第1話 有職転生
遅くなって申し訳ございません。
説明回は少なくしつつ、復讐相手がクズだということがわかるように頑張ります。
(サブタイトルはもちろんパロディです。関係者の皆様、怒らないでくださると嬉しいです)
「尾田定郎くん。あなたは死んでしまいました」
「はぁ?」
教室で、今日も石村雅人へのイジメがエスカレートしていくのを楽しく鑑賞していたはずが、気づくと真っ白い空間に放り出されていた。
どちらが上か下かもわからない異常な場所に酔いそうになっていると、とつぜん目の前に男が現れた。
一般的にはあまり知られていないが、株式投資の世界では神様とも呼ばれるアメリカ人の伝説的なディーラーで、一度会ってみたいと思っていた人物……だったはずが、ふつうに日本語で話しかけられてずっこける。
「死んだ? どうして?」
「あなたにイジメられた人物が、教室に爆弾をしかけたからです」
淡々と言われるが、定郎は頭の中でなにかがキレる音を聞いた。
「あんの、ヒクガエル野郎っ!」
クラスの平和のため、おとなしくイジメられていればいいものを!
人間は平等でなどあり得ない。
定郎のクラスでも、生まれついた格差が存在した。
顔がいい男。
親が金持ちな男。
運動神経がいい男。
足の速い男。
クラス一どころか、市内ナンバーワンとも言われる美少女。
頭の回転が速い女。
そして小太りでネクラな、イジメられてとうぜんな男。
人間が平等でないのなら、必ず人と人の間には上下関係が生まれる。
それを、キレイごとで無理矢理平等にしようとするから、歪みが生じるのだ。
虐げられるべきでない人間が、不幸にもスクールカーストで「下」にされたら?
そんな不幸なことはない。
だから定郎は、自分で力を持ってからはだれが「下」にいるべきかを考え、そのあるべき地位にふさわしくなるように手に入れた金の力を行使した。
学校に多額の寄付を行い、自分のクラスを一種の治外法権にする。
そして、教師が自分たちの保身のためにイジメについて見て見ぬ振りをするのを確認した上で、あるべき姿として、下等な人間がイジメられるように誘導したのだった。
(石村……お前の存在意義はイジメられて、他のイジメられるべきじゃないヤツがイジメに逢わないようにすることだったんだよ。それなのに……)
秩序を勝手に乱した石村に対し、定郎は本気でムカついていた。
「殺されて怒るのはわかるが、このまま死んでいいのかな?」
「……どういう意味、だ?」
憧れの人物の顔を前にして、つい敬語を使いそうになる。
だが、日本語を話せない彼が流ちょうに話しているのを見れば、偽物だとわかる。
だから、警戒して探るように応答していく。
「このまま殺されて、死んで終わっても後悔しないのか、という話だよ」
「……するに決まってる。やりたいことはまだまだいくらでもあった」
金を出せば、飛行機をチャーターして世界一周旅行もできた。
男子高校生には夢のようだが、アイドルの卵を一晩、自由にすることもできた。
涙が出るほど美味い食事を腹一杯食べることもできた。
だがまだ足りない。
やりたいことは、まだまだたくさんあった。
宇宙にも行ってみたいし、落ち目でもいいから有名なアイドルをもてあそんでみたかった。
世界には、まだまだ美味い食事がある。
それがこんな形で奪われるなんて、許せない。
「なら、転生するかい?」
「……転生? どういうことだ?」
聞き慣れない単語に、眉根を寄せて問い返す。
「現代の日本で復活させたり、生まれ変わらせてあげることはできない。それ以外の時間と場所で、生まれ変わる。それならできる」
「現代の日本じゃないのか……」
殺されたのに、死なずに済むのは悪い取引ではない。
だが下手に戦国時代や幕末の日本のように、殺し会いが常態化しているところに生まれ変わったら、危なくて仕方がない。
あるいはアフリカとか南米にあるスラムみたいな貧しい家庭に生まれ変わったら、目も当てられないだろう。
「金持ちの家で、殺される心配がないならいいぜ」
「了解。では、転生先はお金持ちの商人の家です。楽しい第二の人生を」
この瞬間まで、定郎は転生先が地球上のどこかであると疑いもしていなかった。
だが次に眼が覚めるとそこは、聞いたこともない言語が話されている見知らぬ土地だった。
日本ではあり得ないし、ヨーロッパの言語らしき発音でもない。
必然的に、ヨーロッパの元植民地だから英語かスペイン語かポルトガル語が話されているはずの、南北アメリカ大陸でもないはずだ。
そして、泣くことしかできない赤ん坊の定郎の目の前で、乳母らしき女が魔法を使うのを見て、ここが地球ではないことをようやく理解したのだった。
定郎が生まれ変わったのは、商業都市連合という商人が寄り集まって出来た国家に所属する、有力な商人の家だった。
厳格な先代当主である祖父と、真面目な父親。そして、父に輪を掛けて真面目な兄を持つ、商家の次男坊。
名前をツヴァル=ウッフィという。
物心ついたころにはなんとか転生先の言語も話せるようになり、情報を積極的に集めた。
どうやらウッフィ商会は、そこそこの大店らしい。
だが魔法が使われる世界というだけで、現代の日本に比べれば貧しい。
どうせならもっと美味いモノが食べたいと決意し、この世界で一番の大商人になってやると決めた。
そうと決まれば、自分が商会長になるまでにウッフィ商会を発展させておいてもらわなければならない。
ツヴァル少年は祖父や父の動きを観察し、無駄を見つけてはさりげなく周囲の大人たちに伝える活動を開始した。
はじめは子どもの言うことと、祖父や父は相手にしてくれなかった。
だから言うことを聞かせられる従業員から攻めていった。
細かい改善を提案し実行させると、確かに効率がよくなったり、もうけがふえる。
そうして下からの信頼を得て、徐々に上層部へと影響力を行使していく。
だが、真面目なだけが取り柄の兄のように勉強する気にはなれず、適度に遊ぶことも忘れない。
まぁ、そもそも現代の日本で高校まで教育を受けたのだ。
この世界では、魔法以外は学ぶべきことなどあるはずもない。
おかげで真面目な兄と対比されて、遊び人だが商才がある次男という評価を得ていた。
十二歳を越えて精通がはじまってからは、独身の従業員や、自由に出来る金で買った美しい奴隷をはべらせながら、商会を拡大させていった。
結婚年齢が低いこの世界では、兄は早々に他の商家から嫁をもらって身を固めていたが、定郎……ツヴァル少年は兄嫁よりも家格の下がる嫁候補を拒否して、しばらくは独身の気楽さを満喫していた。
最初に危機感を覚えたのは父親だ。
すでに商業都市連合内で、遊び人として浮き名を流していたツヴァルを案じて、強引に嫁取りを決行。
自分とフィーリングが合う、真面目な仲間の商人の娘を宛がわれた。
面倒だとは思いつつ、拒否すれば勘当すると言われては受け入れざるを得ない。
そうして結婚をしても、真面目で健気な妻も自分好みに開発しつつ、結婚前からの愛人たちとの逢瀬も愉しんだ。
人生愉しんだ者勝ちと言い切ったことに、厳格な祖父も苦笑いで認めてくれたおかげで、それから父や兄からの干渉はなくなった。
そうして数年が過ぎた。
ツヴァルの後ろ盾になってくれた祖父が死ぬと、父は兄に商会長を譲ろうとして仕事を任せる度合いを増やした。
だが、真面目なだけが取り柄の兄は何度も融通が利かずに失敗をする。
しかし、ウッフィ商会をデカくすることを最優先にしたツヴァルが人知れずフォローしてやっているのに、父も兄も気づかない。
果てはフォローしてやった成果を、知らなかったとは言え、兄の功績とされてしまう。
(兄貴が邪魔だな)
さすがにツヴァルもキレた。
遊び人仲間の伝手で信頼の出来る筋から毒を入手し、兄に少しずつ投与しはじめた。
そして、それよりさらに少量を父の食事にも混ぜさせる。
こうしてまず兄を、そして父親を毒殺したのだった。




