第2話 骨肉の争い
遅くなり申し訳ございません。
本業の方が繁忙期なので(このご時世に、それはそれでありがたい話ですが、、、)、なかなか執筆時間が取れません。
なんとか、毎日更新は続けたいと思っていますので、お付き合いいただければ幸いです。
兄は死の床で、ツヴァルに後継者の地位を譲ろうとした。
だが早婚だった兄には息子がいて、一部の従業員たちが幼いその子を次期商会長として盛り立てようとしているのを察知して、ツヴァルは身を引いた。
特に強い思い入れもないため、ウッフィ商会を割るのは構わない。
だが、下手に恨みを買っても面倒だったし、地位になどこだわりもなかったので、平然としていた。
しかし、ヒューマン社会ではなにが幸いするかわからないものだ。
最低でも中継ぎとしてウッフィ商会を差配すると見られていたツヴァルが、潔く商会長の座を譲ったその引き際に、他の商会からも賞賛が寄せられた。
おかげで、不真面目な次男坊を追い出そうとしていた者たちも、手が出せなくなる。
仕方なく、幼い甥を補佐させる格好をつける他なかった。
そして十年が過ぎた。
甥の派閥の者たちから警戒され、補佐とは名ばかりで本業からは体良く排除されたツヴァルは、その間に趣味と実益を兼ねて、非合法とまでは言えないが合法では決してない事業に手を出した。
人身売買である。
奴隷制度がふつうに残る転生後の世界では、奴隷の売買はなんの問題もなく行われてきた。
ただし、奴隷ではなく自由人を売買することは、各国でも法的な側面と倫理観から禁じられていた。
だが一人のヒューマンが自由人なのか、奴隷なのかを明確にわかつ手段や認定する機関はなく、力ある者が奴隷と認めれば、その主張が通ってしまう。
それまでは、わざわざ自由人を奴隷と言い張って売買するほどの旨みがあるとは思われていなかったせいだ。
しかしツヴァルはそれを産業化し、利益の出る事業に変えた。
おかげで追随しようとする者も現れたが、ツヴァルほどの地位があるライバルはおらず、初期投資をできる者はなかなかいない。
法的にグレーな事業のために問題視する者もいたが、諸国から一目置かれている商業都市連合の有力商人である、ウッフィ商会の当主補佐が営む事業である。
商業都市連合内において各自の営む事業への口出しや介入は、よほどの違法行為でなければ忌避される傾向にあったため、諸外国の王侯貴族を含めてだれも文句を言えない。
むしろツヴァルの集めた人身売買の顧客として、事業を支えてくれたくらいだ。
それまでの奴隷交易とツヴァルの事業が異なる点は、徹底的な品質管理と、サブスクリプションモデルである。
現代日本の知識をもとに、奴隷と言っても貧乏な都市の住民よりはるかにまともな食事を与え、睡眠には気を配り、専用の医者まで用意した。
そこまでだとツヴァルは善人のように聞こえるが、決してそんなことはない。
正規の奴隷は奴隷商人という建前を維持する範囲を超えては扱わず、各国のスラムや寒村から十歳前後、時には一桁の年齢の子どもたちを誘拐して商品に仕立て上げる。
もちろん、スラムや寒村よりも水準の高い生活を送らせて高品質な商品に仕上げているが、同時に年端もいかない子どもたちに薬物を投与することで、逃亡を防ぐという非人道的なことを平然と行っていた。
そして彼ら彼女らを、やんごとなき方々に月額料金一年分前払いで貸し出す。
気に入らなければ返却も可能で、その場合は利用しなかった分が返金される。
現代日本では当たり前のシステムだが、これが大いにウケた。
なお、貸出先でどんな目にあっているかなど、ツヴァルには知ったことではない。
中には何人か帰ってこなかった……帰ることができなかった者もいる。
気に入られて、ずっと手元に置いておきたくなったのか、それとも帰れない事情が起きたのか。
ツヴァルにはどうでもいいことだ。
だが貸したモノが返ってこないでは、ツヴァルの損失になる。
そのあたりも、対策は万全だった。
事前に、顧客になる王侯貴族からは家紋入りの契約書を預かっているため、そのような蛮行を知られたくない彼らは、あとから購入したことにして身請けの料金を言い値で支払う。
これが莫大な利益を生んでいた。
こうして十年。
大抵の変態……もとい貴族たちは、一度顧客になると数年ごとにリピートした。
キチンと一、二年で借りたモノを返却して新しい奴隷を借りていく紳士的な顧客もいれば、毎年借りていきながらも一度も返さない貴族もいる。
だが、金さえ払ってくれるならツヴァルには相手の事情など気にならない。
十歳前後から薬物を投与され、変態たちの相手をさせられた商品たちは、天寿を全うすることができなかったが、その手前の段階でもボロ雑巾のようになった商品になどツヴァルは価値を認めず、適当なところで処分させることもあった。
しかし、そんな恐ろしい所業が明るみになることはなかった。
誘拐を企てる実行犯は、あくまでもその地域の食いつめて野盗と化した連中だ。
ツヴァルは彼らから売れそうな商品のもと、原材料を購入しているだけで、その線から足がつくことを防いでいた。
一度野盗から購入してしまえば、彼らが自由人かどうかなどは判別不能。
そこからは大手を振って奴隷商人として、商品の品質を管理する表の仕事になる。
最後に変態……貴族たちに貸し出す際も、メイドや使用人見習いとして送り出す。
ただ、不自然にレンタル料金が高い、高すぎるだけで、法的な問題はない。
だが、このツヴァルの事業の利益率はすさまじく、ウッフィ商会の本業を上回る利益を毎年あげていた。
むしろ、ツヴァルが抜けたことでグレーな商売をマネージしながら成し遂げられる人材が枯渇し、大赤字を出す商売も増えてきていた。
とうぜん、現商会長の派閥は危機感と敵意を募らせる。
十年の間に、規定年齢よりも早く成人したツヴァルの甥は、ライバル視する叔父に見せつけようとするかのごとく、仕事にまいしんした。
父親……ツヴァルから見れば兄の真面目さに、さらに輪をかけたようなバカ真面目っぷりのせいで融通がきかず、商圏を失うこともしばしばだった。
本人はいたって真面目に仕事に取り組んでいるのに、結果がついてこない。
むしろ、悪化することもある。
そんな失敗の日々で、甥は壊れていった。
ツヴァルが、商会長の地位を狙って自分の邪魔をしているという妄想に取りつかれたのだ。
両者の間には険悪な空気が流れ、従業員同士が実際に物理的な衝突を起こす事件も発生した。
(あぁ、面倒くさい。もう駄目だな)
二人が並び立つことはできないと諦めたころ、関係修復のための食事会が甥の主催で開かれた。
毒が入っていないことを示すように、自分で毒見しながら酒を注ぎ、料理を自ら取り分ける甥。
だが宴もたけなわになったころ、甥が合図をする。
すると、宴席に屈強な男たちが乱入してきた。
「叔父上。残念ですが、違法まがいの奴隷売買をしているあなたの所業は許されません。このままおとなしく捕まって余生を静かに過ごしてください」
生真面目な性格が反映したような宣言のあと、甥がもう一度合図をする。
だが、だれも動かない。
「なっ……どうした? 金は払ってるだろっ」
「悪いが、お前に任せたら店がつぶれることはみんなわかってる」
にやにや笑いながらツヴァルは言ってやった。
「今もそうだ。やるなら徹底的にやらないと、恨みを残すだけだぞ」
ツヴァルは手荷物を持ってこさせると、中から液体の入ったボトルを取り出した。
そのころにはすでに、甥が手配しながらも大金で寝返らせた傭兵たちが甥と側近たちを捕らえていた。
「甘すぎだ、お前は」
「んぐっ! んんんっ!」
傭兵が甥の口をこじ開け、そこに手持ちの液体を注ぐ。
一度目は何とか吐き出した甥も、鼻をつままれては息が続かず、ごくりと喉を鳴らして嚥下した。
「じゃぁな。店は俺が継いで、もっとデカくしてやるから安心しろ」
ビクッとけいれんし、瞳から光が失われていく甥を見下しながら、ツヴァルは吐き捨てるように宣言した。




