第31話 立憲君主王国滅亡 5
「くそっ、開けろ。門を開けろっ! フェルディナンド=フィンレック=モンセールだ。お前たちの国王だぞ。なぜ門を開けないっ!」
砦の塔の扉をくぐると、そこは首都のすぐそばだった。
前世で見たSFのワープみたいな瞬間移動に驚きつつ、これで助かったと安どのため息を吐いた。
周りに護衛の兵はだれもいないのは不安だが、中に入れば安心だ。
急いで城門をたたく。
だが何度たたいても、どれだけ大声を張り上げても、反応がない。
(まさか……首都も魔族の手で……)
恐ろしい予想が頭をよぎる。
もし首都まで陥落していたら、立憲君主王国の国王を名乗っている場合ではない。
早急に他の国で国王を目指さなくては、老人になってしまう。
(まさか……まさか……そんな……これまでの苦労はなんだったんだ……)
がくぜんとしながら、門をたたくのを止める。
あまりのショックで、ヨロヨロと城門から距離を取るように後ずさり、高い門扉を見上げる。
幸い、どこにも戦争の跡は見えない。
だから、まだ無事だという予感もありつつ、ならばなぜ自分に対して門を閉ざすのかという疑問が晴れない。
「おぅい! だれかいないのか? 国を愛する、憂国の民は!」
手をメガホンのようにして城内に呼びかける。
その言葉が効いたのか、待望の反応が返ってきた。
ただし、それはフェルディナンドが望むものではなかった。
「うぁぁっ」
足元に、矢が射かけられる。
危うく足が地面に縫いつけられるところだった。
「何者だ! 我は、フェルディナンド=フィンレック=モンセール。この国の国王だぞ!」
怒りに任せて叫ぶが、その返答は複数の射撃だった。
焦って数十メートルの距離を走って逃げる。
かつて軍にいた頃は鍛えていた体も、政治家に転身してからは美食や美酒によって肥え太り、少し走っただけで息が上がってしまう。
「はぁはぁ、なんなんだ……」
息が上がりすぎて立っていられず、膝をついて荒い息を吐く。
『て、テニス部の……練習じゃ……ないんだぞ……』
前世で、嫌で嫌でたまらなかった無意味なランニングを思い出し、思わず日本語でつぶやく。
軍隊での訓練では基本的に持久走ばかりで、今のように短距離全力疾走など、生まれ変わってから記憶にない。
「クソ……くそっ……だれだ、国王に矢を向けるような不届き者は……」
ゼェゼェと息を吐きながら、城壁の上に顔を向ける。
そして、ポカンと口を開けた。
城壁の上には、まったく予想していなかった人物の顔が見えた。
「ど……して……」
王妃と王子が、城壁の上からフェルディナンドを見下ろしていた。
「リッカ! 私だ。フェルディナンドだっ。安心してくれ。魔族に乗り移られたり、偽物が化けたりしてるわけじゃない!」
前世のお伽話で、妖怪やお化け、悪魔がそんなことをしていたのを思い出しながら、自分は正常で本物だとうったえる。
だが、王妃であるリッカ=フィンレック=リヴァップは、冷ややかな視線を改めなかった。
「フェルディナンド=フィンレック=モンセール。あなたの悪行、我が国では赤子すら知っています。裏切り者を受け入れる余地はありません。去りなさい」
あまつさえ、フェルディナンドを受け入れることを拒否した。
「ふ……ふははは……俺に去れ……だと?」
あまりに愚かな物言いに、笑いが出てしまう。
「お前は、俺と結婚したから王妃なんだぞ! 俺がいなければ、お前なんてただの外国人だ。お前が去れ!」
激昂して叫ぶが、門は開かれない。
なぜだ。
どうして?
この国の王は俺なのに。
「あなただって、軍事同盟の出身でしょう?」
完全に見下すような言い方に、プチンと頭の中でなにかがキレる。
魔法を練り上げ、反乱を起こした王妃を誅殺しようとした。
だが、王妃が挙げた右手を振り下ろした瞬間、フェルディナンドの魔法よりも先に矢が左足に突き刺さった。
「ぐぁぁぁぁっ!」
激しい痛みに、発動寸前だった魔法がキャンセルされる。
「リッカ……貴様……」
「うるさいぞ、裏切り者!」
怨嗟の視線でリッカをにらむが、横から兵士たちに罵倒され、フェルディナンドはサッと頬を紅潮させた。
「そうだ。なにが英雄だ! ただの卑怯者じゃないか!」
「騙して殺したり、毒殺したりしておいて、なにが英雄だよ。嘘つきめ」
「聞こえますか、フェルディナンド。あなたのことを擁護する人は、この国にも、軍事同盟にもいません」
なにを……なにを言っているんだ?
俺は国王だぞ?
二王国の英雄だぞ?
その俺が、見捨てられてる?
そんなこと……許されるわけがないだろう?
そうだ。
間違っているのはリッカだ。
罰を……与えなければ。
何がいい?
どんな罰が……。
だがそんな自分勝手な考えは、再び足元に矢が突き刺さったことで中断をよぎなくされ、フェルディナンドは恐怖にかられてその場から逃げ出した。
***
「あー、くそ。みんなくそだ」
半日ほど、見つからないように薄暗い森の華を逃げたところで、立ち止まる。
足に矢が刺さっているので、それほど遠くまで行けたわけではない。
腹も減っている。
これからどうするかと考えるために立ち止まってみると、よく考えればリッカも、命令で矢を撃った兵士も、ともに女の股から産まれた者だ。
フェルディナンドを殺すことは、できないはずだった。
(惜しいことをしたな……)
あのまま、どうにかして門を開けさせてしまえさえすれば、思い上がったリッカや一部の兵士たちを処罰し、大部分のフェルディナンドに心を寄せている兵士や民衆と、魔族に対抗するための義勇軍を作れたかもしれないのに。
(そうだ。戻ろう)
薄暗い森など、英雄たる自分には似合わない。
ましてや、そんなところで逃げ回っているなど、大いにプライドを傷つけられた。
その報いを受けさせなければ!
***
「はぁ、はぁ……なんだ……あの、化け物は……」
もう一度自分が姿を見せて、城門を開けさせようと思い直してから数時間が経っただろうか。
空腹と久しぶりの長距離移動に、全身が悲鳴を上げた。
辛うじて小川を見つけたので、喉こそ渇いていないものの、獲物を狩る体力はない。
足の痛みもある。
もう一歩も歩けないとへたりこんだフェルディナンドの前に、「それ」は現れた。
両手に、それぞれバカでかいモーニングスターがついた鎖を持った少女。
「あはっ、見つけた」
目が合った瞬間にヤバいとわかる、圧倒的なプレッシャーに、フェルディナンドは必死に逃げ出した。
「逃げるなよー」
モーニングスターが、左右から迫ってくる。
一つがフェルディナンドの身長の半分ほどある鉄球が、ビュンビュン、ジャラジャラと音を立てて襲ってくる恐怖に、空腹も忘れて逃げまどう。
森の中なので、木々に隠れながら逃げる。
だから、フェルディナンドの姿は見えていないはずだ。
それなのに、モーニングスターは真っ直ぐフェルディナンドに向かって飛んできた。
破壊力が強すぎて、進路上にあった木の幹に穴を開けながら。
とうぜん、当たったら命はないだろう。
「どうして……こんな、目に……」
こめかみの辺りに心臓が上ってきたと錯覚するくらい、心音が激しく感じられる。
心臓の悲鳴に気を取られたのか、足元がおろそかになっていたようだ。
「うぐっ! くそっ……」
木の根に足を引っかけ、盛大に転んでしまった。
(早く……立ち上がらないと……)
だがもう、立ち上がる気力も体力もない。
と、フェルディナンドが寝転がっているそばの木が、モーニングスターによって粉砕された。
「ぎゃあぁっ! 痛い……いだぃ……」
この戦争がはじまるまでの、フェルディナンドとしての人生では、傷など負ったことがなかった。
それなのに降り注ぐ木の破片のいくつかが、明確な意図を持つかのように突き刺さる。
足に刺さった矢の痛みだけで充分なのに、さらに木片まで刺さっては、大声で悲鳴が漏れてしまう。
見つかるから悲鳴を抑える、という考えは頭に浮かばない。
痛い、いやだ、助けて。
そんなうめき声を上げて、あまりの痛みに地面を転げ回る。
「あー。そんなところでわめいてると、簡単に見つかるんだが」
フェルディナンドの前に、死神が舞い降りた。




