第5話 ウッフィ商会の没落1
毎日遅くなり申し訳ございません……。
「金色のニクイヤツがあらわれたな」
「は?」
敵軍を視認した雅人が思わずつぶやくと、パルムが首をかしげる。
「いや、こっちの話だ」
そう言うと、パルムもそれ以上は追求してこないで、敵に目を戻した。
だが、目の前の光景が異様なことは彼女もとうぜん理解しており、訳がわからないという目で敵軍を見ていた。
「あれだけ目立つのは……撃ち殺してほしい自殺願望の現れでしょうか」
「いや、ただの目立ちたがり屋だろう」
にべもなく切り捨てる。
だが、本当に異様な光景だ。
なにせ、敵軍の大将は金ピカの鎧で全身を覆っているのだから。
距離をおいていても、その無意味な絢爛さは光り輝いて見える。
つまりは敵の大将自ら、自分がどこにいるかを宣伝している状態。
戦略的にはどう考えても無意味というか……無駄というのすら生ぬるい、危険な行為だ。
(お豊がいたら、嬉々として突っこんでいきそうだ)
敵にとっては幸いなことに、妖怪首おいてけは雅人の仲間にいない。
「で、戦術的には残念ながら。俺的には幸運なことに、あれはツヴァル=ウッフィじゃないんだな?」
「はい。ウッフィ商会の荒事担当、ライレ=グランドですね」
敵の情報を収集し、分析していたワカナが雅人の問いに答える。
「ライレ=グランドの祖父は軍事同盟で政変に負け、傭兵に転じた人物で、数十年前はこの地域でなかなか高名だったようです」
商業都市連合は、特定の国家と特別な関係は結んでいない。
各商家が、大得意先として深い関係を結んでいることはあっても、商業都市連合という国家としてはすべての諸外国と等距離を保つ外交を展開していた。
だからこそ、どこかの国家との関係が険悪になった場合、後ろ盾はいない。
日本の戦国時代の堺や、中世のヴェネツィアやジェノヴァ、フィレンツェのように、自分たちの身は自分たちで守らなければならないのだ。
その場合傭兵を雇うか、自国民を組織した自衛軍を持つほか方法はないだろう。
そして、商業都市連合は前者を採用していた。
中世イタリアにおけるコンドッティエーレのように、高名な傭兵隊長は破格の待遇で迎えられることもあるらしい。
「実力は?」
「祖父ですか? 高名なだけあって、なかなか優秀な指揮官だったようですよ」
わざと答えをはぐらかしたことが半分以上答えになっているが、あえて回答を視線で促す。
「申し訳ございません。ですが……ライレの実力は、わかりません」
「わからない?」
「正確には、大軍を指揮した経験がないということです」
納得してうなずいた。
「まぁ、未経験だから下手というわけでもないしな」
だれもが最初は初めてだ。
だからといって、はじめから失敗する者ばかりではない。
なかには、マニュアルを読んだだけでザクを撃破できるヤツもいるのだ。
あなどって、こちらが損害を出したのではバカみたいではないか。
「実戦経験は?」
「小競り合い程度を指揮したことはあるようですね」
それは朗報だ。
小競り合い程度でも指揮したことがあるなら、大軍も指揮できるかというと、そんなことはまったくない。
五人、十人を指揮したことがあるからといって、いきなり三千人将や万騎長になって活躍できるものではないのだ。
なぜなら、指揮する兵の数が増えれば増えるほど、指揮の質が変わるからだ。
少人数なら、個人の蛮勇の占める割合が多くなる。
大人数になるにつれ、兵を有機的に動かすことが求められる。
ときには一部の兵を犠牲にしてでも、全体の勝利を追求することが必要だ。
それを理解していない者が意外に多い。
「あの見た目なら、匹夫の勇で商会のもめ事を解決するタイプだろうな」
金ぴかに光っている鎧は奥行きと体の幅が大きい。
それが筋肉なのだとすれば見た目からして敵を圧倒して、小競り合いを解決するには適任といえる。
だが戦争は指揮官の勇壮さだけで勝てるモノではない。
もちろん中には、雷神トールとハルマゲドンで戦った中国史上最強の漢のように、個人の武勇で戦局に影響を与えるモノもいる。
だが、それをいうならこちらもヒューマンとは隔絶した戦闘力を持っている兵がうじゃうじゃいるのだ。
その点はあまり心配していない。
「で、ウッフィ商会、商会長の前妻の娘っていうのが内通するのは間違いないんだな?」
「はい。その代わり、戦後は寛大な処置をお願いしたいとのことです」
アイェウェ軍が、ウッフィ商会本店がある商業都市連合西端の都市、ウェストニアを包囲して三日目。
商業都市連合全体を相手にするのではなく、あくまでもウッフィ商会とのトラブルを補償させるためと商業都市連合に通告したことが功を奏して、邪魔は入っていない。
ウッフィ商会としてはこれまでどおり、商業都市連合全体と、魔族の戦争に戦線を拡大したかったのだろう。
そうなれば、こちらも経済的に干上がってしまう。
だが、そんな思惑に乗ってやるつもりは毛頭ない。
とはいえ、勇者の出動が近々予想される以上、アイェウェ軍としても時間をかけたくはなく、短期決戦に持ちこみたい。
だから内通者を得るべく工作をしかけていたところ、意外に大物が釣り上げられたという次第だ。
「ウッフィ商会は後継者問題を抱えているようです」
「それで、立場の弱い前妻の娘としては、勝ち馬に乗りたいわけだ」
パンプローナ司教に誘われなくても、どっちが勝ち馬かわかるのなら、ジョバンニ=ゴンザーガより見る目があるのか。
(まぁ、この状況でどっちが勝つかわからないなら、大馬鹿者か)
それほどほめる話でもないと思い直した。
「それだけはなく、後妻が前妻の娘を毒殺しようとしたとか」
「それは大胆だな。ツヴァル=ウッフィは同意しているのか?」
妻のやったとことはいえ、ツヴァルからすれば娘を殺されようとしているのだ。
その反応で、ツヴァル=ウッフィというニンゲンの心根が少しはわかるだろう。
「気づいていないようですね。毒殺をおそれて特殊な食器を使っていたため、変色した食器を見て難を逃れたようですから」
銀の匙かよ。
八軒に謝れ。
または、猫猫か。
「助けを求めてきていましたので、現在はこちらで保護しています」
「それでいい。最低でも戦後、神輿にはなるだろう」
ウェストニアを征服したあとのことを考えると、街の実質的な支配者であるウッフィ家のニンゲンを味方にしておくのはプラスだ。
「ワナの心配だけは確認しておいてくれ」
中には黄蓋のように、自分の身を傷つけてでも敵を謀略にはめる策士もいるのだ。
用心するのに越したことはない。
「その点は問題ないと考えます。彼女の母親……ツヴァル=ウッフィの前妻は、夫の愛人関係の多さに精神的に病み、衰弱死したということですから、彼女も父親を心から敬愛しているわけではないようだとのプロファイル結果が届いています」
「なるほど、それなら問題なさそうだ」
アイリーンを前にしたシャーロックのように、違和感は覚えない。
「では、あとは目の前の馬鹿どもを蹴散らすだけか」
雅人の指示による事前の外交交渉の結果、商業都市連合はアイェウェ軍とウェストニアの戦争に不介入を宣言している。
あくまでも、商売上のトラブルの賠償をもとめる魔族の要求を聞いて、真摯に対応せよというスタンスだ。
おかげでウェストニア側は、籠城が無意味なことを二日目にして理解していた。
籠城とは、味方の救援が望める状態でのみ成功の可能性がある戦術だ。
小田原城だって、群雄割拠の状態では敵が包囲し続けられずに謙信を退かせることに成功した。
だが秀吉に攻められた時にはもう、味方がどこにもいなかったがゆえに、最後は開城せざるを得なくなったのだ。
味方がいなければ、ただ食料を食いつぶして悲惨な地獄絵図が待っているだけ。
そのくらいは理解する知識か知能はあるのか、おかげで敵軍は籠城を三日目にしてあきらめ、街の外に軍を展開していた。
あとはそれを蹴散らすだけの簡単なお仕事だ。
「そうですね。でも、そうはならないと思います」
ワカナは仕掛けた謀略がうまくいく確信を得ているのか、珍しくサキュバスらしい淫蕩な微笑みを浮かべた。




