第24話 ゲン=アルパ 3
『ところで、どうして俺が石村だってわかったんだ?』
『……頭の中に、そうだって浮かんだんだ』
『へぇ……』
これも管理者Dの仕業だろうか。
なかなか興味深い。
『それって、初めてなのか?』
『……ちがうよ。岡田くんのこともわかったから……』
(あ、これはあたりだな)
まさしく、「奇貨居くべし」って感じだ。
丹下を使えば、雅人がクラスメイトの転生先を知っていることを隠せる。
今のところは必要になっていないが、どこかでそういう工作が必要になる可能性は十分ある。
(使えるかもしれないな。要らなくなったら、使えぬ道具は捨てる他無し! で復讐すればいいわけだし)
丹下については、とりあえず復讐の優先順位を引き下げた。
『塚田は?』
問い詰めてみると、ギクッとわかりやすい反応が返ってくる。
『俺は、隠し事をされるのは好きじゃないんだが』
父親がマンガ家だと知ってもショックは受けないが、復讐のターゲットである丹下にはそのあたり、きっちり詰めておかないといけないだろう。
そう思ってズバズバと切りこむと、脅しだと理解してくれたようだ。
『つ、塚田くんも。立憲君主王国のフェルディナンド王だよね』
慌てて同調してきた。
だがここでお開きにしてやるほど、雅人はもう善人ではない。
『他には?』
『……久留間くんと会ったよ』
渋々情報を開示したが、肝心のことを言っていない。
『何に転生してた?』
『えっと……東の方で、鍛冶屋さんやってた』
『そうか』
どうやらなめられているのか、もしくは情報を秘匿したい意図があるのか。
ドワーフ東辺境伯であることは、隠しておきたいらしい。
とりあえず、その企みには乗ってやる。
だが、代償は払ってもらわないとな。
『か……かはっ……く、苦し……い……』
片手で首を絞めながら丹下の体を吊り上げる。
必死に首を絞める手に爪を立てて逃れようとするが、ヒューマンの非力さで魔王たる雅人の肌に傷をつけられるわけもない。
『鍛冶屋ね。それで、これを作ってもらったわけだ』
懐に隠し持っていた武器を取り上げてから、床に放り投げる。
といっても、ガラス細工を扱うように慎重にだ。
雅人が全力で投げたら、つぶれてモザイクが必要になるレベルの死体ができあがってしまう。
『へぇ。銃か』
酸素を必死に取りこむために咳をしながら、荒い息をしている丹下になど視線も向けずに、手の中の短銃を眺める。
ミリタリーには興味がなかったので、これがどれほどのモノかは、正直わからない。
『どうして銃なんだ? 剣とか、ナイフとか、ほかにも選択肢はあっただろう?』
『ゲホゲホ……僕には、戦う、力がないから……それも護身用だよ』
そう言われて、はいそうですか、とうなずけはしない。
とはいえ相対的に戦う力が弱いヒューマンが持つのに、銃というのは合理的であることは間違いない。
長い射程距離。高い殺傷力という威力。
そして、引き金一つだけで簡単に殺せるという手軽さ。
ノブノブが言うとおり、殺すことと殺意と罪悪感が薄くなる。
そして、魂をゆさぶる轟音という恐怖もおまけでついてくる。
たとえ、アイェウェ……あえて魔族と言うが、恐れられている彼らですら初見で対処するのは難しいかもしれない。
(要注意だな)
歴史的にも、インカ帝国は八万の兵を擁していながら、二百人に満たないヨーロッパ人がもつ、わずか十二丁の鉄砲によって滅びた。
それくらい銃というものは強力なのだ。
(リュートくんも銃を使って異世界で無双してるしな)
一人ではできないこともあるので、可愛いスノーたちが強いおかげで助けられている部分もあるが、それでもマティアスみたいに存在自体がチートでないリュートが、レギオンを作って活躍しているのは、強力な武器によるところが大きいだろうと思っている。
なぜなら、ふつうは銃を持つ相手には勝てないからだ。
銃よりも殺傷力、飛距離が劣る弓矢ですら、飛んでくるのを剣で払うことは現実にはできない。
車椅子に乗った古代中国の戦術家に言われるまでもなく、部活の弓道部を見学すればわかる話だ。
演義の関羽や張飛、ダリューンもお話だからできることで、それだけ彼らが凄まじい戦士であるという証明にはなるが、鵜呑みにして異世界転生後にやったら痛い目を見るので気を付けた方がいい。
いわんや、それより早い銃ならなおさら対処不能である。
(飛天御剣流の使い手みたいに、視線で狙いどころを読むなんて、むーりー)
芸人をいじるカラスみたいな口調になってしまうくらい、無理ゲーだ。
まぁもっとも、某お兄様なら弾丸を分子にまで分解してしまうのでまだわかる。
だが、当時世界最強だったアメリカ騎兵隊相手でも、ウィシャ族の生き残りが強力な銃をもって復讐しうるのだから、敵に回すと厄介なことは間違いない。
『人外と戦うにも、強力な武器になるしな』
問い詰める意図をもってつぶやくと、丹下はびくっと震えた。
『どうした、丹下? 寒いのか?』
震えているので気遣うふりをしながら、じっと見つめる。
すると居たたまれなさに、丹下は目をそらした。
(やっぱそれが目的だよな)
予想どおり過ぎて、逆にワナかと警戒するレベルだ。
ルーグは魔族を、ハジメも魔族と魔物を、そして梨璃たちはヒュージを、魔力やマナをこめた銃も使って倒している。
そんなことは知らないだろうが、ヒューマンに転生した丹下としては、魔族から、ほかのヒューマンから身を守るために銃が必要だと思ったのだろう。
(ま、弱肉強食だしね)
異世界に転生した以上、日本みたいに法律が守ってくれるわけじゃない。
自己責任だ。
であるなら、自分が刀を交えたら親でも殺せと師匠に言われて毎日殺し合い同然の稽古をしておくか、伝説の魔獣フェンリルをネットスーパーの調味料で吊って従魔契約でも結ばないと、いいカモにされるだけ。
だが。
『とりあえずコレは預からせてもらうぞ』
『ど……どうして? それがないと、困るんだ』
精一杯にこやかに言ってやったのに、追いすがってくる。
うざい。
『何に困るんだ? 俺たち、魔族が守ってやろうって言ってんのに』
『そ……そうか。そうだ……ね』
アイェウェの民の庇護下にある人物を、だれが傷つけられるというのだろう。
事実を突きつけてやると、おとなしく引き下がった。
(だっさ……)
こんなに気弱で、よく中堅商家を大店にまで引き上げられたものだ。
少し丹下を見る視線が、冷ややかになってしまう。
(とりあえず、解析が必要だな)
手の中の銃を、ひっくり返したりしながら観察するが、良し悪しはわからない。
転生前の久留間なら小細工はしなそうだが、ドワーフといえば技術バカというのがお約束。
性格や思想面で転生後の体から影響を受ける以上、逆刃刀みたいに真打を手元に置いているかもしれない。
そこまでいかなくてもサンジェルミ伯の精鋭みたいな、銃を持った軍団を作られたら相当面倒なことになる。
東辺境伯領とも戦う可能性が高い以上、事前に準備は必要だろう。
(戦いそのものは、それまで積み上げたことの帰結、か。ノブノブはいいこと言うなぁ)
とはいえ、またホープに頼るかと思うと少し憂うつではある。
可愛いし、反応もいいが、空っぽになるまで搾り取られるのは勘弁してほしい。
『はぁ』
ひとつため息をついてから気を取り直す。
そして、そこにまだいることを思い出したように見下ろす。
雅人の視線を感じた丹下は、また挙動不審なほどオドオドしはじめる。
(よく考えたら……俺がこうなってた可能性もあるんだよな)
丹下だって、あのクラスの連中には思うところはあったはずだ。
だが、同じような境遇の二人をわけたものはなんだろう。




