第8話 ウッフィ商会の没落4
遅くなりまして申し訳ありません……。
「夫は……とつぜん倒れました。魔王様に逆らおうとした罰があたったのかもしれません」
ツヴァルの病状についてたずねると、フロレンティアが困ったように、顔を傾けながらあごに手を当てて言った。
まるで、高い椅子に自力で登れない青色巫女が付き人にアピールするような仕草に、イラっとする。
あれは、幼女がやるから側から見てても許せるのであって、成熟した、それもとびっきり肉感的な女がやると、あざとさが鼻について仕方ない。
とはいえ、いけしゃあしゃあとそんな風に言ってのけるところは、素直にすごいと思う。
認めるつもりはないが。
「病気か。もしくは毒でも盛られたかな」
「毒ですか? 恐ろしい話ですわね」
顔色一つ変えずにすっとぼける。
元旅芸人というだけあって、ツヴァルをたらしこんだ夜の方だけでなく、なかなか多芸なようだ。
(少なくとも大根役者じゃないな。おでんでも煮こんでふるまってくれれば、少しは可愛げもあるものを)
ここまで見事に白を切るのだ。
動かぬ証拠でも突きつけなければ、罪を認めないタイプだろう。
とはいえ、それも限界がある。
困ったことに、この世界は魔法が発達しているがゆえ、科学的な分析や捜査というものが未開なのだ。
もっとも、科学的に間違いない証拠を突き止めたとしても、魔法で簡単にひっくり返せる可能性がある以上、どこまで証拠能力があるのかは疑わしい。
これでは高校生探偵も、名探偵の孫も立つ瀬がなかろう。
魔法のせいで科学的な捜査はできなくても、魔法による犯人追跡が行われているのも事実である。
アイェウェ国では、サイコメトリーによる残留思念や、ネクロマンサーの協力による降霊術で、死亡した被害者本人に語らせることもある。
ダイイングメッセージなどより、本人が語るのだから、よほど信用がおける。
一つ眼一本足のお姫様のように、たまたまそこにいた地縛霊に頼らない分、確実性も高い。
ヒューマンの側では、降霊術を使える者がいないため、もっぱら自白に頼っている。
とはいえ地球における前近代のような、拷問による自白の強要や、魔女裁判のように裁判自体が死刑と同義なものではない。
千葉の麒麟児の彼女が使うような特殊な香料だったり、別の何かを媒介とした魔法的な自白の誘導によって、本人逮捕につなげている。
ただし、一部の国の貴族社会においては、嫌疑をかけられること自体を恥と考える文化もある。
そういった国では、疑われた方が疑う側に神の前での決闘を挑み、負ければ有罪、勝てば無罪放免というおよそ合理的でない決着をつけることが多い。
決闘には本人が出向く必要はかならずしもなく、ダリューンのような腕利きを身代わりに派遣することも日常茶飯事らしい。
話が逸れたので元に戻そう。
科学的な捜査は信用されていないため、ツヴァル=ウッフィの血液中から毒物が発見され、それとまったく同じものがフロレンティアの部屋から見つかり、トリーティアが保護される前の食事から検出されたところで、フロレンティアは自分の犯行だと認めない。
状況証拠はすべてそろい、なぞはすべて解けたと言いたいくらいなのに、本人が決して認めないのだから、罪に問えないのだ。
もちろん、ヒューマンが使う自白誘導は試みた。
だが、フロレンティアは用意周到であった。
一部の国で、自白を促す捜査から逃れるために開発された薬物を摂取していたせいで、本人は口を割らない。
「明らかじゃん」というホームズのセリフが聞こえてきそうなシチュエーションにも関わらず、犯人を逮捕できない。
唯一、サイコメトリーできそうなトリーティアの食事への毒混入についても、犯人はすぐに判明した。
だがその実行犯すら毒殺されており、遅効性の毒だったために、被害者は誰に毒殺されたかの見当はついていても、いつ毒を盛られたかを理解しておらず、捜査は行きづまった。
犯行に使われた容器は破壊されたのか、発見されず。
このままでは罪を問うどころか、ウッフィ商会の後継者に息子を据えるのを阻止できないところまで雅人たちは逆に追いつめられた。
だから、逆転の発想でこの危機を乗り越えることにした。
ツヴァル=ウッフィへの毒殺未遂事件は、容疑者死亡によりお蔵入りさせ、フロレンティア=ウッフィの息子にウッフィ商会を継がせる。
その上で、ウェストニアの街を扇動し、戦争を引き起こした罪でフロレンティアと息子を逮捕、抑留。
そして、ウッフィ商会のお取り潰しも発表された。
この措置にはだれからも文句はなかった。
ただウッフィ商会が消滅することは、ウェストニアにおける権力の空白を生んでしまう。
商業都市連合においても、政治を寡占する十大商家の一つがなくなることの影響は大きい。
そのため雅人は、ツヴァル=ウッフィの前妻の妹に白羽の矢を立てて、彼女にウッフィ商会から没収した資産を掛け売りして穴を埋めさせた。
彼女は、女性であるというだけの理由で実家を継ぐこともできず、他の商家の跡取りと結婚したものの、夫と死別して実家に戻っていた人物である。
幼い頃より商才に長けていると評判であり、実際に実家に貢献までしていても、性別で差別される。
そんなバカな話があるかと、雅人は措置を断行した。
とうぜん彼女は雅人への忠誠を誓った。
これで雅人はアルパ商会に続く、二つ目の駒を手に入れたことになる。
戦後の体制についても記載しておこう。
事前に商業都市連合と手打ちをしていたとおり、ウェストニアはアイェウェ国に編入される。
ただし、新生ウッフィ商会とその敷地は商業都市連合の領土とする。
アイェウェ国の法律は、ウェストニアでは施行されるが、ウッフィ商会は商業都市連合の法律が適用される。
トリーティアはウッフィ商会の継承権を放棄し、雅人の麾下に入った。
専門の教育を受けていたため、商業面での交渉や国内の商業振興、物流問題などについて任せることにした。
ツヴァル=ウッフィについては、治療を継続している。
とりあえず治療しながらも幽閉したものの、自分では何もできず、食事や下の世話までだれかが焼かねばならない。
当面は治療し、回復したところで「ざまぁ」と叫んでやろうとは思う。
非常に釈然としない決着だ。
だから、雅人はさっそく次のターゲットに狙いを定めた。
魔族とウッフィ商会の抗争を、ひいては商業都市連合との戦争すら画策した封建王朝との対決である。




