第26話 ゲン=アルパ 5
遅くなりまして申し訳ありません。
また、短めです。
『で、どうやったら日本に帰れるって?』
『……一億ディナール、貯めたら帰らせてくれるって』
『それはまた……ずいぶんな額だな』
雅人があきれたようにつぶやく。
丹下自身もバカげた金額だという自覚は、とうぜんあったのだろう。
視線を逸らした。
『だけど……やるしかないんだ』
決意を固めた表情で、誰にともなくつぶやく丹下。
ふつうなら応援してやりたくなる光景なのだろうが、丹下自身も復讐対象と認識している雅人にとっては、なんの感慨もわかない。
(それにしても、一億、ね……)
とんでもない金額だ。
ちなみに、交易で身を立てているが土地はやせ気味で、中規模なダークエルフ辺境伯領の年間予算がだいたい一万ディナールである。
その一万倍と考えると、信じられない額とわかる。
地球世界で言えば、日本の国家予算が約百兆円。
単純に比較はできないが、その百倍だとしても一京円に相当する。
世界一の資産家としてよく引き合いに出される、窓型パソコンの生みの親の総資産が、だいたい十兆円としても、その百倍の開きがある。
一生かかっても稼げる額ではない。
(ところで、一億も金を稼がせて、なにをするつもりなんだ?)
教えるつもりがあるなら、いつもどおり頭の中に干渉してくるだろう。
どうせこの会話も思考も、のぞき見しているに違いないのだから。
だが、返事はない。ただのひとりごとのようだ。
(そいつは、しかばねぇなぁ)
好きそうな古いネタをぶちこんでも、返事がない。
それはつまり、教える気がないということだろう。
(ッチ。なにを企んでやがる……)
丹下の反応から考えて、嘘を言っている感じはしない。
だがカネなど集めさせても、神を称する者には意味がない。
せいぜい、豪華な神殿を作らせたりするくらいだが、そんなものを望んでいるとも思えない。
『ふぅ。とりあえず状況はわかった。できる限りのことは協力してやるよ。その代わり……』
『ぼ、僕にできることは……なんでもするよ』
はい、言質いただきました。
ではまず手始めに……。
『商業都市連合の中で、こっちに協力的な商人と敵対的な商人がいるのはわかってるよな?』
前提を確認すると、困惑しながら丹下はうなずいた。
『こっちに敵対する商人を没落させる。手伝え』
『なっ……ほ、本気……なのかい?』
どうやら状況を正しく理解できていないらしい。
『いいか。一億なんてカネ、ふつうの手段じゃ絶対に稼げない。ならどうする?』
『どうって……』
甘い。
バカみたいに甘いな。
ペイスやローゼマインが活躍する前の、砂糖がたくさん使われていれば高級みたいな菓子くらい、甘い。
『独占禁止法はないんだぜ? 他の商人が没落して、寡占状態になるほど、お前はもうかるだろ?』
『でも、それだと……』
『なんだよ?』
ぎろりとにらみつけてやると、なんでもないと引き下がる。
(そうだよな。他の大商人に転生した、元クラスメイトが何人か、俺と敵対する派閥に入ってるもんな)
当たり前だが、気になるわけだ。
でも、もう今さら言い出せない。
さっき聞いたときに転生者の心当たりとして答えなかったから、今さら言い出せないのだろう。
(丹下。お前には、相手を出し抜こうっていう交渉事は向いてないぞ)
恨みがあるので、親切にアドバイスなんて絶対にしてやらない。
だが丹下源太という善人には、虚々実々な化かし合いは荷が重いようだ。
(そう考えると、最初から交渉に長けてたゼンジロウとか菓子狂いって、ある意味チートだな)
まぁ、そうやって板挟みになって苦しんでくれるのを見るのは、前菜程度でも軽い満足は得られる。
せいぜい苦しんでくれ。
どうせ雅人にとっては、魔族に融和的な派閥に入っていても復讐の対象だ。
何のかんのと理由をつけて、ワナにはめることは確定。
ただこちらの味方であるならば、しばらくは猶予をくれてやるというだけの話である。
『こちらに融和的な商人、友好的な商人のリストをあとで渡す。それ以外は、好きなようにつぶしてくれて構わない。容赦なく、商圏をむしり取ってやれ』
悪い笑顔を向けると、顔を引きつらせている。
相変わらず現実が見えていない。
『わかってるのか? 今回の岡田と塚田の敗戦に巻きこまれたのと、帝国相手の大失敗で後がないんだろ?』
『……そこまで知ってるんだ……』
図星をつかれて、丹下は小さくため息を吐いた。
『まぁな。とはいえ、まずはお前はアルパ商会の立て直しだろ? 待ってやる。その代わり、塚田の裏切りに彩られた人生を、目いっぱい宣伝してくれ』
クラスメイトの没落に手を貸せと言われて、目を泳がせている。
『でも、それは……契約が……』
グズグズと言い訳をはじめたが、こういうのは最初が肝心だ。
『関係ないね。一度は金を出した。それで義務は果たしただろうが』
『そ、そうかな……』
断言すると、勢いで説得されていく。
『本当なら勝って、対価を払う義務があったのは塚田たちの方だろ。それなのに無様に負けた。そのせいで、奴隷売買の権利を譲れなかったんだ。契約不履行は塚田だぜ』
『……そうか、そういうものかもね……』
納得はしていないが理解はしたらしく、あっさりと同調してきた。
その自我のない節操のなさは、他人の説得で再び意見を変えることが予見され、いつ裏切るかわからない危険性を予感させる。
だが、それを考慮に入れてこき使えばいい。
『とりあえず丹下は、塚田の裏切り遍歴を、噂として流してくれ。証拠は俺の方で集める』
『わかったよ』
腹をくくったのか、オドオドしながらもハッキリと丹下はうなずいた。
これで役者はそろいはじめた。
あとは、塚田の裏切りの被害者がみんな死んでしまっているのに、どう対処するか。
死人に口なしは、科学的な捜査ができない現状ではふつう、いかんともしがたい。
だが、ここは魔法の世界。
お兄様みたいに二十四時間だけさかのぼれるなんてケチなことは言わず、DNAや指紋の代わりに魔法で証拠を集めればいい。
イタコ的なものでもいいし、サイコメトリーでもいい。
被害者の「心の悲鳴」を聞いて、断罪してやろう。
『あぁ、いいこと思いついた。他人をなんども裏切って国王になりあがったんだ。立憲君主王国が塚田を裏切るように誘導してやったら、面白いと思わないか?』
ああいう手合いは、自分が他人を平然と裏切るくせに、自分が裏切られると声高に被害者ぶるだろう。
だがそんな、全世界の不幸を一身に背負ったみたいな表情を見てみたい。
そう思ってにやりと笑うと、丹下がまぶたをぴくぴくけいれんさせてドン引きしていた。
まぁ、そんなのは無視するのだが。




