第34話 立憲君主王国滅亡 8
「さて、この辺でいいか」
縛られ、猿ぐつわをかまされたフェルディナンドを魔法で浮かせて運ばせた雅人は、街道の真ん中で下ろさせた。
周囲は、街道で切り開かれた森があるだけ。
立会人は、暴れ足りなくてストレスを溜めこんでいるリナと、フォーリ。そして数人の護衛だけだ。
「縄を解いてやれ」
雅人が命じると、リナが縄だけを器用に焼き切る。
とつぜん解放されたフェルディナンドは、逃げ道を探しているように目をキョロキョロと動かしている。
だが、捕まるときにコテンパンにされたフォーリの姿を見つけて、ガックリと肩を落とした。
「これまで……国民のため……金をばらまいたり、見世物を開いたりしてきたのに……その返礼が、この……扱いか……」
「裏切り者がよく言うわね。バカなの?」
リナがすかさずツッコミを入れる。
だが先ほどの、縄だけを燃やして縛られている体には火傷一つ負わせなかった、精微な魔法を見せつけられたフェルディナンドは反論せずに黙りこくった。
(というか、自慢するのが見世物だけって。パンとサーカスかよ)
為政者としても救いようがない。
「目の前で国が崩壊していくのを見ただけで、ずいぶん絶望してるんだな。殺されるかどうかもわからないのに」
「……殺さずに逃がしてくれるのか?」
希望の一端を見つけたフェルディナンドは、決してそれを逃がさないとばかりに前のめりになって聞いてくる。
「いや。だが、殺すとも言ってないだろ」
希望を持たせてから、それを打ち砕く。
そのジェットコースターのような感情の振れ幅に、裏切り者は崩れ落ちた。
「自分がさんざん他人を裏切っておいて、自分が裏切られたらそんな顔するのか? まだ絶望した、とか叫べば多少は笑えるのにな。『糸色先生みたいに』」
日本語を混ぜると、フェルディナンド……塚田克が驚いたように顔をあげる。
「それにしても、ずいぶん簡単にあきらめるもんだ。『あきらめたらそこで試合終了です』って『テニス部』では習わなかったか?」
『そ、そのセリフ……まさか、お前が……ヒクガエルか?』
(どいつもこいつも、人を卑屈なカエル呼ばわりしやがって)
いつまで高校生だったころの気分なんだと、イラっとする。
だが、とりあえず怒気はもらさずに自制した。
「そうだと言ったら?」
ムカムカと怒りが腹の底で煮えはじめるのを抑え、冷たい笑みを浮かべる。
だがその不自然な笑みが怖いのか、リナとフォーリが緊張している気配が伝わってくる。
しかし、空気を読むことに長けていたはずの塚田は、ふだんの魔王シャーン=カルダー八世の姿を知らないからか、まったく的外れな暴走をはじめた。
『よかった。俺だよ、塚田克だ』
「知ってるよ」
あくまでも、日本語で親近感を演出しようとしてくる。
だが冷たくあしらうように、この世界の言葉で返事をする。
『そ、そうなのか……あのな。俺、お前をイジリ倒さないといけないんだ』
「はぁ?」
言うに事を欠いて、なにを言い出すのだろうか。
フォーリに何度も殺されそうになって、頭のねじが何本かぶっ飛んでしまったのか。
『神様に言われたんだ。お前と、丹下をイジって、神様を笑わせろって』
(ったく、あのエヒト野郎……)
どこまで人を虚仮にすれば気が済むのか。
同じヲタクだからって、いつまでも許すわけじゃねぇぞ。
『神様だぜ? もちろん、お前も言うことを聞いて、おとなしくイジられるよな? あ、丹下も呼ばないとだな。わかるか、丹下? アルパ商会のゲン=アルパって名前で転生してるんだぜ』
ペチャクチャと調子に乗って広長舌をふるっているのに耐えらえなくなる。
(そういえば、コイツ、こんな感じで人をバカにするのが芸風だったな)
池井や岡田たちに比べれば、イジメる手段が口だけだったので多少罪を軽くしてやろうかと思ったが、調子に乗ってどこまでもしゃべり続けているのにもう我慢できなくなる。
「うるさい。黙れ」
イラっとして、殺気をもらしてぶつける。
だがハジメのように、敵だと認識したら誰彼構わずに全力の殺気をぶつけてしまうわけではない。
そんなことをしたら、ショック死してしまうだろう。
せいぜいレンヤのように周囲を青ざめさせて、ガクブルさせるくらいで留めておくだけの分別はある。
「お前がしゃべると空気が汚れるから、呼吸を止めろ。この世界にまで環境破壊を持ちこむつもりか?」
誘拐された大富豪の娘みたいなあおり文句をニコッと笑いながら放つと、塚田もようやく自分が汚した空気の大切さに気づいたらしく、黙る。
「ご……めん……なさい……」
「ったく。うるさいからちょっと殺気で脅しただけだろ? 亮真みたいに、笑顔で召喚した法術士の肺をつぶしたりしてないぞ?」
口元だけはニコヤカに。
目はさすおにの妹のように、絶対零度級の冷ややかさで見つめる。
ようやく塚田は自分の失敗を悟り、真の絶望というものがどんなものか、言葉ではなく実感として理解したようだ。
(遅ぇよ)
「うわ、汚ね」
「ちょっと、アンタ! 大の大人が、もらすとかどんだけバカなの?」
恐怖に失禁してしまった塚田を、イジリ倒すようにやゆする。
「薄汚い魔族とか二言目には言うけど、どっちが汚いんだって話だな」
「うっ……うぐ……」
どれほど取りつくろうとしても、もらした事実は消せない。
羞恥と屈辱と恐怖に震えている塚田の姿が小気味よく、雅人は少しだけ溜飲を下げた。
「あの……殺さない……よな? クラスメイトだから」
あまりに臭いので、下半身を裸にさせてから雑巾を何枚かつなげて粗末なモノを隠させる。
リナとフォーリが恥ずかしそうに顔を逸らしたが、一瞬見えてしまったモノに対してリナが「ふっ」と笑ったことで、塚田は立ち直れないほどのショックを受けたようだ。
だが、意地汚く生にはしがみついている。
あきらめたり執着したり、忙しい奴だ。
「そうだな。殺しはしない」
言ってやると、あからさまにホッとする。
「なんだよ、あきらめたんじゃなかったか?」
イジってやると、唇を噛んで視線をそらした。
「そういえば。ゲンが丹下なことは知ってるんだったよな?」
「あ、あぁ。丹下も、俺が塚田だってことは知ってる」
そのくらい知ってるよとは言わないのが華だが、ドヤ顔で回答したことにイラっとする。
「同盟を結んだタック=セナケ=ハオーが岡田だって知ってたか?」
「えっ?」
完全に予想外だったのか、目を見開いている。
「オーガ=ヴァーク=アデシュは池井。王妃は難波江」
「えっ? えぇっ? 俺たち、三人だけじゃないの……か?」
どうやら、ルドラサウムにそう言われたようだ。
知ったことじゃないが。
「獣人辺境伯夫妻は、田中と小池のモブカップルだよ」
そこまで言ってやると、さすがにこちらの言いたいことを察したらしい。
だが最後まで言ってやって、もっと絶望した顔が見たい。
「殺さないさ。安心しな。楽しい時間を過ごしてもらうよ」
もう、ぬか喜びはしないらしい。
つまらん。
「俺にとって、だけどな」
もっと脅したら、気を失ってしまうかもしれない。
だが、それならそれで、後日の楽しみが増えるだけだ。
「さぁ、楽しい、復讐の時間のはじまりだ」
そこまで言い切ると、動揺しまくって目を泳がせた。
(おいおい。世界水泳かよ)
夜中に酔って拾った女子高生の、バイト仲間のギャルみたいな感想が頭に浮かぶ。
「た……助けてくれ。お願いします。なんでも、なんでもする。他のヤツらをイジルのだって協力する。なんでもするから!」
必死に嘆願してくるが、冷ややかに見下す。
「他のヤツって? 田中たちのことか? なら足りてる。とっくに絶望してくれてるよ」
ニタァと笑うと、ついに恐怖でぶっ倒れてしまった。
まぁいい。
楽しみは、あとにとっておくのも悪くない。
殺さず、壊さず、狂わせず。
みじめに命乞いをしても許さず、死んだ方がマシだと思うような日々を送らせながら、決して死なせない。
そして、そんな絶望に慣れさせない。
(やっぱ俺。お前らが大嫌いだ)
白目をむいている塚田を見下しながら、雅人は思った。
(お前らに復讐するのは好きだから、それがお前らの存在意義なんだな)
もはや、彼らは雅人にとって旧友であるどころか、人間としても認識していない存在だった。
(あと、三十二人。次はどうやって復讐してやろうか)
清々しく、雲ひとつない空を見上げながら、雅人は天気に相応しくない下卑た笑顔を浮かべた。
ここで第3章は終わります。
明日からは後日談を書いて、4章に進もうかと思っています。
ご笑覧くだされば幸いです。




