第25話 ゲン=アルパ 4
『まぁいい。元クラスメイトどうし、仲良くしようぜ』
『う、うん……よろしくね』
丹下はおどおどしながら、雅人が差し出した右手を握った。
『最近は不運続きだけど、ずいぶん稼いだみたいだな。前世の習慣みたいなものか?』
雅人がきつく手を握ったまま問うと、どう答えるか迷いを見せる。
『や……やりたいことがあって……』
『へぇ。奇遇だな。俺にもあるぜ』
家族のために金を稼ぐこと以外の、丹下の望みなんて考えたこともなかった。
どんなにバカにされても、度を超えない程度の暴力を振るわれても、笑って耐えている姿ばかりが思い出される。
その意味で雅人から見て、丹下は時に度を越えた暴力の洗礼を受けていた自分よりも恵まれていると感じていた。
こういうのを、隣の芝生は青いと言うのだろう。
それでも同じような境遇だったとはいえ、自分よりもスクールカーストで確実に丹下は上位にいた。
どんぐりの背比べでしかなくとも、ブービーメーカーとブービーの違いであっても、決して許せない。
だれ一人、許すつもりはない。
『俺はな、復讐がしたいんだ。あのクラスの全員に』
『ひっ!』
握った手を引き寄せて顔を間近で見つめ、狂気に彩られたような目線で告げる。
その辺は演技なのだが……。
(もしかして俺、新宿ガール並みの演技力に目覚めた?)
って、んなわきゃない。
だが、そもそも魔王に恐怖しか感じていない丹下は演じていることを見抜けず、悲鳴を上げてへたりこんでしまう。
『仲良くしようと言っただろう? 俺は約束は守る。お前に対する復讐は少なくとも後回しにしてやるよ』
『あ……ありがとう……ございます……』
顔色を、まるで千年前から生き続ける人喰い鬼の首魁のように蒼白にした丹下が、ガクガクと震えながら感謝の言葉を述べる。
その無様な姿に、多少は気分が晴れる。
『その代わり、俺の復讐の手助けをしろ。いいな?』
理不尽な要求に涙を浮かべてうなずかれると、こちらの方がパワハラ会議を主催しているような気分になる。
『俺の復讐の邪魔にならなければ、お前のやりたいことを応援してやってもいいぜ。望みはなんだか言えよ』
残念ながら封真みたいに、言われなくても他人の本当の望みがわかるような異能はない。
まぁテレパスを使えばいいのだが、そこはあえて本人の口で言わせたい。
口に出して言えないような願望に付き合ってやるほど、魔王は暇ではないからだ。
(邪魔にならず、利害が一致している間は手助けしてやるぜ。こき使ってやる代わりにな)
とはいえ、ただで望みを叶えてやるようなお人好しではないので、異世界に行く前のサトゥーか、転生前のリョウマのように過労死するまで働かせるつもりだ。
(飲酒や喫煙で、不健康極まる体内を駆けずり回る赤血球よりはマシってレベルで、生かさず殺さずがベストだな)
そうして、望みを叶えてやるフリをしながら利用するだけ利用し、最後にポイする。
ポイしないでくださいと懇願されても、ゴミのように捨ててやる。
その瞬間の、裏切られてショックを受ける顔が今から見たいものだ。
だが……丹下の望みは、雅人の斜め上を行くものだった。
『……帰りたいんだ』
『は?』
反射的に間抜けな応答をしてしまって、顔を赤らめる。
『日本に帰って……妹たちのためにまた働いて、幸せにしてやりたいんだ』
(あぁ、コイツ……ただの善人だったんだな……)
今の応答でわかってしまった。
この男には戦う力がないがゆえに、ただ状況に流されながらも、耐え忍ぶ戦術を選んでいたのだと。
(あれだけのことをされながら……クラスメイトどもを恨むよりも、家族のことを考える、か……)
大迷宮に落とされる前のハジメのような、ケンカはからっきしでも心の強さをもった善人。
正直……イライラする。
(俺にはもう……家族はいなかった。だからお前が憎たらしいよ)
たしか、丹下も長い闘病の末に母親を亡くしていた。
その時の治療費の借金を返すため、どんなにバカにされてもパシリに甘んじていた。
それは、ある意味で強さかもしれない。
死んで逃げることばかり考えていた雅人よりも、ずっと強い心力の持ち主だと思わせる。
(わかったよ。お前はすごいヤツかもしれない。でも、俺の復讐から逃すつもりはないぜ)
見直しても、憎しみは薄れない。
だから内心では憎悪の炎を燃えたぎらせておく。
だがそんな感情をストレートに言葉に出せば、丹下に疑念を抱かせる。
それは、使役するうえでマイナスにしかならないとわかっているので、怒り狂いそうになる感情を必死になだめる。
アンナさんが死んでしまった後、心の寄る辺を失ったケヤルは人であることをやめた。
それと同じで、両親が死んでしまっていた雅人も、復讐のために魔王になった。
人間をやめても復讐心が胸を焼き、さいなみ続けたから。
だが、丹下はそうならなかったたいうことだ。
家族が心の支えになってくれたのだろうか。
それが憎い。
(良く言って同族嫌悪……ってとこか)
同じような境遇にいながら、望みの方向性が正反対くらいちがう。
そのことで責められているような気分になり、憎しみが倍加し、心がうずく。
憎しみにとらわれた心が、今すぐ丹下を殺してしまえとささやいてくる。
(今ここで復讐するのは簡単だ……だけど、楽しみは後にとっておいた方が、より熟成されるじゃないか)
自分の中に巣食う悪魔をそう説得して、心の内側で燃え盛る炎を抑えこむ。
(はぁ……疲れた……)
激情に駆られそうになるのを抑えこんだので、ドッと疲労が溜まった。
(どうしてコイツのためにこんなに疲れなきゃならない?)
そんなことにもイライラする。
『丹下の望みはわかったけど、そもそもどうやって帰るつもりなんだ?』
気分を変えるため、疑問に思ったことを問う。
どれほど願ったところで、異世界転移では帰れないのが一つのパターン。
ましてや、転生してまったくの別人になっている。
これでどうやって帰るつもりなんだろうか。
(女王様の王配になるわけでもないしな)
そんな益体もないことを考えていると、秘めていた情報を開示する決意を固めた丹下が口を開いていた。
『転生した時に、神様がさ……』
『またか。あのルドラサウムめ……』
思わず丹下の言葉をさえぎって、つぶやいてしまう。
『えっ?』
『いや、こっちの話。神がどうした?』
とりあえず、帰る方法があると言うなら聞いておく必要がある。
雅人としてはクソ東京ならぬ、前世になどなんの未練もない。
だが、帰る方法があるなら、それを具現化させないように阻止しておかなければ、復讐相手に逃げられてしまう。
(そんなのあり得ねーだろ)
クラスメイト三十九人。
誰ひとり見逃すつもりはない。
(全員、惨めに這いつくばらせてやるさ)
そんな風に昏い衝動に駆られる。
だが同時に、憤怒に飲みこまれてはいけないとも感じる。
人間性を失うことに恐れはない。
だが、それによって手に入らなくなってしまうものがあることも理解している。
(寂しい人生にするな、か……)
ハジメに愛ちゃんが言った言葉を思い出した。
とはいえ正直、それは大丈夫な自信がある。
藩王たちも郡王たちもいる。
パルム、リナ、エリー。
チャーティたちもいてくれる人生……魔王生だ。
彼女たちを決して悲しませないと決めた誓いだけは、復讐心を凌駕する。
『帰る方法があるっていうんだ』
『へぇ』
どうやら、クラスメイトたちはみんなが皆んな、あのエヒト様を無条件に、無批判に受け入れているようだ。
(相変わらず胡散臭っ……)
ヲタク仲間ということで会話が弾んだおかげか、雅人には存在Xによる精神攻撃の影響は見られない。
だが級友たちは揃いも揃って、神だと信じこまされているらしい。
とはいえ、ヤツは半端ない何かを隠している。
実力の片鱗すらまだ見せていいだろう。
そんな桁外れの存在が言うことなら、信じてしまってもおかしくない。
辛うじてヲタクトークのおかげで助かったのだ。
安心はできなくても、心配しすぎる必要はない。




