利用させてもらう。
「誤って越境してしまった者。迷いこんでしまった幼な子。そのような理由はいっさい考慮されず、問答無用で殺される。魔族を殺すことはためらいがなくとも、あなた方の同胞も同じ目にあっていると思えば、その現実は変えたいと思いませんか?」
ダークエルフたちは黙りこむ。
特にタックムは心に響いたように口を真一文字に結んでいる。
とうぜんだ。
タックムには幼いころ憧れた兄がいた。
だがその兄は辺境伯を継ぐことなく鬼籍に入った。
かれは敵対グループと口論になった際、辺境伯の子どもにふさわしい勇気を示せとあおられ、魔族の領域に入って帰ってみせろと言われたという。
もちろんそんな馬鹿げた要求は突っぱねたのだが、臆したかとさらにあおられ、周囲の若い支持者の手前、引くに引けなくなってしまったらしい。
後日大人たちに黙って越境し、還らぬ人となったのだ。
兄が生きていたら……タックムは辺境伯にならなかった。
そのことはタックムにとって幸運だったのか、不幸であったのか。
それは、彼が魔王様に対して最終的に膝を屈することができるかによる。
だが今はまだ判定するときではない。
「なるほど、提案は理解できる。だがそれだけでは我々ダークエルフの大衆の多数から、賛同は得られんと思う」
「だからこそ、あと二つ理由があります」
タックムだけでなく、他にも親族が迷いこんでしまった者や、狩をしていて誤って越境を越えてしまった家族がいる者はいるだろう。
国境線は基本的には小川を自然境界としているが、水の流れが地下にもぐるところもあり、見張りのために木を森を切り拓いていても、迷いこんでしまう者が数年に一度は現れる。
だがそれは少数派だ。
アールヴとしての経験からいえば、ヒューマン内で魔力最強種の一つに数えられるアールヴですら、魔族をおそれている。
数千年前にアールヴから分離したダークエルフも同じだろう。
その恐怖は、人道上の理由だけでは乗り越えることはできない。
「交易上の理由、というのは?」
タックムがさりげなさをよそおって聞いてくる。
偶然だと思っているかもしれないが、彼の個人的な事情にそって、人道上の理由を最初に持ち出したのは正解だったようだ。
「ご存知のとおり、偏狭で閉鎖的なアールヴは別ですが、ダークエルフの皆さまは交易が必要でしょう?」
ここは元アールヴ貴族の立場を利用する。
と、タックム以下、小さな笑いが起きる。
もはやエリーはアールヴであることになんの未練もない。
ただ、生まれがそうだっただけで母と妹たち、そして愛情をもって仕えてくれた使用人たちを守ることさえできれば、外道な辺境伯や、その所業を見て見ぬふりするアールヴ貴族など、皆殺しにしても構わないとさえ思う。
だから、こうしてアールヴの偏狭さをネタにして笑いをとっても、心に痛痒すら覚えることはない。
(魔王様に会って、私はずいぶん変わったな……)
かつては、アールヴであることに誇りを持っていたし、魔族を恐れながら、軽蔑もしていた。
だが辺境伯の卑劣な行いと、魔王との出会いがエリーを変えたのだった。
「アールヴの杜から離れ、土地の痩せたこの南の大地に住むことを余儀なくされたダークエルフの皆さまに、我々魔族は多くの農作物を提供することができます。もちろん、正当な対価はいただきますが」
「ふむ……」
タックムは思案顔であごを撫でている。
ここが勝負どころだ。
「もう一つ。我々魔族は、ダークエルフに対する上下の感情はありません。むしろ、我々はダークエルフからの蔑視の方が気になるくらいですからね」
「……」
タックムだけでなく、居合わせた人々が口をつぐんだ。
そして、この小娘はどこまで知っている? という視線がエリーの顔に集まってくる。
「そんな目で見られるとは心外です。魔の森に捨てられるまで、領地から出たことがなかった私でも、そのくらいは知っています」
あおるように言ってやると、タックムたちは苦々しく顔をゆがめた。
12月から投稿しはじめましたが、ここまで毎日アップできているのが嬉しいです。
また来年もよろしくお願いいたします。




