第7話 ウッフィ商会の没落3
今日はなんとか予定している時間に間に合いました。
「お初にお目にかかります、魔王様。そして、お助けいただきありがとうございます。私、ウッフィ商会の商会長、ツヴァル=ウッフィの妻、フロレンティア=ウッフィと申します」
(なるほどなるほど。これは、警戒しないといけない女狐だ)
どこかの、変身する小説家が持つ剣の鞘のような感嘆が自然に頭に浮かぶ。
それくらい、フロレンティア=ウッフィはなかなかの役者だった。
(こりゃ、レーテシュ伯を相手にするくらいには気を付けないとだめな奴だな)
雅人は目を細めて気を引き締めた。
まともな戦力をライレ=グランドの敵前逃亡で失ったウェストニアの街はもう、組織的な抵抗などできなかった。
頼みの綱だった義勇兵たちは、大将を失って右往左往している間に魔族の捕虜にされ、人質にされる。
夫を、息子を、父を捕虜にされたうえ、戦える者がほとんどいない状態ではどれほど強硬論を唱えようとも、張子の虎だ。
ウッフィ商会をのぞく街の有力者たちがツヴァル=ウッフィの指示、命令、懇願を無視して開門し、魔族を迎え入れる。
ビクビクしていた街の人々も、先導するのが捕虜にされたばかりの人々の一部と、付き合いのあった立憲君主王国の貴族ということで、警戒感を緩ませる。
そのあとに続く恐ろし気な風体のアイェウェの民は、一糸乱れぬ行進を見せ、練度と規律の高さを印象付けた。
この時点で、徹底抗戦を叫ぶのはウッフィ商会の強硬派だけ。
それも、だれを総大将にするかで内輪揉めをしているという話が漏れ聞こえてくるくらい、士気も下がり、規律も緩んでいた。
街の中に入った雅人はまず、ウッフィ商会をのぞく街の有力者たちとの謁見を行った。
ウェストニアは商業都市連合を構成する十五の都市国家の一つであり、位置的には西の端にあって軍事同盟と国境を接している。
とうぜん、対外的な交易が盛んで活気がある街である。
古くから交易に従事する者たちが住み着き、中小の商家が輪番制で政治を担ってきた。
だが時代が下るにつれ、かつては中小の商家の互助会的な雰囲気を残していた商業都市連合も変化していった。
婚姻や買収、強引な併合などで、いくつかの有力商家が政治を専横し、寡占しはじめた。
その有力商家のひとつに、ウェストニアのウッフィ商会が数えられたことから、この街の政治は変質した。
いや。正確に言えば、ウッフィ商会がウェストニアのいくつかの商会を吸収したり、妻を迎える結納金として商権を獲得したことで、商業都市連合全体で見ても有力な商家に成長したのが順序としては先だ。
商業都市連合全体を差配するような有力商家に中小の商家が適うはずもなく、ウッフィ商会の息がかかった人物が政治を行ってきた。
そのため、雅人が謁見したウッフィ商会以外の人々は、全体的に小物感がぬぐえていない。
それでも、一応は一国一城の主たちだ。
言葉の端々をとらえて、少しでも自分たちの利益を得ようと、隙を虎視眈々と狙ってきていた。
だからこそ雅人は、青色神官の神官長のように言葉少なめに、淡々と対応した。
だが、それでも十数人の海千山千の商人を相手にしている以上、言質を取られてしまうことも幾度かあったが、そのくらいなら必要経費と割り切った。
重要なことは、ウェストニアを自領に組みこむこと。
そして、その商業活動を阻害しないことを世に広く示すことだ。
支配下においた都市が変わらず経済的に繁栄しているというのは、商人たちにとって訴求力と圧力が強い。
戦争は大量の物資を浪費するので、商売のタネとしては美味しいが、いつまでも戦争を続けていると市場か生産地のどちらか、あるいは両方にダメージが蓄積していく。
それに、戦争が行われているところでは食い詰めた一般人がやむにやまれず、盗賊に身をやつすこともある。
とうぜん、治安の悪化は交易にマイナスである。
だから、ある程度のところで平和的な国家が誕生し、領土を広げて治安を維持してくれることは、決して悪い話ではない。
ただ、その国家が商業の邪魔をしたり、利益を盛大にかすめ取ったりするのでなければ。
そのあたりは、大覚屋の次男が当初主張していたとおりだ。
雅人としては、そのくらいのことは理解しているから、兵士たちの乱暴狼藉には厳罰で臨むつもりでいる。
アイェウェ国に占領されたとしても、商業活動は自由に行えるというショールームにすることで、旗色を鮮明にしない商業都市連合の都市や商家にプレッシャーをかけることができる。
とうぜん、内部を切り崩すためのちょっかいも、かけやすくなる。
そして、当たり前だが経済的な恩恵も大きい。
ようやく、成長軌道に乗りつつある占領地の商業活動が活発化する起爆剤になり得るし、交易も販売力が強化される。
そうやって経済的な繁栄を謳歌すれば、副次的な効果として税収も増える。
だが、商家の希望を全面的に容れてフリーハンドを与えるつもりもない。
(神の見えざる手を妄信するつもりはないから、商法的なモノを早急に整備しないとだな)
ある程度は統制が必要だ。
独占禁止法や、事故が起こった場合の食品に関する衛生管理責任者を追求する手段や、工業製品の安全基準なんかも、上から法で決める必要がある。
とはいえ、法律にも彼らの意見を取り入れてやるつもりだ。
そうすれば他の都市の商家からも、支店を出してルール作りに参画したいという申し出がくることだろう。
チャンスの女神には前髪しかないことを、彼らは経験から知っているのだから、早い者勝ちな情勢を見逃しはしない。
そしてその目論見どおりなら、雅人はさらに経済的な繁栄を手に入れることができるという訳だ。
謁見を半日で終わらせ、捕虜を解放し、必要がある者には食料や医療行為を恵んでやる。
そうして人心を慰撫したあと、立てこもるウッフィ商会を包囲した。
だが、意外なことに二時間ほどで固く閉ざされていた門が開いたのだ。
そして現れたのが、身体の線がばっちり出るような薄布だけをまとい、さらにはその布地すらところどころ破れた格好のフロレンティア=ウッフィだった。
フロレンティアは言った。
強硬派に監禁されていたが、魔族がウッフィ商会を囲んだことで暴徒たちは勝てないと悟り、逃げ出したと。
そのおかげで、自分は助かったのだとも。
つまり対魔族強硬路線は、ツヴァル=ウッフィが中心になってやったことで、自分には非がないということを何度もアピールしてきたのだ。
面の皮が厚いにもほどがあるが、そこはとりあえずは置いておく。
フロレンティアをどうするかは一旦棚上げし、ウッフィ商会を占領することを優先させた。
その結果、雅人を激怒させる事態が起こっていた。
ツヴァル=ウッフィが毒を盛られ、寝たきりになっていたのだ。
一応、死んではいない。
だが、言葉を発することができる状況にはなかった。
フロレン……もとい、犯人としては、死人に口なし。
口を封じればなんとかなると思ったのだろう。
そのくらい、サイコメトリーな感じで犯人が割り出せるということを知らない、愚か者の犯行だ。
だが表面上、雅人はとりあえずは怒りを見せなかった。
降伏した者を軽々に処罰しては、今後に差し障りがある。
だから口では笑みを浮かべてフロレンティアの降伏を受け入れ、ひとまず丁重に遇した。
トリーティアも保護し、反逆者に生きて罪を償わせるためと、ツヴァル=ウッフィの治療も行わせる。
だが、雅人の眼が笑っていないことに気づいているパルムやワカナたちは、終始緊張しっぱなしだった。




