第28話 立憲君主王国滅亡 2
遅くなり申し訳ございません。
綱渡りですが、なんとか毎日投稿はもう少し続けたいと思っていますので、お付き合いいただければ幸いです。
立憲君主王国は再度魔族と戦うため、地方から新たに志願兵を募った。
しかし志願した先に待っているのは、恐ろしい魔族との戦争である。
とうぜんのように、兵はほとんど集まらなかった。
フェルディナンドは対策として「強制的に」志願兵を集めた。
地方の村落や町に対し、その規模に応じて兵の拠出数を割り当てる。
実態としては徴兵となんら変わりがなく、士気のまったく伴わない、数だけそろえた軍ができあがった。
それでも、盾になる兵の数は多ければ多いほどよい。
フェルディナンドは少しだけ安心して、兵を進発させた。
首都を発した軍は、南に向かう。
旧魔導王国との国境から数十キロの地点に、先の戦いから生還した兵たちを中心とした防衛線が構築されている。
そこに新兵を合流させて、陣容を固める。
一度失敗したにも関わらず、フェルディナンドをはじめとした立憲君主王国軍の中枢は、大軍の動員と待ち伏せによるプレッシャーで、強力な魔族に対抗しようと目論んでいた。
そのため、防衛線よりも南側は実質的に放棄する。
なんとしてでも、自分たちの本拠地である首都を死守する戦略である。
この戦略はいろいろと問題が多い。
まず放棄した地域から集めた兵たちは、隙を見て逃げ出そうとする。
故郷が魔族に蹂躙されることになるので、フェルディナンドとしても気持ちはわからなくはない。
だが、立憲君主王国の支配者層を生かすためには、必要な尊い犠牲である。
逃亡兵は見せしめに重い罰を与えてさらなる逃亡を防ごうとしているのだが、一向に逃げ出す兵士の数は減らない。
またそもそも、「強制的に」兵を集めることに反発する町や村がいくつもある。
それ以外にも、魔族の脅威から国を守るための必要経費をまかなうべく税金が引き上げられ続けていたが、種もみなどを隠す脱税が後を絶たない。
いくつかの村を見せしめに皆殺しにしたり、村人は全員生かしたまま、村を焼き払ったうえで奴隷に売り飛ばしたりした。
おかげでかなり反発は抑えられたが、集められた兵のやる気が、それ以前よりも目に見えてさらに落ちていた。
立憲君主王国の軍は、国を守ろうというモラールの高い志願兵によって構成されている。
本来は。
だが士気の高い兵たちは、魔族との初戦で戦死したか圧倒的な実力差に絶望して逃亡してしまい、二度と集まってこなかった。
それゆえに、「強制的に」志願兵を募ったのだが、どうにも勝手がちがうために将軍たちが戸惑っているようだ。
自ら進んで軍に身を投じる兵たちならば、つらい訓練にも耐え、自分が生き残る可能性を少しでも高めようとするものだろう。
しかし今の軍にいる兵たちは、放棄した地域以外からの出身者すらもが、訓練から逃げることばかり考えている。
(マズイ……まずいぞ。このままでは、絶対に勝てない……)
フェルディナンドは、自分が女の股から生まれた者には殺されないという予言を信じている。
だが軍が崩壊してしまったら、せっかく苦労して手に入れた国王の地位を捨てて他国に逃げなければいけないかもしれない。
そんなこと、絶対に受け入れられない。
なんのために競合相手をワナにはめたり、他人を蹴り落として今の地位にまで昇りつめたと思っているのだ。
まだまだ旨い食事、精力が追い付かないほどたくさんの愛妾、そして権力を誇示して他人をひざますかせ、搾り取った税金を湯水のように浪費する生活を満喫していないというのに。
***
「公称十万だったか。実数は約五万といったところかな」
「バカなの? 数だけそろえたって意味ないのに」
立憲君主王国が急きょ、必死になって集めた兵が作る肉の壁を遠くからながめて、雅人は敵兵の規模感をつかんだ。
ふつうに考えれば、なかなかの陣容である。
だがリナは容赦なく切って捨てた。
だがその主張が、少なくとも雅人たちアイェウェ軍にとっては正しいことを、世界中が知っている。
「攻撃、殲滅。許可?」
「まぁ待て」
アヤがなかなか物騒なことを言い出したので、引き止める。
そもそも雅人が見るからに、敵兵の士気はダダ下がりである。
これに少し手を貸してやるだけで面白いものが見られそうなほど。
「裏切り者には、相応の報いを受けてもらおう」
雅人は考えを実行すべく、命令を下した。
雅人の視線の先で、敵兵があからさまな動揺を見せる。
立憲君主王国軍が防衛線を構築した場所に、わざわざ立ち寄ってやってから一か月。
決死の防御体制を組んでいる敵に対し、雅人の側は威嚇できれば十分なので、不意打ちを喰らわない程度の少数だけをつれている。
それでも、プレッシャーを強く受けているのは、大多数で待ち構えている立憲君主王国軍の側だ。
何しろ敵はお伽話に出てくる、恐ろしい魔族。
しかも、それが子ども向けの寝物語で終わらず、実在する恐怖の対象であることは、獣人領、魔導王国。そして自分たちの国で立証済み。
笑えない圧力を、勝手に感じてくれているわけだ。
「そろそろ、仕込みを回収する時期かな」
つぶやきながら立ち上がる。
「我が君、逃亡兵が敵軍の半数を超えました」
「そうか、ご苦労」
雅人の動きに合わせたような恰好で、エリスが頃合いだと報告してくれる。
さぁ、ショーの幕開けだ。
***
「フェルディナンド王……ついに、逃亡を企てた者たちが、軍の半数を超えました」
将軍の報告に、フェルディナンドは唇をかみしめた。
防衛線を構築して魔族を待ち構えて数か月。
目の前に魔族が現れて一か月が過ぎたのに、フェルディナンドが望むような戦いは一度も行われてない。
ただただ、魔族はそこにいるだけ。
だが魔導王国が誇った、魔導騎士をただの一戦で皆殺しにしたという噂に加え、立憲君主王国側でも前回の戦争で手痛い敗北を喫していることで、兵士たちは恐怖にかられたパニック状態に陥っている。
それは、昼夜を問わずに兵の逃亡が後を絶たないという問題となって顕在化していた。
最初のころは、見せしめに略式軍法会議で処刑を決議して、首をはねていた。
それでいったんは収まった敵前逃亡も、実際に魔族が視認できる距離に現れたことで一気に加速するように再び増加に転じた。
公称十万、実際には四万八千の兵を動員していながら、わずか一万ほどの魔族におびえ、ひっきりなしに兵が逃げ出す。
どうしてなのかわからずに、逃亡した者を問い詰めたものだ。
だがその答えは判を押したようにほぼ同じ。
曰く、故郷が魔族に支配されたと聞いた。
曰く、敵の藩王が故郷の近くで目撃されたと聞いた。
だいたい、この二つに大別される。
(理解できん……)
すべて伝聞だ。
それでも、処刑される恐怖よりも逃げ出すことを選ぶ兵が後を絶たない。
どうせ、戦争になれば殺される。
ならば逃げられるかもしれない可能性に賭ける。
そんな風に考える者たちもいた。
だが大半は、フェルディナンドが切り捨てた南側の地域の兵たちであった。
恐ろしさと、故郷に残してきた家族や恋人を想って逃げ出していたのだ。
その時点で逃亡兵が増えすぎて、すべてを捕らえることができなくなっていた。
逃亡兵を捕まえるように命じた部隊自体が、戻ってこなかったこともある。
だれが逃げようとしていて、だれなら逃げずに戻ってくるか。
信じられる者はだれもいなかった。
なにせ、大臣に引き入らせた部隊ですら、帰ってこなかった例もあるくらいである。
(これ以上ここにいても、兵が目減りするばかりだ……いっそ、もっと北に逃げるか?)
一度防衛線を放棄し、もう少し北側の地域で再起を図ることも考える。
だがそれは結局、もっと逃げる兵の数を増やすだけだろう。
なにせ北側に移動する間に、それだけの地域を切り捨てるのだから。
(逃げたら終わり。かといって、ここに居座っていてもじり貧……どうすればいいんだよ!)
だれかに答えを教えてほしい。
それこそ、神様はなにも言ってくれないのだろうか……。
フェルディナンドの祈りを聞き届ける神はおらず、むなしく心の中に響いた。




