第3話 トラブル
遅くなりまして申し訳ございません(目標は0時~1時なのですが。。。)。
「ツヴァル様。立憲君主王国に運びこもうとした、例のブツが国境で検査されて押収されそうになっています」
「なに?」
魔族によって立憲君主王国の国王が「殺され」、国家としても解体された。
貴族たちの中には、国王が死んでモンセール朝が滅びたのなら、自分が次の王になろうとする者もいる。
それにそもそも、薄汚い魔族に支配されていることに我慢ができない貴族たちも何人もいた。
そういった需要を見越して立憲君主王国内で使えるよう、調合に成功したばかりの火薬を運びこませようとしたのだが、発見されてしまったらしい。
だが魔法が大手を振っているこの世界で、非魔法使いでもゲリラ活動ができるようにと調合に成功したばかりだというのに、どうしてそれが押収されなければならないのか。
「危険なモノじゃないと突っぱねさせて、強引に押し通れ」
「それが……目の前で一つまみ燃やされたらしく……」
「ッチ!」
最悪だ。
見たこともなければ危険性もわからないだろうと高を括り、国境警備の兵くらいだませるだろうという推測で、それほど熱心に隠さずに運ばせたのだがそれが裏目に出てしまったようだ。
そもそも、なぜ火薬が危険物として押収されなければならないのだろう。
だが、そんな風に危険性がわからないものをどうやって押収したのだろうか。
しかし、掘り下げる前に別の要因によって思考が中断される。
「ツヴァル様っ、護衛に雇った封建の奴らが暴れはじめたらしいです」
「なにっ!」
完全にリアルタイムでとはいかないが、主要な街道沿いに限って言えば情報伝達手段が確保されている。
ただし、商業都市連合が国家として各国に設置を認めさせたインフラなので、そもそも共用だ。
維持するための費用をより多く負担している大商人の一人として、優先的に使うことができるとはいえ、独占できるわけではない。
どうしても緊急時の指示が後手後手になってしまう。
もっとも、これがなければ商業都市連合にある本店に居ながらにして、立憲君主王国の国境で起こっている緊急事態を数十分以内に知ることもできないのだから、ないよりははるかにマシである。
「完全に裏目裏目に出てますな」
「くそっ。やっぱりあの隊長。大バカ者じゃないか」
幾人かの立憲君主王国貴族からの、訓練された兵士を用意してほしいとの要望により、封建王朝の正規兵を傭兵として護衛に偽装させた。
その兵士たちが、原因不明ながら暴れ出したらしい。
立憲君主王国に向けて送り出すときに、あいさつに来た隊長との受け答えから不安を抱いていたのだが、悪い予感が的中してしまった格好だ。
「なるほど。封建が望む戦争に、ウッフィ商会が巻きこまれるわけですな」
「どういうことだ?」
父の代からの重鎮で、兄と甥につかずにツヴァルを支えた番頭が、なにか思いついたようにつぶやく。
「立憲君主王国と軍事同盟が魔族に征服された今、魔族と国境を接しているのは、アールヴ、ダークエルフ、同君連合、帝国、商業都市連合。そして封建です」
「……立憲君主王国で騒ぎを起こして、魔族の眼を向けさせる。それが狙いか」
ツヴァルが番頭の思考に追いつくと、執事然とした風貌に似あった重々しい感じでうなずいた。
「最低限、立憲君主王国での治安に問題が発生すれば、魔族が封建を攻める余裕はなくなります。上手くいけば、国境付近の治安維持を名目に立憲君主王国の領土をかすめ取ることもできる」
「封建とすれば、どう転んでも美味しい話。それに利用されたということか!」
ツヴァルとしても、立憲君主王国で貴族がもめ事を起こしてくれればいいと思い、火薬に正規兵までつけて送りこんでいる。
戦争は金食い虫なので、顧客の貴族が水面下であれ目に見える形であれもめ事を起こせば、いろいろと売りつけられるモノも増えると踏んで要望に応じた。
だが、ウッフィ商会の看板を掲げた荷物の護衛がトラブルを起こしたといえば、完全に当事者に押し出されてしまう。
死の商人というのは、陰で暗躍してもうけるから美味しいのだ。
自分たちが前線で戦うのは、損失しか発生しない。
「これで、魔族はウッフィ商会を敵と認定する可能性がありますな。そうすれば、封建としては我々の陰に隠れて立憲君主王国を不安定化させられる。実に美味しい話です」
ツヴァルがやろうとしていたことを、封建王朝にやられてしまったということだ。
目的が、ウッフィ商会としては金儲けのため。封建王朝は自国の安全保障のためと異なるが、やりたいことは同じである。
「くそっ。魔族に釈明する使者を送るか……」
どう考えても四天王の一人、オーガ=ヴァーク=アデシュを倒し、立憲君主王国と軍事同盟の連合を簡単に撃退した魔族と事を荒立てるのは得策ではない。
他人がそれをやるから商売のネタになるのであって、自分たちが矢面に立つ話ではないのだ。
「使者ではなく、ツヴァル様が直接行かれるのが賢明かと」
どうにか自分が行かずに済む方法を考えたが、失敗する未来しか見えない。
仕方なく、自ら釈明しに行くことにする。
だが、相手は薄汚れた汚い魔族とは言え、恐ろしい相手だ。
護衛をふんだんに用意しても、しすぎることはない。
「とりあえず現場の責任者には、我々は魔族と敵対する意思はないこと、後日釈明しに商会長が出向くと伝えさせろ」
「暴れている護衛をどうしようが、とりあえず我々は関知しないということも伝えさせるべきでしょうな」
苦しい言い訳だが、護衛の封建王朝正規兵がどうなろうが、我関せずを貫く必要がある。
ふつう、護衛が殺されたり捕らえられれば抗議するモノだ。
だが、死のうが逮捕されようが知ったことではない。現場の予期せぬ暴走だというスタンスで対処しなければ、火の粉が降りかかってくる。
いや、当事者に躍り出ることになってしまう。
そんなわけにはいかない。
そのうえで、護衛に封建王朝の正規兵が紛れこんでいたことなどを弁明しなければ、ウッフィ商会がつぶされてしまう。
ウッフィ商会に思い入れはないが、今さらここまで大きくした事業をつぶして新しく商売をはじめるには時間の浪費だし、苦労もしなければならないだろう。
(それは……さすがに面倒だ)
早急にどうにかしないと、大損害を喰らってしまう。
せっかく商会を発展させたおかげで、何人もの愛人を囲える楽しい生活を送っているのだ。
父親に押し付けられた口うるさい妻も、愛人にかまけてばかりいる内に、心労で勝手に死んでくれた。
今は愛人との火遊び程度なら目をつぶる、物わかりのいい女を後妻に迎えており、この生活を失いたくはない。
しかしここでの対処を間違えば、それは叶わぬ夢と化す。
商業都市連合の共用インフラを利用して現場とやり取りしている関係上、他の商会にはウッフィ商会の苦境が筒抜けになるのも時間の問題だ。
もちろん暗号を使ってはいるのだが、他の商会の動向をウッフィ商会が半日から数日の間に知ることができる以上、こちらのことも知られてしまうことは避けられない。
(災い転じて福となせるかどうかか。やばい橋は何度もわたったが、今回のが一番だな)
ツヴァルは、発作のように全身を震わせた。
それは恐怖によるものか、武者震いか。
ツヴァルにもわからなかった。




