第1話 仇討ち
遅くなり申し訳ありません。
「もし。魔王とお見受けする」
雅人が、滅ぼした立憲君主王国の視察に出向いていると、声をかけられた。
「いかにも。魔皇シャーン=カルダー八世だ。そなたは?」
たたずまいから、只者ではないと予想をしながらも、雅人は逃げも隠れもしないと見せるため、素直に自己紹介に応じた。
「これは失礼をいたした。コクワックと申す。不肖の弟子、タック=セナケの仇討ちに参った次第」
「ほぉ」
岡田に師匠がいたとは。
どちらかと言うと、体系立てた武道というよりは本能のままに闘っている印象だったため、意外な展開に少し驚いた。
「仇討ちねぇ。死んでないけどな」
雅人は対外的には恐れられている魔皇……ヒューマンたちからはいまだに魔王と呼ばれるが……である。
そして復讐のためなら、万を越す犠牲者が出るような、大規模戦争も辞さない程度には人の生き死にに慣れてしまっていた。
それでも元が現代日本人だ。
帝国の叡智ほど平和主義者を自認してはいないが、戦いを避けられるなら回避したいと思っている。
とはいえ、降りかかる火の粉は積極的に払った方が、トータルとして楽だということも理解していた。
「我が君」
「いい。俺が相手する」
パルムが護衛として前に出てくれるが、あえて制する。
充分、パルムで対応できるとは思うが、万が一ということがある。
たとえ護衛とはいえ、自分の女が傷つくのを見て喜ぶような趣味はない。
「とりあえず、準備運動させてもらうわ。このところ、忙しくて体動かしてなかったからな」
そんなことを言うとスポーツマンだなと、合気道の達人に呆れられてしまいそうだが。
「準備運動?」
「あぁ、別にアンタとはすぐ闘うさ。こっちの話」
どうやら、闘いの前に準備運動が必要だと勘違いさせてしまったらしいので、誤解だと伝える。
「とりあえず、アンタが前座だってことは理解してるつもりだよ」
「前座、とは?」
小物扱いに、自制しきれない怒りがもれている。
「コクワック。その名は、帝国の軍事教官だろ。今は確か、勇者たちの指導者のはずだ」
指摘してやると、目が泳ぐ。
こちらが、正確な情報を握っていることに驚き、焦っているのだろう。
「与えられた使命を放ったらかして、仇討ちにくるんだ。覚悟はできているはずだよな?」
開けたところまで移動したあと、護衛たちを下がらせてファイティングポーズを取る。
いつでもかかってこいと、挑発しながら。
「そこまでわかっていて、なお我と闘うと?」
「あ? 仇討ちにきたんだろ?」
なにを今さら言い出すのか。
「どうせ、アンタを殺したところで、後ろに勇者どもが控えてる。アンタが勝てばよし。負けて死んでも、勇者たちが怒り狂って代わりに仇討ちしてくれる。そんな魂胆だろ?」
そこまで指摘してやると、プルプルと震え出した。
図星らしい。
テンプレな反応で笑えてくる。
「こっちとしては、勇者以外は怖ぐね。おめぇ、三味線弾ぐわけでもねぇのに、しゃしゃり出てぐんな」
津軽三味線の弾き手のセリフさ、もらっただ。
「何を……言ってる? 魔族の儀式かなにかか」
ちげぇよ。
エヒトじゃないから理解できないにしても、その誤解はズレている気がするのだが。
まぁいい。
「ちょっとおしゃべりが過ぎたな。ここまでにして、殺りあおうぜ」
手のひらを上に向けて、クイクイと手招きして挑発する。
すると、なんともわかりやすく怒り狂っている。
「そんなに怒りに身を任せると、体が動かなくないか? 冷静さが足りないぞ」
「ご忠告感謝する。だが、これが我の流儀っ」
戦闘態勢に入ったのだろう。
腰をグッと落として、一気に間合いを詰めてきそうな気配を見せる。
しかし、怒り狂うのを許容するってどんな流儀だよと思う。
怒りは判断力を鈍らせ、視野を狭くする。
それは百害あって一利なしなのだが。
(ったく、お姉様じゃないんだから、そんな無駄なレアスキルはやめてくれよな)
むさ苦しいオッサンに、ルナティックなトランスファーを使われても、困るというものだ。
「いざ、参る! うぉぉぉっ、エクスキューショナーズブレード!」
処刑人の刃とでも訳せばいいのか。
その名に違わず、飛びこみながら首を狙ってハイキックを繰り出してきた。
(弟子が弟子なら、師匠も師匠だな)
岡田の足癖が悪いのは、この師匠の影響だったらしい。
スウェーしてよけようとして嫌な予感に駆られ、少し大きく間合いを取る。
すると、コクワックの足が通過したあとから、ソニックブームのような衝撃波が追撃してきた。
スウェーしていたら、まともに喰らっていたかもしれない。
「っち。まだまだ! アックスアンドアックス!」
今度は、縦回転しながらかかと落としだ。
名前からして、斧鉞のように時間差で両方のかかとが迫ってくるのだろう。
「それは……知ってんだよ」
片手を挙げ、先に襲ってくるかかと落としを防ぎながら、もう片方の手で殴る。
空中で、無防備なところにクリーンヒットした手応えがあり、コクワックが吹っ飛んでいった。
「なぁ、どうして技の名前を絶叫しながらじゃないと攻撃できないんだ?」
岡田もそうだった。
パーソナリティかと思ったが、闘ってみて分かった。
どう考えても、この師匠の影響だろう。
「その方が、攻撃に気合が入るだろうて」
な、謎理論……。
宇宙戦艦なヤマモトさんのお友だちに、不思議がられるぞ?
「今の攻撃。必殺技の名前を絶叫するから、何をするつもりかわかったんだけどな。それがいいことだとは思えないぞ」
しなくてもいいアドバイスまでしてやる。
正直、今のペースだとそのくらい余裕がある。
岡田の方が強いなんてことはないが、パワーは確実に弟子の方が上回っていた。
「まさか勇者たちも……?」
そんなことになったら、笑ってしまってまともに闘えないかもしれない。
魔法なら詠唱が必要なのは百歩譲ってわかるにしても、剣や斧を使う勇者まで技の名前を絶叫するとか……本当に勘弁してほしい。
そういうのは、テレビだからウケるし映えるのだ。
現実にやったら噴飯ものだと、理解してくれないかな。
「どうやら、タックを殺しただけのことはある。とはいえ、命に換えても一矢報いさせていただくとする」
「いや、だから殺してないって」
どんな勘違いだよ、まったく。
しかし、コクワックはこちらの話を聞いていない。
それくらい集中していた。
(魔力を集めてる? 空気中からも?)
どうやらかなりの大技らしい。
少し楽しみだ。
「うぉおっ! タートルフィットアタック!」
日本語訳すると、かめ◯め破?
だが、やっていることはパンチに魔力を乗せた、遠隔攻撃だ。
受けた印象まで同じく、鍛針功のような技に驚く。
とはいえ、なかなかの威力。
よけてもいいが、後ろに被害が出かねない。
瞬時に魔力でバリアを張り、か◯はめ破を受け止めた。
「そんな……今のが効かぬとは……」
どうやら決死の必殺技だったらしい。
一発で魔力切れを起こしたように、へたりこんでいる。
(まぁ、今みたいなのを連発できる主人公がおかしいんだけどな)
とりあえず勝負は決した。
どこかの妖怪首おいてけではないので、無駄に大将首をコレクションするつもりもない。
魔法で簡単に拘束したあと、パルムたちに引き渡す。
(どうやら……勇者たちとそろそろ闘わせたいみたいだな、ルドラサウムは)
岡田をボコって以来の、久しぶりの軽い運動を終え、両手を高く挙げて伸びをする。
とはいえ、こちらから仕掛けるつもりはない。
勇者の頭脳担当の性格的に、こちらが油断している時を狙うだろうから、しばらくは安泰だと思いつつ、藩王たちに気をつけるよう言おうと決めて、雅人は視察を再開した。




