第13話 魔王2
「申し訳ありません。お恥ずかしいところをお見せしました……」
ひとしきり泣いて我に返ると、エリーはあまりの不躾さに全身を真っ赤に染めてひたすら平謝りする。
「かまわんさ。想いは伝わった。なぁ?」
「……えぇ、そうですね」
魔王はカーラに水を向ける。
話を振られたカーラは、助けてくれたときの親切さがウソのようにぶっきらぼうに答える。
魔の森で魔王をほめちぎっていた姿と、今の魔王のそばにいる姿にギャップがありすぎて、エリーがなにか礼を失してしまったかと心配になる。
「あの……魔王様。私の話の前に、カーラ様に謝罪してもよろしいでしょうか」
「……謝罪?」
楽しそうに目を細めた魔王の反応で、許可を得たと思い、カーラに身体を向ける。
「カーラ様。先ほどからお怒りなのは、私がなにか失礼をしてしまったのだと思います。心当たりがなく恐縮ですが、どうかお許しいただけませんか」
頭を深々と下げる。
「怒っ……てなどいない」
「怒っていらっしゃっいます。魔の森で助けてくださったとき……あんなにも魔王様の素晴らしさを熱く語ってくださったのと、今は大違いです」
「ち、ち、ち、違う。いま、その話はいいだろう!」
「なにそれ。kwsk」
焦るカーラとニヤニヤ笑う魔王。
その組み合わせがすこし可笑しい。
「べ、別に魔王様のことをほめたわけではありません。調子に乗らないでください」
カーラは言いながら、こちらに目配せをしてくる。
どうやら触れてはいけないことだったようだ。
「エリー。復讐に協力してほしかったら、カーラがなんて言ったか、くわしく教えてくれ」
「魔王様! 職権濫用です」
カーラが悲鳴のような声をあげる。
「申し訳ありません。魔王様の御命令とあれば、お話すべきかと存じますが……私はこの命をカーラ様にお助けいただきました。命の恩人は裏切れません」
こんなことで復讐が叶わないなんて……。
悔しくて涙が再びこぼれる。
「おっとすまん。戯言だ。本気にするな。筋を通したことは悪くない」
頭を下げたままの後頭部をポンポンと撫でられる。
「それに、本人に聞くからいいさ」
パチンと指を魔王か鳴らすと、あたりから音が消える。
(さ、サイレントの魔法……を、一瞬で?)
あまり難しくない魔法とはいえ、詠唱どころか思念と動作だけで展開したことに、魔王たる恐ろしさの片鱗を見た気分だ。
「さて、カーラ。なんて言って、俺のこと、ほめてくれたのかな?」
立ち上がった魔王がゆっくりとカーラに近づく。
「ほ、ほめてません。どうしても聞きたいなら、後で報告しますから、ここでは待って」
「口調がくだけてるぞ?」
サイレントと同時に、周囲に半径三メートルほどの結界まで張ったらしく、カーラが逃げられずに追いつめられる。
「俺のこと、ほめてくれたんだろ? 今日会ったばかりのアールヴ相手に。嬉しいな」
「だから違いますって……調子に……」
カーラの否定する言葉は最後まで発されなかった。
顎を持ち上げさせた魔王がその可憐な唇をふさいだからだ。
(きゃーっ。この二人、そういう関係?)
魔王と藩王。
身分を越えた恋か。
ドキドキが止まらない。
そしてよく見ると、魔王が舌をカーラの口の中に入れて、舌を絡ませあっているようだ。
いまだ恋も知らぬエリーには刺激が強いが、父母の親愛を確かめ合う優しい口づけと違い、男が女を屈服させるような力強いキスに、思わず見入ってしまう。
しばらくすると、二人の唇が離れる。
すると、カーラが甘えるように魔王の胸にしなだれかかる。
「あの娘も……するんでしょ……」
「それは彼女次第だろ」
「……嘘つき……絶対するもの」
エリーにはわからない恋人同士の会話を交わしたあと、カーラはまたプイッと横を向いた。
「話が逸れてしまったな」
エリーが目をキラキラさせながら見ているのを無視して、魔王が座りなおす。
「エリーの復讐の対象は誰だ?」
そんなことより二人の話が聞きたいところだが、そうも言っていられない。
「絶対に外せないのは、叔父のムッコヤム=ベルッドです。あとは……」
そこで言いよどんでしまう。
そんな不敬なことを口にしていいのかと、生まれてからアールヴ貴族として育った身でははばかられる。
「あとは?」
すべてを見透かしたような瞳で見つめられ、自然に口が開く。
「……アールヴ北辺境伯、ミカ=アールヴ、です」
言ってしまった。
アールヴ貴族でありながら、辺境伯に復讐すると言うなんて、父と母が聞いたら泣かれるかもしれない。
「アールヴも魔力絶対主義だったかな?」
「はい。現在の辺境伯は、情報によれば先代辺境伯夫妻の娘で、幼いころから神童としてかつがれ、かなり増長していたようです」
気を取り直したカーラが、たんたんと答える。
だが、その頬はまだ少し赤らんでいる。
しかし、そんなことまで調べているとは。
魔族とアールヴは国境を接していても交易はおろか、一切人的交流はないはずだ。
どこから情報を得ているのだろう。
「ミカ=アールヴ。神谷美嘉か……まんまだな。他には?」
「そうですね……アールヴ貴族から夫を迎えたようですが、魔力が辺境伯より低く、妻に虚仮にされて夫婦仲はかなり悪いという噂が入ってきております」
そんなこと、アールヴ貴族のエリーでも知らない。
「なるほど、ただの臆病者だと思っていたが……力に溺れてタガが外れると、そういうふうになるわけだ」
魔王がつぶやいた内容はよくわからない。
なにか、昔から知っているような口ぶりだ。
「……ずいぶん、最近貴族の取りつぶしが多いな」
資料をめくっていた魔王がつぶやく。
「そ、そういえば……私や妹たちの知人も何人か取りつぶしにあっていました」
そのせいでかなり貴族社会は殺伐としている部分もあるのだが、そんなに多いのだろうか。
「あくまで噂ですが……」
確証はないのだろう。
カーラが言いよどむ。
「噂レベルとして聞く。エリーが知っているかが知りたいからな」
「……辺境伯は、自身の美容のために若くて美しいアールヴ貴族を殺して生き血を浴びているという噂があります」
「なっ……」
ちらりとエリーを見たカーラが爆弾発言をした。
そんなこと、聞いたこともない。
「出どころは?」
「辺境伯の本拠地の使用人です」
「めちゃくちゃ確度高いじゃないか、おい」
それが本当だとしたら、大スキャンダルだ。
「アイアンメイデンかよ……」
魔王がまたわけのわからないことをつぶやく。
「いや、エリザベート=バートリーは王家と縁戚でも地方領主。貴族に手を出したところで逮捕されたが……魔力絶対主義のアールヴ辺境伯じゃあ、誰も止められない、か……よっぽど質が悪いな」
ため息をついてからエリーをちらりと見る。
「……なるほど、それでベルッド家。ひいてはエリーが狙いか」
「おそらく……」
なにを言っているのだろう。
私がどうしたの?
「つまり、この情報が正しい場合……ベルッド家はエリー。あなたを殺して血を浴びるために狙われ、取りつぶされた可能性があるということだ」
カーラの言葉が今度は衝撃的すぎて、言葉が出せない。
「わ……たし、の……せ、い……?」
「違うぞ、エリー。悪いのはすべて辺境伯だ。お前が罪悪感を覚える必要などあるわけがない」
即座に魔王が否定する。
それでも私のせいなんじゃ…。
「アールヴか……最初のターゲットを変更したいくらいだが、予定が大幅に狂うな」
「まず、大義がありません。この件が周知の事実なら口実にもできますが……アールヴ貴族のエリーが知らぬことなら、使えないかと。まずは予定どおりに攻めていくべきでしょうね」
攻める?
どこを?
「少し休憩しよう。情報が多すぎる」
魔王は大きく伸びをしながら中断を宣言した。




