第3話 策略
前話が短かったので、2回投稿します。
魔王に転生したあと、雅人の他人への不信感は強まるばかりだった。
前世では友人もなく、イジメを受けていたのでクラスメイトは大嫌い。
イジメを見て見ぬふりの教師たちになど、信頼が置けるわけもなく。
辛うじて、死んでしまった両親のおかげで、人間嫌いになるにはまだ時間が足りないという状況であった。
生まれ変わっても、当代の魔王である父親ケイブリスは美食のことにしか興味はなく、子どもたちへの愛情などカケラも見せない。
母親は、淫魔らしく子作りには熱心だったが、姉のイヴも雅人も、弟トスタナのことも産みっぱなしで、養育は乳母に任せたまま。
(そのまま、一度も母親らしい顔すら見せなかったな……)
乳母たちも職業上の義務を果たす以上の愛情を見せず。
そうこうしているうちに、母が死んでしまった。
死因は淫魔族特有の病気らしいのだが、両親からの愛情を感じられなかった雅人は、悲しいという感情すら湧かなかった。
その頃はただただ、復讐することだけを考えて生いた。
現代の知識でいえば、完全なるネグレクトだ。
常識を教えてくれなくても、愛情を注いでくれる祖父が居れば。
メイドに手を出して妻と同時に妊娠させてしまうクズでも、不器用ながら懸命に向き合ってくれる父親が居れば。
虚弱体質の娘を守るためなら、死罪にされることも恐れず、お貴族様に歯向かってくれるような両親が居れば。
ちがったかもしれない。
だが、八番目の男子という多産なわけでもないのに、放置されては家族愛など持てるはずもない。
ただひたすら復讐のための爪を研ぎ、牙を鍛える生活を送った。
だから、ヒューマンの呪いによって収穫が目に見えて減り出したのに、なんら有効な手立てを打つ気配もない父親を幽閉し、王位を簒奪しても罪悪感のカケラも覚えなかったのである。
そのまま放置しては、復讐のために使う駒としての魔族が弱体化してしまいかねなかったからだ。
そうして気づくと、当たり前だが雅人の周りには誰もいなかった。
とうぜんである。
雅人自身が、誰のことも信用していなかったのだから。
それを変えたのが、フォーリとパルムの姉妹だ。
「マサトー様、今……よろしいでしょうか」
物思いにふけっていて、ワカナと旧魔導王国貴族の内政担当官僚が入室したのにも気づかなかったようだ。
声をかけられて顔を上げた。
「申し訳ございません。お疲れのようでしたが、報告があるというので通してしまいました」
「構わん。大丈夫だ、パルム」
雅人の身を案じてくれるパルムは、あの頃から変わっていない。
そのことが嬉しく、幸せでもある。
「すまんな。少し考え事をしていた。大したことじゃないから気にせず、報告してくれ」
促すと、官僚よりも先にワカナが先に頭を下げた。
「では、急ぎの案件を含みます私から報告させていただきます」
うなずいて、了承の意を伝える。
「良い報告と悪い報告があります」
「良い報告からで頼む」
なんだか、モルテールン領の従士長みたいだなと思いつつ、菓子狂いの父親にならって良い方から聞くことにした。
「かねてより進めて参りました、アールヴの実務トップが誅殺されました」
「ほぅ、それは本当に朗報だな」
いくら敵とはいえ、ヒトの生き死にで喜ぶような下劣な存在にはなりたくないが、政治家としては歓迎すべき事態だ。
魔力絶対主義で、地位が魔力の大きさ、強さに連動するアールヴを支えていたのが、今回アイェウェ側の謀略で殺害された者であることは、シャーロックやジェームズでなくても、明白である。
魔力には恵まれなかったが、実務面では飛びきり有能で、アールヴらしく頑固でプライドの高い主戦論者だった。
そして洞察力にも優れており、獣人領へのアイェウェ軍侵攻の際、最後までアールヴ領を通過することに反対した硬骨漢であった。
その当時の彼の予言どおり、今やアールヴは西(アイェウェ領)、南(獣人領)、東(旧立憲君主王国)を囲まれている。
だが立憲君主王国が滅びるまでは、ギリシア神話の方のカサンドラのように、だれも彼の予言を信じていなかった、悲劇の人物でもある。
(ベルくんみたいに信じてくれるヤツが一人でもいたら、こちらは面倒なことになってたからな)
だが、そんなおじゃま虫が退場してくれた。
「これでアールヴも終わりだな」
雅人のつぶやきに、ワカナが深くうなずいた。
「あとは……エリーの母親の解放か。プレッシャーを引き続きかけてくれ」
ワカナがうなずいたことで、この話題は終わりになったようだ。
「悪い方を聞こうか」
雅人が水を向けると、ワカナが少し困ったような表情を浮かべながら口を開いた。
「ウッフィ商会とトラブルになっております」
予想外の話に、怪訝な顔を返す。
「国境にて、ウッフィ商会の手配した商隊が、危険物を積んだまま入国しようとしたようで、制止した警備隊とウッフィ商会が雇った護衛との間でいさかいが起きました」
「……話を聞く限り、こちらに非はなさそうだな。それがそこまでトラブルになるということは……火のないところに煙を撒き散らしてるヤツがいるということか」
雅人の問いに、ワカナがうなずく。
「ウッフィ商会が雇った護衛と言いましたが、傭兵や冒険者崩れではありません」
「その言い方だと、正規兵だと踏んでるわけだな?」
「そのとおりです」
なるほど。
少し面倒なことになりそうだ。
だからこそ、悪い報告なのだろう。
「で、どこだ?」
「おそらくですが、封建王朝です」
言葉では他の選択肢を排除していないワカナの表情からは、ほぼ確信があるらしいことが伝わってくる。
「それは面倒だが、やりようによっては面白い展開になりそうだな」
雅人の言葉に、ワカナも我が意を得たりという笑顔で返してくる。
「気になるのは、勇者の動向だな」
四カ国と戦争してみて、改めて発見された事実は、アイェウェ軍はヒューマンの軍と戦争したところで、ほとんど被害を受けないということだ。
その圧倒的なこと、まるで「虫」退治するロイド少年のごとし。
あるいは、スライムを倒す高原の魔女のごとく。
だが未だ実力未知数の勇者だけは、雅人も警戒せざるを得ない。
「勇者ですが、どうやら動員がかかったようです」
「ようやく重い腰を上げたか……」
いくら勇者に転生したとしても、最初から能力が抜群に高いわけではない。
俺TUEEEなんてことはないし、刀を交えたら親でも殺せと師匠に教えられて育った者も現代日本には少ないだろう。
だから、勇者として集められてからずっと、訓練に参加していたことが分かっている。
(まぁ、その辺もテンプレだよな)
光輝だって、カズキだって、訓練していたのと同じことだ。
……ウサトみたいなのじゃないとは思いたい。
勇者と闘う側としては。
閑話休題。
これまで、多くのヒューマンたちの希望の星として、魔族を倒してくれると信じられてきた勇者たちだったが、訓練中ということで帝国から一歩も出ることはなかった。
そのことで、勇者の存在そのものを疑う意見も出ている。
まぁ、そんなふうに勇者に懐疑的な方向に世論を誘導しているのは、アイェウェ側の諜報部隊なのだが。
訓練が未了のまま闘いを挑んでくれば、被害は確実に減る。
それでもなお、訓練と称して引っこんでいれば、勇者に対する期待値が下がる。
どちらに転んでも、雅人は困らないという優れた策だ。
「となると、勇者が出張ってくる前に、うるさい羽虫を排除するのがベストか」
「私も同意見です。エリスに命じて、騒ぎを大きくさせておきます」
「そうしてくれ」
雅人の考えを先読みしたワカナに同意する。
嬉しそうに笑ったワカナは一礼すると、雅人の前を辞した。




