第12話 魔王1
道中も驚きの連続だった。
馬車が待機している位置まで、カーラの配下が先導してくれるなか、連れられていった。
その間、一度ならず魔獣が近寄ってくる気配を感じてエリーは震え上がった。
だが、カーラが一言「往ね」とにらみながら命じただけで、あの凶悪な魔獣が恐れをなしてワタワタと逃げていったのだ。
また、アンデット軍を束ねる藩王だけあって、同行する部下は骨だけの者や、首を手に抱える者がいたりと、気絶しかけることだらけだ。
「あの……カーラ様。魔王様のお名前を教えていただけますか」
「我が君のお名前は、シャーン=カルダー八世陛下、十七歳でいらっしゃる」
魔王軍最高幹部の藩王と、二人きりで馬車に乗るVIP待遇を与えられ、恐縮しながらもエリーは間がもたなくてカーラにいくつか質問をした。
(若い……)
少し不安になるが、逆に言えばその若さで魔王として魔族を統べているというのは本当にスゴイ方なのかもしれない。
「しかし、エリーは強運の持ち主だな。魔獣に喰われなかったこともそうだが、もし反対陣営に見つかっていたら、越境者として今ごろはとっくに死んでいたところだ」
「えぇっ? あ、すみません。大変失礼いたしました……」
大声を出してしまい、慌てて謝る。
「魔王といえば、魔族の絶対君主だと思っていたか?」
意地悪な笑みを浮かべたカーラに、素直にうなずく。
「そうだな。だが、我が君の考えを理解できぬ者たちも居てな……今は魔族を二分する大戦の最中なのだ」
そんな……それでは、エリーの望みを叶える余裕なんてないではないか。
「なんだ? 当てが外れたか」
失望が顔に出てしまったようで、慌ててポーカーフェイスに戻す。
「安心していい。反乱軍は追い詰められていてな。逃亡兵も相次いでいる。我々が勝つのは時間の問題だ」
それでも、勝った後のもろもろで他国に介入する余裕なんて、十年単位で訪れないかもしれない。
「何か望みがあるのだろう? 忌憚なく魔王様に話すがいい。……そなたなら、魔王様も話を聞いてくれるだろう」
言いながらも、なぜかカーラは怒ったように窓の外を見ていた。
「ま、魔王様……ご尊顔を拝し奉りましたこと、恐悦至極にございます。私は、アールヴのエリー=ベルッド。ギュイターク=ベルッド子爵の嫡子にございます。以後、お見知りおきいただければ幸いです」
「さすがは名門ベルッド家の嫡子を名乗るだけあるな。見事な挨拶だが……そういうのは面倒だ。とりあえずは簡潔にいこう。時間がもったいない。我はシャーン=カルダー八世。そなたらが魔王と呼ぶ者だ。なにか望みがあるのだろう。話すがいい」
カーラに連れられていったのは、いきなり魔王が鎮座するという首都の城だった。
(こ、心の準備が……)
魔王に会うため、命の危険をかえりみずに魔の森に入ったとはいえ、普通、偉い人は会うのに色々と手続きが必要なのではないだろうか。
いくら藩王と一緒とはいえ、ボディチェックのひとつもなく、すんなりと魔王への謁見がかない、エリーはとまどうばかりだ。
それに、アールヴで辺境伯と謁見するときは、どんな高位高官でも必ず距離を置かれ、上から見下ろされるように座席にも高低差がつけられていた。
それなのに、魔王とは広い部屋のなかで膝を突き合わせるような距離での初謁見となって、めまいがしそうだ。
しかも、護衛もいない。
常識がまったく違うことに、エリーは頭痛がしそうな頭を一度振った。
大きく深呼吸して心を落ち着かせ、魔王を観察する。
聞いていたとおり、若い。
そして、意思の強そうな眉に、闇夜のように黒い髪の毛が目につくが、特にこれといって特徴らしいものはない。
恐ろしげな角や、鋭い牙もなく、ニンゲンだと言われても信じてしまいそうだ。
「若い。それにとりたてて特徴もない。これが本当に恐ろしい魔王だなんて信じられない。そんなところか?」
「い、いえ。そ、そこまでは……」
「そこまでは思っていないが、似たようなことは思ったわけだ」
ふざけてからかわれ、エリーは真っ赤になる。
エリーとてアールヴ貴族だ。
幼いころから青い血にふさわしい振る舞いを教育されてきた。
まだ若いせいでポーカーフェイスに失敗することもあるが、今は表情を読まれるような隙は見せていないはず。
「いつも言われているからな。魔王らしくないと」
くっくっくっと笑う顔は、精悍な顔つきが可愛らしくゆがんで、見惚れはしないものの、魅力的ではある。
「で、とりあえず望みを言ってみろ。声に出さなければ、叶うものも叶わんぞ」
そうは言われても、もっと恐ろしい相手に命がけで頼みこむのを想定していたので、この人に言っていいのか悩んでしまう。
だって、エリーを見つめる瞳はアールヴ貴族の誰よりも澄んでいて、復讐なんて言いだしていいのか迷ってしまうほどだから。
「母と妹を助け出したいです」
「二人はどこにいる?」
復讐について言い出せず、生きているはずの三人の救出だけ頼もうと口を開いた。
「三人、です……妹が二人います。母は……アールヴの地で奴隷に堕とされ、叔父に買われたようです」
「むごいな……貴族の妻ということは、元々貴族の出だろう? それを公式に奴隷にするとはな」
共感してもらえた安心感で、続きも話すことができる。
「妹たちですが……二人とも奴隷にされて国外に売られたようです。どこにいるか……」
話しているうちに、妹たちの感じているであろう恐怖や不安が想像できて、涙が喉を詰まらせる。
「妹たちの年齢は?」
「上の妹が十一歳で……下の妹は来月十歳になります」
「そんな小さな子たちを奴隷に……」
冷静なカーラが口に手を当てて驚き、同情を示してくれる。
「言っただろう? 地獄に悪魔などいない。ヒューマンどもの世界にうじゃうじゃ湧いている、と」
恐ろしいと畏怖されている魔族ですらあり得ないと言う蛮行にみまわれた、幼い二人の身が心配でならない。
「二人について情報は?」
「ありません。ワカナに言って探らせましょうか?」
「そうしてくれ」
三人のことについて手伝ってくれそうな雰囲気に、ホッとする。
あと一つの願いは…口に出していいのだろうか。
「……エリー、父親の仇を討ちたいのでしょう?」
しばらく口ごもってしまったエリーに、カーラが助け舟を出す。
あまりの驚きに、魔王とカーラの二人の顔を交互に見比べてしまう。
「言ったでしょう? 敵を知ることが大事だと。貴族の没落は重要事項。特にベルッド子爵の処刑は公開情報。通常の情報収集の範囲内で知っている」
「エリー。キミの復讐にかける想いを聞きたい。力を貸すかはそれ次第だ」
どこまで知られているのだろう。
でも、ここまで言ってくれるなら……。
「ただし、もし軽い気持ちなら、アールヴに突き出す。エリー、君は本気か? 俺は本気だ!」
「……軽くなんて……ない……お父様……を殺したヤツらを……殺して、やりたい……です」
見くびられたようで、悔しくて涙があふれる。
母を取り戻したい。
妹たちを助けたい。
それと同じだけの想いの強さで、父の仇を討ちたいのだ。
「とりあえず想いは伝わったよ。これまで我慢してたんだろ? 今は好きなだけ泣くがいいさ。大丈夫、君は一人じゃないよ」
近よってきた魔王に自然な動作で頭を抱き寄せられ、肩にすがってボロボロと泣く。
逮捕されたときの絶望感と無力感。
独房に入れられた屈辱と孤独。
辺境伯の御前での裁判に対する怒り。
母を奪われた憎しみ。
妹たちの境遇への憐憫。
魔の森で感じた死の恐怖。
それらがぐちゃぐちゃになってエリーの眼からあふれていくのを止められずに、エリーは出会ったばかりの魔王の肩をしばらくの間、濡らし続けた。
最近寒いので、熱すぎる人の名言を言わせてみました。




