第22話 ゲン=アルパ 1
「うぅぅ。やっぱり、塚田くんの誘いになんか、乗るんじゃなかった……」
アルパ商会会頭であるゲン=アルパは、目の前に積み重なった請求書に、頭を抱えたくなった。
前世でのクラスメイト、塚田克の生まれ変わりである立憲君主王国国王、フェルディナンド=フィンレック=モンセールに押し切られるようにして多額の戦争資金を融通したのだが、予想に反して「あっさりと」敗北してしまった。
実はゲンとしては、この戦争には勝てないと最初から踏んでいた。
だが立憲君主王国と軍事同盟という、北方の地域大国二カ国の上層部に食いこめるチャンスをみすみす逃す手はないと、清水の舞台から飛び降りる覚悟で融資したのだ。
そこには、負けるにしてもある程度は粘るだろうという前提となる予測があった。
戦争が長引けば、両国からの食糧や武器などの需要が急増する。
これを独占すれば、少なくとも元は取れるという判断が働いたのだが、呆気なく一戦で両国とも敗北して軍隊の体をなさなくなったおかげで、商機が予想よりも大幅に少ない。
(これじゃ、大赤字だ……いつになったら帰れるんだろう)
気ばかり焦ってしまうが、過ぎてしまったことはもう取り返しがつかない。
気持ちを切り替えて、次の儲け話を探すまではいつもどおりに節約することにした。
(しかし、神様も意地悪だよな……一億ディナールなんて、どうやって稼いだらいいのか……)
転生して以来、何度も頭を悩ませた問題に、ゲンは今日もため息をついた。
***
「か、母さん! 元気に……なったんだね……」
眼を開けた瞬間、真っ白な世界の中にいたのは病院で寝たきりになっていたはずの母親だった。
一番下の妹を産んで、しばらくの間だけ見ることができた立ち姿を見て、源太は涙を流した。
「忘れてしまったの? 私はもう……」
「う、嘘だ……そんなことない。だって、今、こうして立ってるじゃないか! 信じない。信じないぞ……」
思い出の中にしかいなかった母親の顔を見た瞬間、亡くなったことすら忘れて喜んだ気持ちが、急速に冷めていく。
信じない。
信じたくない。
だって、目の前にいてくれてるじゃないか!
「残念だけどね。キミが一番会いたい人の姿をしてるだけなんだ。ごめんよ、丹下源太くん」
母とはちがう口調でしゃべり出すと、母の姿が田舎の親せき宅にあった古いブラウン管テレビの画面のようにゆがみ、ブレて父の姿を形作る。
「ど……して……」
呆然となっていると父の顔も崩れていき、背も縮んで中学生の妹の姿になる。
「お兄ちゃん……どうして……死んじゃったの?」
「えっ?」
死んだ……僕が?
「お兄ちゃん! 死んじゃいやだよぉ!」
今度は小学生の妹の姿になって叫ぶ。
いやだ。
認めない。
僕は死んでない。
死んだりしていない。
絶対に、死んじゃいけないんだ。
母さんの……治療費を払うためにした借金を返さないといけない。
妹たちに苦労をさせないって父さんと決めたんだ。
そのために、父さんは遠いところまで行って、住みこみで働いている。
家族を、僕が守ると約束したから安心して。
僕は長男だから。
辛いことがあっても、だれにバカにされても構わない。
少しでもお金を稼ぐんだ。
そうして妹たちにいつか、お腹いっぱい食べさせてあげたい。
幸せにしてくれる結婚相手が見つかるように、僕は食べなくても妹たちに少しでもご飯を食べさせてあげる。
妹たちがガリガリだとバカにされないように。
僕が我慢すれば大丈夫だから。
家族を守るって、死んじゃった母さんに誓った。
「竈門少年みたいで、泣ける話だね」
そのためには、死んでいる場合じゃないんだ!
「少しは落ち着いた? 正直、キミのクラスメイトは全員救いようがないけど、キミだけは助けてあげたくなるよね」
「……あなた、だれですか?」
心の内に秘めた、父親にしか言ったことのない思いをぶちまけた源太は、ようやく少しだけ平静さを取り戻した。
そして家族の姿から、再び母の顔をしたなにかに問いかける。
ぬか喜びさせた挙句、僕が死んだなんて嘘をつくなんて!
許せない。
「んー。一番近い言葉は神様かな」
「だったr」
「でも、死んだ人間をよみがえらせることはできないんだけどね」
だったら、という言葉を言い切る前にかぶり気味に言われる。
神様が言うことなら本当かもしれないと、絶望に腰が抜けてしまう。
「どうして……」
「死因の話? 原因不明の爆発が教室で起こってね。それに巻きこまれちゃったんだ。可哀そうだけど」
なんだよ。
原因不明ってなんなんだよっ!
そんなの、神様ならとうぜん知ってるんだろ?
だって、神様なら僕の状況を知ってるんじゃないか?
お年玉もクリスマスプレゼントも、もらった記憶は下の妹が生まれる前までしかない。
誕生日だって、祝ってもらってない。
妹たちにはお祝いしてあげても、自分のことはいいんだと嘘をついて。
ずっと……ずっと我慢してきたんだ。
欲しかったゲームをあきらめたお金で、妹にご飯を食べさせてあげたのを見てくれてるはずじゃないか。
それなのに、どうして!
「うーん。本格的に可哀そうになってきた。だから、チャンスをあげるよ」
「……チャンス?」
体育座りのように膝を曲げ、足の間に顔を突っこんで泣き顔を見せないようにしていたら、神様がお慈悲をくれるらしい。
でも騙されない。
さっき、死んだ人間をよみがえらせることはできないって、自分で言ったじゃないか。
徳井くんのよくやる手と一緒だ。
期待させておいて、こっちが乗り気になると梯子を外す。
そうして、絶望した表情を笑われるんだ。
きっとそうにちがいない。
「そんな性悪に見える? 心外だな」
なにを言われても信じない。
絶対に、だ。
「うーん。頑固だなぁ。ヒトガミ方式でいくか」
なにを言ってるかわからないけれど、わからないからこそ無視する。
「死んだ人間をただで生き返らせることはできないんだ。だけど、キミが可哀そうだから、チャンスをあげます。信じるか信じないかはキミ次第」
信じない。
信じたりしない。
絶望を味わうのは一度で十分だ。
「妹さんたちにもう一度会いたくないのかい?」
不覚にも、びくっと反応してしまった。
「今からキミを、異世界に転生させるよ」
「……異世界?」
話が突拍子もなくて、顔をあげて聞き返す。
どうしてそんな話になったんだろう?
「そう。異世界。剣と魔法の世界。そこで、キミをある商人の跡取り息子に生まれ変わらせてあげる」
それが妹と会うこととどうつながってるんだ……?
「焦らないで。最後まで聞いてよ。ただで生き返らせるには、いろいろ問題があってね。だけど、キミの境遇は本当に可哀そうだから。キミが頑張ることを条件に、また元の地球世界に生まれ変わらせてあげようと思ってね」
それが本当なら、なんでもする。
どんな屈辱にも耐えるし、どんなにつらい目にあっても前を向いて頑張る。
「いい決意だね。そういう前向きな人、僕は……好きだよ」
好きだよというときだけ、クラスの。いや、学校のマドンナである川野さんの顔で言われて、顔が真っ赤になる。
「本気で信じ切ってくれてないのはわかってる。たしかに、妖しいよね。だから、キミに信じてもらえるよう、いいことを教えてあげる」
「……いいこと?」
怪訝な顔でオウム返しに質問すると、死んだ母さんみたいな、優しい笑顔でうなずかれた。
「そう、いいこと。キミが転生先で三歳になったとき、キミの新しいお母さんが風邪をひく。最初はただの風邪だと思って、みんなから寝てるように言われるけど、放っておくと次の日には死んでしまう。だから、なにがあっても医者に診せること。わかったね」
「な、なにを言って……」
突然の情報に、インプットが追い付かない。
新しい母親?
どういうこと?
「じゃ、そういうことでー」
わけがわからずまばたきをした瞬間、源太の意識は闇の中に堕ちていった。




