第9話 ガオ=ノーティコ=マッコト 1
遅くなりまして申し訳ありません。
マッコト朝封建王朝の国王、ガオ=ノーティコ=マッコトは無類の女好きである。
王妃を数年前に迎えたが、その前からあまたの愛妾、側室、奴隷をはべらせ、酒池肉林を楽しんでいた。
とはいえ、女色におぼれて権力の座から追われるような下手は打たない。
むしろもっと多くの美人、美少女を手に入れるため、仕事はキッチリとこなすタイプだ。
そんなガオ=ノーティコ=マッコトだったが、転生した当初は封建王朝の地方領主、ノーティコ家の後継者に過ぎなかった。
国王に転生させてくれると胡散臭い神から言われ、目を覚ましてみればしがない田舎貴族の家系。
無常観や諦観にとらわれてもおかしくはない。
だが、ガオ=ノーティコはちがった。
どうせ精通するまでは女遊びを楽しめないと、後日の飛躍を期して準備をはじめたのだ。
ときは封建王朝の激動期。
二百三十年続いた王朝には修復不能なひずみがたまりきっており、ある天候不順で不作のとしに、その矛盾が一気に噴出した、その数年後のことである。
人は良いが無能な国王の統治で不利益をこうむった、とある有力貴族が反乱を起こした。
当初は一年も経たずに鎮圧されると見られていた反乱は、国王側の腐敗しきった軍隊が敵味方かまわず、進軍路にあたる地域を略奪したために多くの味方を失って長期化。
王権の動揺を見て取った、最大の権勢をほこる貴族までもが反乱軍に合流したことで、国王側が劣勢におちいるほど、国を割る大乱となった。
「なぜ、父上は国王への反乱側に立っているのですか」
めでたく精通し、初陣での活躍の褒美として略奪した女をはべらせながら、ガオは父親に問うた。
「なぜと言って……反乱軍の方が優勢だろう?」
父親の回答に、ガオはため息を吐いた。
「たしかに、国王の勢力圏は国内の三割程度。残りはほぼ丸ごと反乱側の支配地域です」
実際には、国内最大の貴族が王を僭称していたので反乱側にも王がいるのだが、元々の国王を「王」と呼ぶのが一般的である。
「ですが、反乱側は主導権争いでバラバラではないですか」
最初に反乱を起こした有力貴族と、王を僭称する貴族、そのどちらかの下風に立つことも良しとしない戦上手な中堅貴族の三者が、ときには国王側と手を結ぶことすらいとわずに争っていた。
「そうは言ってもな……我々のような弱小貴族は、負けない方につくしかないのだ」
どうにも消極的で見ていられない。
ここは自分が主導しなければとガオはやる気を出した。
モチベーションは、まだ見ぬ美しい貴族令嬢である。
蝶よ花よと育てられた女は、組み伏せたときにどんな声で啼くのかという邪な気持ちで、慎重に立ち回りつつチャンスをうかがった。
「ガオよ。そろそろ嫁を取らんか」
慎重さと大胆さをたくみに使い分けながらいくつかの貴族を討ち、生まれたときよりも領地を倍増させたころ、父親から打診を受けた。
「希望はあるか?」
「うーん。では、テュリンガの娘がいいです」
ガオの答えが意外だったのだろう。
父親が絶句する。
「い……いいのか? あそこの娘は行き遅れだぞ」
「醜女で有名ですからね。とはいえ、絶好の案件なので、必ず成約させてください」
ガオの強い希望に、そのころにはもう父親は逆らえなくなっていた。
それだけガオの武勇や策略は卓越しており、反乱側でも一目置かれる存在になっていたのである。
その若き英雄の嫁取りだ。
否応なしに注目を集めたが、ふたを開けてみれば年増の醜い女。
これには、ガオを日ごろ警戒していた反乱側の領主たちも小ばかにするように、しばらくの間宮廷の話題となったのだった。
だが、ガオはそんなことは気にしなかった。
むしろ、結婚後に狙いどおりの展開がおとずれた。
戦争で息子を失い、年を取ってから産まれた娘しか継承権をもたなかったテュリンガの領主が、気がかりだった娘の結婚を見届けてすぐ、老衰で死亡したのだ。
これで、ガオは労せずして領地をさらに倍増させた。
ガオに対する警戒と敵意は、さらに増した。
だが、ガオにはそんなことはどうでもよかった。
陰口くらいなら無視して問題なかったし、戦争上手で勇敢な軍人という評判を得ていたガオを、表立って批判する者は現れない。
反乱側の三勢力だけでなく、国王側とも適度な距離を置きつつ、時に協力し、時に勢力を削りながら、着々と領土を増やしていった。
妻は、行き遅れで醜いと言われ続けた自分をもらってくれたガオに心酔し、献身的に支えた。
だれを愛人にしようと、文句ひとつ言わない。
そうして、数か月に一度、寝室に呼ばれる日を心待ちにしていた。
しかしガオは、義父が死んですぐに妻の利用価値がなくなったことを理解した。
すぐに行動を起こさなかったのは、無駄な隙を見せないためでしかない。
義父が死んだ翌月には、妻の侍女の一人を愛人にした。
妻とはちがってそこそこ美しい女であり、領地貴族の侍女になるだけあって貴族の血を引いている。
非摘出子なので妻にはできないが、末永く愛人にしておくくらいの価値はあった。
その愛人を示唆して、結婚から一年が過ぎたころに妻を毒殺させた。
妻には縁者がいなかったため、ガオが正式にすべての領土と資産を継承した。
後妻を迎えようとしたころには、もう自分の意志では自由に相手を選べない程度に、ガオの結婚は政治に組みこまれていた。
だが、どの勢力から妻を迎えるかくらいの選択の余地はある。
ガオは四つの勢力を競わせ、条件を吊り上げながらも、一つの貴族家に狙いを定めていた。
「つぎは、チェディーン家にします」
ガオの宣言に、父親は腰を抜かすほど驚いていた。
無理もない。
チェディーン家は、領主の父親が反乱軍の有力武将でありながら、一人息子は国王の側近として領地を下賜されている複雑な家系だったからだ。
だが父親の説得には一切応じず、ガオはチェディーン家から妻を迎えた。
そしてすぐさま義父と協力して、義兄を攻めた。
ノーティコ家とチェディーン家の連合軍に攻められた義兄は、ひとたまりもなく戦争に負けて逃亡。
そのまま敗走中に、味方に裏切られて殺された。
息子の命まで取るつもりのなかった義父はショックで消極的になり、反乱軍の戦列から離脱した。
これを裏切りだと喧伝したガオの裏工作が奏功し、ガオは義父を攻めて殺害し、チェディーン家も滅ぼした。
法的には、チェディーン家唯一の相続人となったガオの後妻は、兄と父が相次いで死んだことを受け止められずに錯乱してしまう。
侍女が自分を殺そうとしているという妄想に取り憑かれ、近づく者を返り討ちにしようと、肌身離さず持っていた懐刀を振るう。
危険なため、ガオは即日妻を幽閉してそれ以上の世話を禁じた。
「で、チェディーン家の相続だったか」
「はっ。「王様」におかれましては、寛大な御心で御裁可いただければ幸いです」
ガオは警戒されているのを承知で、王を僭称する反乱軍で最大の勢力をほこる貴族に頭を下げた。
もちろん、金色のお菓子を持参した上でだ。
「良かろう。狂女にはチェディーン家は継げぬ。夫であるそなたが継ぐが良い」
「ありがたき幸せにございます」
(金ならいくらでも払ってやる。頭なら何度でも下げてやるよ)
ノーティコ領は、ガオが活躍しはじめたころ、金山が発見された。
おかげで、軍資金に困ったことはない。
こうして袖の下にも使えて、領地の継承権まで買えた。
すでに本当の国王からもワイロの見返りに、継承権を認めるという言質を得ていた。
とはいえ、これで国内第五勢力におどり出た格好なため、警戒もされている。
(だけど、ここで下りる気はないぜ)
すでに何人もの貴族令嬢や、滅ぼした貴族の未亡人をハーレムに囲っている。
それでもまだまだ足りない。
敵を戦争で打ち負かし、その妻や娘を奪う快感に病みつきになっていて、もっともっととガオを急かすように衝き動かしていた。




