第12話 最後通牒
遅くなりまして申し訳ございません。
「つまりその、ヴィスディ家出身の側室? がトラブルの元凶ということか」
「はい。ただ、側室ではなくて王妃というのだけ、訂正させていただきます」
ワカナの説明を聞いて、雅人は深いため息を吐いた。
「またまたサトミたちには聞かせられない話だな」
またもや頭を出した獣人への差別に、雅人は苦々しく表情をゆがめる。
「どうしてこう、ニンゲンという種族は、なにかを差別しないと気が済まないのか……」
イジメ問題の構図でもある。
特に雅人へのイジメはそれが原因だった。
もちろん、ニンゲンだれしも同じではない。
だから、能力や外見や得手不得手が異なるのは当たり前だ。
ちがうのはとうぜんなのに、その違和感がときに許容できなくなるのは、なぜなのだろう。
ちがいを認め合うのではなく、なぜか全員同じであることをよそおい、許容範囲を超えたちがうだれかを差別したり、排除したりする。
加害者の精神的な問題と言ってしまうには、あまりに日常的で、ニンゲンという種族の根本的ななにかが壊れているのではないかと思ってしまうほどだ。
イジメを苦にした自殺が定期的にマスコミによってフォーカスされ、ワイドショーをにぎわす日本だけで起こることなら、文化的な問題と切り捨てることもできるかもしれない。
だが国によっては肌の色などで、ナチュラルな差別が行われている。
同調圧力が強く、教室というせまい空間での同質性を求めやすい日本文化が被害者を追い詰め、最後の手段として自殺に追いこんでしまうことはある。
とはいえここで被害者、それも自殺を実行寸前まで考えた雅人がいくら考えたところで、妙案など浮かばない。
差別をなくすために、全員ちがうことを受け入れずに、徒競走で手をつないでゴールすればいいとはカケラも思わない。
走るのが早い者、勉強が得意な子、異性にモテる小川牙雄のようなヤツ。
それぞれ個性と考えて、ちがいを受け入れればいいだけなのに、得意なことがなかった雅人のような人物を虐げる方向に暴走してしまうのは、なぜなのか。
考えても答えは出ない。
「ニンゲン至上主義ねぇ」
考えても答えが出ない問題から頭を切り替える。
そもそも、もはや雅人は地球世界に住んでいない。
この世界がパラレルワールドで、実は地球だったというオチではないことは、一応存在Xに確認済みだ。
雅人は百万の命の上に立ってはいないので、なにか妙案を考えついたところで実行不可能である。
であれば、今生きている世界のことを考える責任が、雅人の両肩にのしかかっている。
高い地位には、それだけの責任がついてくるのだから。
「嫌悪」
アヤが吐き捨てるように、ニンゲン至上主義に対する感想をつぶやく。
思想の自由は尊重するが、それを実行に移すかどうかは別の話だ。
たとえばキリスト教であれ、イスラームであれ、原理主義自体は別に悪いことではまったくない。
無宗教だった雅人には理解はできないが、イエスの教えや、ムハンマドがアッラーから啓示されたことに立ち返り、自らを律し、努力しようとするのに悪いことがあろうはずない。
問題はそれが、自分たちとちがう考えの者たちを、ときに暴力的手段で排除しはじめることにある。
穏健なムスリムが、暴力的で過激な原理主義者を指して、あいつらはイスラーム教徒ではないと言うこともある理由だ。
「ニンゲン至上主義ってのは、つまるところなんなんだ?」
名は体を表すというから、想像はできなくもないが、一応聞いてみる。
「ヒューマンの中でも最大の勢力をほこるニンゲンこそが支配者たるに相応しく、亜人はニンゲンに奉仕し、獣人はニンゲンのペットとして飼育され、魔族は殺されるべき。そういう思想のようです」
「なにそれ。バカなの。めちゃくちゃじゃない」
「嫌悪。理解不能。受入不能」
つぎつぎに声が上がる。
異世界モノの中には、力も弱く、牙や爪を持たない人種を劣等種とさげすんだりするものもあるというのに。
ずいぶんとこの世界のニンゲン様は高尚であられるようだ。
「前にも言ったが、俺はだれがなにを考えようが構わないと思っている。ニンゲン至上主義に染まろうが、逆にニンゲンこそ魔力絶対主義の元で差別されるべきと考えても問題はない。それを実行に移さなければだ」
居並ぶ藩王たちがうなずく。
「主義主張で罪には問わない。だが、差別されている獣人を保護する義務があること。獣人であれ、亜人であれ、魔族であれ、もちろんニンゲンであっても、だれも種族では差別されない。そんな国を作ろうとしている。そのことを広く知らしめるためには、わかりやすい生け贄も必要かもしれないな」
雅人の言外にこめた方針を否定する者はだれもいなかった。
***
「使者殿。何度来られても結論は変わらない。貴国に滞在、居住、虜囚のいずれの形式であれ、貴国領内にいるすべての獣人の生命、財産、身体面を保護し、我々の庇護下に受け渡すこと。ウッフィ商会と共謀して、我が国の国境で騒動を起こした者たちを犯罪者として引き渡すこと。騒動の責任を認め、賠償金を支払うこと。以上の三点を早急に実行してもらいたい。こちらとしては、条件の変更は一切受け付るつもりはない」
封建王朝からの四度目の使者に対し、前の三回とまったく同じ条件を突きつける。
前回は、ごにょごにょと条件の変更を企図して交渉しようとしてきたが、一切妥協せずに突っぱねた。
交渉に失敗した使者は、恨みがましい視線をむけたあと、指示をあおぐべくスゴスゴと帰国していった。
それなのに、今回もまた条件を骨抜きにしようとしてくるので、最後通牒のように高圧的に断言する。
とうぜん封建王朝側としても反発するが、一国では魔族と対峙することができないことはわかっているのだろう。
悔しそうに唇をかんでいる。
もっとも、どんな表情をしようと雅人には関係がない。
「それほど強硬に出られては、こちらとしても受け入れられません。魔王、あなたは……我が国との戦争をお望みか?」
「構わない。それで貴国とのこのようなわずらわしいやり取りが終わるなら、むしろ望むところだ」
グリフォン様の息子の部下と同じようににっこりと笑ってやると、使者はあぜんとして口を開けっ放しにしている。
「た、大義名分を大事にしているというのはただのポーズか。悪辣な魔王め……」
「大事だよ。今回は先に貴国が手を出してきた。残念だが、ウッフィ商会側から証拠は入手している。その報復だ。十分な理由だろう?」
雅人が悪しざまにののしられたことに、リナやアヤがいきり立つ空気を出すが、あえて気にせずにゆったりとした言葉で受け流す。
しょせん、戦争になることを脅すような瀬戸際を狙った外交は、圧倒的強者に対しては通用しないのだとわからせる必要がある。
ましてや地球の某超大国のように、民主主義国家で兵士の命が高くつくわけでもない。
それに少々紛争になったところで、アイェウェの民の戦闘力を考えれば気にするほどのこともないだろう。
勇者や聖女が出てくるならともかく、相手が封建王朝一国であれば、むしろこちらからギリギリのラインを踏み越えてでも降りかかる火の粉は払っておくに限る。
「戦争を回避できるかどうかは、貴国の態度で決まる。どうやら望み薄のようだがな」
すでに、三回の使者とのやり取りはアルパ商会や新生ウッフィ商会の者たちに、交易の際の世間話として広めるよう命じているため、東側の諸国にも広まりはじめている。
そのこと自体には大きな力はないが、横からちょっかいをかけづらい雰囲気は作れていると思う。
もぐりこませている諜報員たちからも、帝国をはじめとした諸国はこの戦争には不介入の方針らしいという情報が入ってきていた。
だが、戦争の混乱に乗じて勇者を出動させる計画があるらしいので、早急にこのいざこざを解決した方がよさそうだ。
それもあって、あえて強気に押しているのだ。
「引き延ばしたところで互いに益はないな。期限は三日後。それまでに先の三条件を充足する意思があるかどうか、回答を求める。また、三条件を実行する期限は、それから十日後まで。いずれが守られなくても、我が国は貴国に対して宣戦を布告する」
断言すると、使者はがっくりと肩を落とした。
明日(5月3日)ですが、所用あり、もしかすると更新ができないかもしれません……。




