第27話 立憲君主王国滅亡 1
サブタイトルで展開がわかってしまうのはいかがなものかとも思いましたが、これまでに二つの国を滅ぼしてるので、今さらかと思ってタイトルをつけております……。
(そろそろ選挙を延期するのも限界か……くそっ。どうしてこんなことに……)
フェルディナンド=フィンレック=モンセール立憲君主王国国王兼首相は、目の前で激論を交わしている大臣たちを眺めながら心の中でひとりごちた。
魔族の「卑劣な夜襲」により大敗をきっしたフェルディナンドは、国家の危機を宣言して目前にせまっていた選挙を、強引に延期させた。
ただでさえ、一部貴族の横暴に対して大規模な抗議運動が行われ、与党の大敗が予想されていた選挙である。
起死回生の策として、国内の不満を対外的な勇壮さで糊塗しようとした戦争でも敗走し、挽回するすべが思いつかずに事態は硬直状態のままであった。
時間が不満をやわらげ、二王国の英雄に対するあこがれが復活するのを待つ戦術で時間稼ぎを試みたのだが、どうにも雰囲気が悪い。
どうやら反対派を陰で操っている者がいるらしく、抗議活動は一向に沈静化する気配を見せない。
反対派や野党議員の罪をでっち上げ、警察をけしかけて陰ながら弾圧しているのに、そのたびに新しい論客が現れる。
他国ではふつうに行われている拷問も、ここ立憲君主王国では大逆罪や内乱罪を除けば認められていないため、そろそろ冤罪をねつ造するのも限界を迎えつつある。
「ですから、事、ここに至っては、政府の存続が問題なのではありません。国家の存亡がかかっているのです!」
「国家を生き永らえさせたとして、我々が無事である保証はあるのか? 魔導王国では王族は根絶され、元老院も解散させられているぞ」
「そうだ。魔族に慈悲などという感情があるわけがない。有用か、害悪か。旧体制派の我々や、野党議員に至るまで政治から遠ざけられたら、それは国家が存続していると言えるのか?」
見ている限り敗戦を受け入れ、魔族に講和を申し入れようとするのは政府内部で四分の一程度。
残りは自分の安全が保障されない限りは強硬な主張を繰り返しつつ、責任をだれかに押し付けて無事に切り抜けようという腹づもりの者たちだ。
(なのに野党議員は楽観的だから、始末に負えない……)
獣人西辺境伯領では辺境伯領夫妻が囚われ、夫妻の出身種族でない二種族でも族長を交代させられたという情報が入っていた。
魔導王国に至っては、先ほど会議出席メンバーの一人が叫んだように、国王は追放され、王妃と王子が囚われの身に。そして政治を動かしていた元老院は解散させられた。
たしかに、元老院議員でも有能な者は引き続き召し抱えられ、政治に携わっていると言われている。
だがそのほとんどが若い世代であり、元々元老院の主流派を形成していた古い領地貴族らは低い地位に就くか、無役を受け入れるかを迫られたという。
フェルディナンドのそばで、権力の蜜をたっぷりと味わってきた現在の政府高官たちは、そんなことを受け入れられるわけもない。
ひるがえって、野党議員たちは自分たちに戦争をはじめた責任はないという楽観論で、声高に講和を要求する。
そんな見通しには根拠など一ミリもなく、自分たちも処分される可能性は考えていないようだ。
(もう少し……ほんの少しでいいから、軍事同盟が粘れば……ったく、使えない……)
自分たちの惨敗を棚に上げて、フェルディナンドは心の中で盟約相手の軍事同盟に、呪詛の言葉を吐いた。
勇ましいことを言いながら、タック=セナケ=ハオー率いる軍事同盟もまた、ただの一戦で敗北していた。
敗戦直後、フェルディナンドは軍事同盟が魔族の軍を引き付けている間に態勢を立て直し、魔族の背後を突くことを考えた。
だが軍を二分しながら、立憲君主王国軍とほぼ同時に軍事同盟軍を崩壊させた魔族の軍勢には隙が無く、撤退することしかできなかった。
旧魔導王国との国境から数十キロにおよぶ地域を実質的に放棄し、防衛線を構築するのが精いっぱい。
だがそんな戦時体制も、裏付けとなる重税に耐えかねた地方の抗議活動の激化で動揺している。
早急に対応する必要があるのに、対策がまったく思いつかないという袋小路に落ちこんでいて、謀略に長けたフェルディナンドですら、どうしようもないという状態である。
「事、ここに至っては、国王のご聖断が必要です!」
「そうですな。首相は失政の責を選挙に負けることで負う。国家の存続のような大事、国王様のご英断にゆだねましょうぞ」
「賛成」
「異議なし!」
(うっ……余計なことを!)
ある講和派の大臣の叫び声で、数十日連続で開かれていた会議の大勢がついに決してしまった。
首相なだけであれば、辞職することで責任を回避できた。
だが国王には、そんな風に逃げるような手は使えない。
大臣たちは気楽なものだ。
国王に責任を預けた格好になったので、どうあっても責められることはなくなっている。
講和しても首を斬られるのは国王だけ。
戦争に訴えて負けても敗戦の責は国王が負う。
もし戦争に勝った場合は選挙も大勝間違いなしで、再び自分たちが美味しいところをつまみ食いできる。
(どうして、王と首相を兼務なんてしたんだ、俺は……)
悔やんでも後の祭りだ。
こうなったら、大臣どもをいかに巻きこむか。
他人を関与させればさせるよほど、フェルディナンドの責任がそれだけ軽くなるというものだ。
「国王様、ご決断を」
「お願いいたします!」
あからさまにほっとした表情を浮かべながら、フェルディナンドに決断を迫ってくる大臣たち。
「あいわかった。誇り高き立憲君主王国国王として、薄汚い魔族などに垂れる頭は持ち合わせていない。戦って、自由を勝ち取るぞ!」
「お、おぉー……」
まさか、本当に戦争に突き進むとは思っていなかったのだろう。
フェルディナンドの掛け声に、尻切れトンボな声をあげて大臣たちは渋々と同意した。
(大丈夫。俺は死なない。お前たちが何人死のうが、俺は生き残るんだ。せいぜい派手に死んで、血にはやった魔族を満足させてくれよ)
女の股から産まれた者には殺されないという予言を信じて、フェルディナンドは再起を図ったのだった。
***
「ということで、愚かにも国王フェルディナンドは魔王様……魔皇様に再び刃を向けようとしております」
「で、あるか」
雅人の目の前には、立憲君主王国の講和派大臣の筆頭である男がビクビクしながら頭を下げていた」
「よくぞ知らせてくださった。貴君と、平和を望む方々。その家族や使用人の命。この魔皇シャーン=カルダー八世の名のもとに保証しよう」
「あ、ありがとう、ございます……」
発覚すれば祖国への裏切りと非難されてもおかしくない、敵への内通を決断した大臣をねぎらってやる。
それだけで、緊張の糸が切れたのだろう。
涙を流して感謝された。
(男に泣かれてもな……)
ぜんぜん嬉しくなくて、むしろ若干引いてしまうのだが、そんなことを言ったらせっかくの内通者を敵に回しかねない。
ここはおうようにうなずき、受け入れてやるだけでいい。
「エリス。大臣殿を送って差し上げろ」
泣き崩れてしまった大臣を、エリスが指揮する妖魔の諜報部隊に送らせる。
彼らには、フェルディナンドこと塚田克を裏切って、絶望させるという大事な役割がある。
それまでは丁重にもてなしてやらなければ。
息子の肉を喰わされたアステュアゲスのように、最後の最後に「ば~~~~~~~~~~っかじゃねぇの?」と言ってもらう役割を担わせるつもりだ。
「それにしても……勝てると思ってるとか、本当バカなの?」
「そう言ってやるな、リナ。予言とやらに相当自信があるんだろ」
吐き捨てるように言うリナをなだめる。
ここでいくら罵倒しても、復讐心はまったく満たされない。
ならば、そのフラストレーションを戦場で晴らしてもらった方が合理的だ。
「意味不明なその自信。めちゃくちゃにしてやってくれ」
雅人の誘いに、リナはクスクスと小悪魔的な笑みを浮かべた。




