第21話 オハナシアイ
結局、軍事同盟の各領主は検地の間隔を十五年ごとに開くことと引き換えに、嫡子分割相続を受け入れた。
これで、旧軍事同盟の各領主が強大化することは防げたので、検地の問題を妥協してもお釣りがくる状態だ。
なにせ、あのフランク王国ですら分割相続のせいで三つにわかれて以後、一度も再統一されなかったのだ。
ヨーロッパという領域そのものも。
加えて、領主間の婚姻を事前届け出制にしたことも大きい。
届け出をしなければ嫡子と認められないのだから、相続に支障が出る。
問題がありそうな結婚なら、事前に差し止めればいい。
秀吉の死後。家康の婚姻政策を止められなかったことが、豊臣家の最後を早めたのは間違いない。
伊達政宗なんて、野心だけ考えれば徳川と豊臣の闘争状態を助長させて利益を得そうなモノだが、家康の姻戚になったことで大坂の陣に徳川方で兵を出している。
その経験を他山の石にしなかった結果が武家諸法度であり、徳川幕府が二百年以上命脈を保った理由の一つと言えるだろう。
目をヨーロッパに向けても、ハプスブルク家とか考えれば婚姻政策の重要性がわかるというものだ。
ドイツ皇帝とスペイン・ポルトガル王と、イタリアの名目上の王を一人で兼ねる人物が結婚だけで生まれるのだから、決してバカにできるものではない。
***
「顔をあげられよ、宰相殿」
雅人の声に反応し、呼びかけられた人物が、笑顔の貼りついた顔をあげる。
だがその前に、悔しそうに奥歯を噛みしめたのを、魔王の強化された視力は見逃していない。
「我が前に現れたヒューマンの中で、最も意外だったのが貴殿だな」
からかうように話しかける。
だが、さすがは大国、帝国の宰相まで昇りつめた人物だ。
にこやかな笑顔には一点の翳りも見せない。
「こんなところに来られるなど、列国会議諸国への裏切りではないのか?」
「これは異なことを仰いますな」
嫌味をぶつけてやると、心底心外だというように大げさな身振りで友好的な態度を見せる。
「異なこと、とは?」
「我々帝国は、列国会議の精神を保持しており、魔族……アイェウェの民と自称されているのでしたかな。あなた方と戦争を辞さない気概を保っております」
目は笑っていないとはいえ、そんな笑顔で言う話でもないだろうに。
とはいえ、そんなことを指摘しても話ははじまらない。
「敵国に乗りこんでいる自覚はあるわけだ」
「えぇ。もちろんです」
さすがの胆力と言っていいだろう。
殺されるかもしれないのに、表情からも仕草からも恐怖を読み取らせない。
「では、なぜここまで来た?」
返答次第では本当に殺すぞ、と威嚇する。
と言っても、本気で殺気をぶつければヒューマンなど心臓が止まりかねない。
手加減くらいはしてやっている。
マインのように、目の色を変えて神殿長の心臓を圧迫したりしないことで察してほしい。
「もちろん、交渉に参りました」
「ほう……なにを交渉しに参られた?」
臆面もなく、いけしゃあしゃあと言ってのける精神力に興味をそそられて、話の続きを促す。
「軍事同盟、魔導王国、西辺境伯領。貴国が手に入れた領土を返上し、元の領地に引っこんで欲しいのですよ」
「ふっ。ははは。ずいぶんと面白い冗談だな。もちろん、それに見合う対価はあるんだろうな」
それだけの価値があるモノなど、ありはしない。
たとえ何であれ……復讐相手の身柄とて、時間と労力をかければ手に入れられるだけの力が、今の雅人にはあるのだ。
今すぐ帝国が、皇太子ともう一人の身柄を差し出してきたとしても、受け入れられる条件ではない。
だが、目の前の不遜な男の回答は聞いてみたいと思う。
「ございません」
予想どおりの回答に、雅人は苦笑する。
だが、苦笑では済まさない空気を藩王たちは漂わせる。
かろうじて、リナが「バカなの」と言いかけたのをなんとかこらえたのも横目にした。
よく激昂せずに我慢したものだ。
とはいえ、カーラやマーキアの笑顔は雅人でもゾッとする。
まるで、敬愛する兄をバカにされた四葉の次期当主候補筆頭のような冷たい笑顔に、首がヒリヒリするような錯覚すら覚えた。
「対価もなしに、血を持って手に入れた領地を捨てろと? 正気か?」
小馬鹿にしたように見下す。
「血を持って手に入れたと仰いますが、貴国に重大な被害はありましたか?」
「ないな」
即答する。
三か国も滅ぼしておいてなんだが、アイェウェの民の戦死者はほとんどいない。
それくらい、一方的な戦いがこれまで繰り広げられていた。
「そもそも、勝手に攻めこんできたのはそちらです。罪を悔いて、兵を引くのが正道と考えますがな」
なるほど。
そうきたか。
「それは見解のちがいだな。我々は、ヒューマンのどこかの国から呪いによる間接的な攻撃を受けた。その犯人を捜すための示威的な行動の結果が今の状況だ」
「証拠はございますか?」
そろそろ、目の前の男の意図がわからなくなってきた。
こんな問答を繰り返したところで、こちらが兵を引いたりしないことはわかっているだろう。
ならばなぜ、こんなことをしているのだろうか。
(すべての現象には必ず理由がある、か。この男の目的はなんだ?)
実に面白いことに、帝国宰相の行動は非論理的で、目的がさっぱりわからない。
ひとつ考えられることは、アリバイ作りだ。
帝国は魔族に対して兵を引くよう要求したが、拒否された。
いまだ、帝国と西に位置する旧魔導王国領、北に位置する旧軍事同盟領の間には列国会議に呼ばれない程度の小国が群をなして残っている。
帝国がアイェウェ軍と戦争するにはその小国群を踏みつぶすか、戦場にする必要があり、他国の批難を避けられない。
だが、ヒューマン側のリーダーを自任する帝国としては、単独で戦争に踏み切った魔導王国や、連携して戦いを挑んだ軍事同盟と立憲君主王国の手前、なにか行動を起こさなければならないと考えたのかもしれない。
(まさか、レオ一世がアッティラを説得したみたいに、弁舌だけで兵を引かせられると本気で思ったわけでもあるまいし)
「東方からの呪いによって作物の生育に影響が出た。このことは、我々が開発した魔導具に記録されている。ごらんになられるか?」
大義名分をもって侵略する以上、証拠を出せと言われる事態は予測済みだ。
アイェウェの民が誇る科学者的な存在に、最優先で開発させた器具は、はっきりと呪いの兆候を記録していた。
開発を急がせた代償に、ずいぶんコッテリと搾り取られたのは別の話だ。
「それがどこまで証拠となるか。拝見したところで、仕組みがわからなければいくらでもねつ造可能ですからな」
さすがの鉄面皮を披露してくれるものだ。
雅人としては魔導王国とアールヴ、ダークエルフが犯人でなかった以上、帝国しか容疑者は残っていないと思っているのだが、当の帝国は知らぬ存ぜぬを決めこむつもりらしい。
いい度胸をしている。
まぁそれならそれで、肉体言語でオハナシアイをするだけだ。
「言いたいことはそれだけか?」
「そうですか。残念です」
これ以上の会話は不要で無駄だと言外にこめた意図は正確に伝わったらしい。
恭しく、礼を失しない程度の慇懃さを保ったまま、帝国宰相は雅人の前から辞した。
(これで、帝国は攻めてくるかどうか……勇者を送りこんでくるかもしれないな)
帝国の、そしてヒューマン側の対魔族最大の切り札を、今回の話し合い……と呼べるものかどうか疑問な会合が決裂したことで繰り出してくる可能性が高まったと判断し、雅人は諜報活動の比重を帝国と勇者の動向に振り分けることを命じた。
このあと、盟主への復讐の仕上げをノクターンの方に投稿する予定です。
朝までには書き上げる予定なので、年齢制限が問題ない方はご笑覧ください。




