第14話 勧誘
「さて、話を戻そう。エリーの望みはわかった。で、君は我々になにを提供できるんだ?」
温かい飲み物と甘いお菓子が振るまわれた小休息のあと、魔王に問われてエリーは困惑する。
「何かを提供……」
「当たり前だろ? なぜ我々が、君の望みに無償で協力しなければならない?」
ニコニコと楽しそうに言われて、言葉に詰まる。
恐怖を押し殺し、覚悟を決めるように唇をキュッと噛んでから、エリーは口を開いた。
「私の命を差し上げます。それでは足りませんか?」
「あぁ、足りない」
即答され息を飲む。
「正確に言えば、エリーの命をもらったところで、我々にはアールヴ辺境伯のような悪趣味はないからな」
魔王はさわやかに嗤いながら、肩をすくめる。
「魔族と呼ばれていても、魔獣ではないからヒューマンを食べるような悪趣味も外道もいないし。はっきり言って、君の命そのものには使い道がない」
そんな、それじゃぁ、私の出せるものなんてなにもない……。
「……魔王様、エリーと少し二人にしてもらえますか」
「了解。よろしくな」
「……個人的にはよろしくされたくありませんね」
むくれたようなカーラが口を挟むと、魔王は笑いながら素直に部屋を出て行った。
「……魔王様のおっしゃるとおり、エリーの命を差し出されても、我々には価値がない」
二人きりになっても、カーラは変わらず淡々と話し続けた。
「ただし、エリーが気づいていないが、我々には価値のあるものが二つある。それを差し出せるか、今から聞きたい」
「……なんでも。母と妹たちを助けられるなら、なんでも差しあげます。死んでもかまいません」
まっすぐカーラの目を見て告げる。
でも、私が気づいていない、価値のあるものってなんだろう?
「ひとつは、エリーの存在そのものだ」
「わたし……の存在?」
聞き返すと、カーラが力強くうなづく。
「君たちヒューマンが言うところの、我々魔族の地に元アールヴ貴族のエリーがいる。それも、魔王の近侍として。それだけで魔族への偏見は、ほんの少しだが変わると思わないか?」
言われてみれば確かにそのとおりだ。
エリーとて、もしあの事件がなく、今もアールヴ貴族として生活していたとしたら……。
魔族の土地にアールヴが、それも貴族がいると聞けば、少なくとも興味はわく。
そして、アールヴが殺されずに魔王のそばにいるという事実だけで、残虐で暴虐な魔王というイメージが、少しは緩和される可能性はある。
「我々、君たちヒューマンがいうところの魔族は、長年にわたって偏見に満ちた視線にさらされてきた。その差別をなくしたいと思うとき、エリー、君の存在はただ居てくれるだけで、我々にとってプラスになりうる」
そんな風に言われると少しくすぐったい。
「だから……どんな理不尽にも耐えろとは言わないが、決して魔王様を裏切らないと誓ってほしい」
「わかりました。この命にかえても、魔王様に忠誠を誓います」
エリーは深々と、魔王の恋人だと確信した藩王に頭を下げた。
「やっぱりカーラ様は、魔王様のことが大好きなんですね」
「……なんのことだ」
少し顔を赤らめてしらばっくれるのが可愛い。
「だって、お二人は恋人同士なのですよね?」
「あぁ、さっきのことか……マサトー様をどう思っているかは否定しないが……恋人ではない」
マサトー様?
そんな名前ではなかったような……。
それに恋人じゃないって、どういうこと?
「エリーに提供できるモノの二つ目はこの話に関係する。エリー、君も、魔王様の愛人になれるか?」
「へっ? あ、あ、あ、愛人?」
予想外の問いかけに、エリーはしどろもどろになりながら固まってしまった。
「我々魔族には大きくわけて五つの種族がいる。歴代魔王にとって、どの種族から妻をめとるかは恋愛感情ではなく、政治で決められるものだ」
「政略結婚……」
エリーのつぶやきにカーラがうなずく。
「実際、現魔王様の母君は妖魔族出身。お祖母様は邪精霊だと聞いている」
「なら順番的に、今の魔王様のお妃がアンデットのカーラ様でも、大丈夫ではないですか?」
各種族のバランスが大事ということなのだろう。
でも、あんなにカーラ様は魔王様のことが好きなのに……。
「先ほど言ったな。今、我々は反対派と戦争していると」
今度はエリーがうなずく番だ。
「反対派が蜂起した理由はいくつかあるが、一つには魔王様の改革に反対する者たちも多い。もうすぐ鎮圧できそうというところまできたが、そんな状態で魔王様が妃を決めたらどうなる?」
「……そうか……選ばれなかった種族が反対派に肩入れしたり、反対派に回ってしまうこともある……せっかくの勝利が遠のいてしまうかもしれない。そういうことですね」
エリーの答えに満足そうにカーラはうなずく。
「そのとおりだ。そのためには、王妃に近い特定の恋人という存在自体すら、タブーだ」
そんな……そんな悲しいことがあるだろうか。
「あーっ、そのなんだ? 恋人ではないが……その……毎晩、魔王様と一緒にいるぞ?」
エリーがカーラの境遇に同情して顔を伏せていると、空気に耐えきれなくなったのかそんな爆弾発言が飛びだした。
「まぁ……他の藩王たちも一緒だがな……」
「えっ? えぇっ?」
幸せなのではないかと、心配して損したと思って顔を上げるとさらに高威力の爆弾が投下された。
「だから言っただろう。エリーも愛人にならないか、と」
「あ、愛人……」
混乱してあわあわしているエリーに、追撃の一言が浴びせられる。
「藩王は各種族それぞれにいるから五人いるが、全員女性で、全員魔王様の愛人だ」
「ご、五人も……」
初恋もまだな生娘には刺激が強すぎて、理解するのに時間がかかってしまう。
「そ、その…それでよろしいのですか?」
「……なにがだ?」
少しずつかみ砕きながら、疑問に思ったことをぶつけてみる。
「もしその……私が魔王様の愛人? になった場合……。もしも、もしもですよ! その……カーラ様の……おこがましい言い方ですが、ライバル的なモノに……」
「……正直、手放しで歓迎はできないし、嬉しくもない。アールヴは美しい種族であることは我々も認めるところだし、エリーを見る魔王様の眼には嫉妬してしまう」
やっぱり……。
「だが、私も藩王だ。魔王様のために有益なら、感情に流されることなく、理性に従って生きると……魔王様に忠誠を誓ったときに決めたんだ」
力強い瞳を見てしまうと、エリーにはなにも言えなくなる。
「改めて話をしてわかった。エリーは政治を理解できる。さすがは名門貴族出身というというところだな。残念ながら、今は知識がないかもしれないがね」
「そんなこと……ありません」
両親から、そんなことを期待されたことはない。
認めてもらえたことは嬉しいが、期待の重さに耐えられる自信がなくてためらってしまう。
「我々にはエリーが必要だ。……今はこうして私が魔王様の秘書のようなことをしているが……他の藩王とのバランスを考えると、正直、他に譲りたくてね」
少し疲れたような顔でカーラが言う。
魔王につぐ地位として、ヒューマン領土にも聞こえる藩王といえど、気苦労はあるらしい。
「ほかの藩王たちは、それぞれ担当する仕事があるからいいんだが、外野がうるさいんだ。だから、エリーにその役目を担ってほしい」
「そ、そんな大役……私にできるかどうか……それに、今日はじめてお会いしたのに、いいんですか?」
光栄だが、責任の重さを考えると即答なんてできるわけがない。
「裏切られる心配か? その懸念はわかるよ」
言葉とは裏腹に、まったく心配していない顔で言われても説得力がない。
何か、秘策があるのだろう。
「そのために魔王様の愛人になってもらうんだ。魔王様の母君は妖魔のサキュバス出身。そのおかげで魔王様は、裏切られないように身体に徴を刻む魔法を使えるからな」
なるほど、それなら裏切りを心配する必要がないわけだ。
「あ、愛人の件も含めて、少し考えさせてください……」
命をかける覚悟はできているが、誰かに一生を捧げる心積りはできていない。
まだ恋もしたことがないのだから……。
「もちろんだ。こんな大事なこと、即答できるわけがないことくらい、私も、魔王様もわかっている。いい返事を待ってるぞ」
カーラは複雑な笑顔を浮かべて言った。




