第20話 盟主への復讐4
「では、今日をもって軍事同盟は解体。各領主は、各々の責任をもって内政に励み、外交と防衛については魔皇シャーン=カルダー八世に委任する。ここまでで反対の方はおられるか?」
「異議、ございません」
タックの父親であるシンコー=セナケが率先して示した同意に、集まった各領主もうなずく。
「旧軍事同盟所属領主は、互選により任期十年の代表者を選出する。代表者は、魔王の代替わりにおいて代表して契約を結ぶものとする」
「異議なし」
事前に反乱軍の投降を促す際に契約内容を伝えてあったので、スムーズに話が進む。
集まっているのは、タック=セナケ=ハオーに従ってアイェウェ軍と戦った領主たちに加え、シンコーをトップに据えて反乱を起こした領主たちも含め、生き残った軍事同盟のほぼすべての領主たちだ。
「魔王、代表者の双方とも、各領主の内政への干渉は行わない。ただし、防衛を委任する対価として各領主は十年ごとにアイェウェ本国の手配する検地を受け入れ、検地によって算出された租税を毎年貢納するものとする」
「恐れながら……検地を十年ごとというのは見直しをお願いしたいと思っております」
シンコーが代表して声をあげた。
(まぁ、そうだろうな)
もめるだろうなと思って入れこんだ条件で、予想どおり疑義が差しはさまれた。
内政不干渉とはいえ、検地をするならいろいろと内情を探られるわけで、できれば期間を長くしたいと思うだろうことは予測済みだ。
しかし魔法があるといっても、遠距離に情報を届けるシステムという点では、中世並みの技術しかない。
近距離ならともかく、長距離通信を行うだけのテレパシーを使えるような魔力の持ち主は、ヒューマンにはいないのだ。
つまりはヒューマン側は情報伝達を原始的な狼煙や、早馬に頼っている。
それに対して、情報を重視する雅人の命令によりアイェウェ側は、妖魔族を散らばらせて情報収集を行っている。
だが今は戦時中ということで納得させられていることであって、戦争終結後も今の体制を続けられるかといえば、妖魔たちにも生活はあるわけで。
あまり長期間家族と離れ離れになれば不満も溜まってこよう。
(研究開発を急がせる必要があるな……)
アイェウェの民で随一の研究者の顔を思い浮かべながら、雅人はため息をついた。
(どうしてこう、この世界の研究者ってのは変人ばかりなんだ?)
前世の科学者の偉人たちとはちがう、一風……というには変わりすぎている人物のことを思うと頭が少し痛い。
(そりゃぁ、エミルも自分以外は実験材料としか見てなかったし、セコイアも城での研究を放っぽり出して辺境まで追いかけてくるけどさー……)
もうちょっとこう……カイジンみたいに、ベスターともめてもしばらくは自制心を発揮できるような、コミュ障じゃない研究者がほしい。
(と、とりあえず目指すは、まずは主要都市間に敷設する情報伝達ケーブル的な施設だな)
なに、オルナでもできるんだ。
エジプトのピラミッド同様、公共事業として農閑期に行ってもいいかもしれない。
研究者のパーソナリティなんて、考えても無駄なことは頭から振り落として、当面の目標に一つ項目を追加した……(0.5秒)。
話が逸れたが、検地の件だ。
あまり間隔をあけると、不満を抱える領主の動向を視察する機会が少なくなるわけで、将来の反乱の芽を摘むためにもある程度の頻度は必要だろう。
それ以外にも、領主が新田開発をして私腹を肥やすのを長期間放置するのはまずい。
豊かになると、政治的な要求に手を出しはじめる可能性がある。
もしくはニンゲンの際限ない欲望のまま、ほかの領主との境界争いに回すだけの余剰ができるかもしれない。
新田開発の労に報いる程度の、多少懐に入れるくらいなら許容範囲だが、領主間で貧富の格差が広がりすぎると統治が面倒なことになりそうだ。
(分断せよ、そして統治せよが鉄則だよな……)
そう考えれば、領主は小さい範囲で満足してくれるのが最善だ。
領地の統廃合とかは阻止しなければならない。
だが、最初から要求を拒否しすぎるのも円滑な統治という意味ではマイナス要素になる。
多少のガス抜きは必要か。
「間隔は十五年。それ以上は伸ばせん。そして、期間を延長する代わりに、領地については長子相続ではなく、嫡子全員に均等に相続させること。領主およびその嫡子の婚姻には事前に届け出を行うこと。この二点を要求する」
雅人の要求に、各領主たちがざわつく。
それは内政干渉ではないかという反応が多そうだ。
「言っておくが、内政への干渉ではない。相続についての取り決めを行っておかねば、争いが起きて結局鎮圧のために兵を向けねばならなくなる。取り潰しになる領地も出よう。その方が問題とは思わんか?」
これは、あくまでもルール作りですよーとアピールしておく。
「嫡子全員に均等というのは……」
「そうすれば、子どもたち同士で殺し合いも減るだろう?」
受け入れた場合のメリットを提示する。
兄弟のだれかが全取りするから、その地位を求めて争いが起きるのであって、全員が平等ならみんなで頑張ってパイを大きくすればいい。
まぁもっとも、相続人数が減れば分け前が増えると思うヤツは現れるのだが、そういう思考回路を持つ者はどうせ、長子相続にすれば兄弟を皆殺しにしたりする。
確率論的には相続が争続になる頻度は減るだろう。
「少し考える時間が必要かな。明日まで待とう」
そう言いおいて雅人は席を立った。
***
「……魔王様。その……民衆も兵も、反乱軍もすべて受け入れてくださり、感謝いたします」
マーシュ=ロンヴァ。連座を避けさせるためにタック=セナケ=ハオーと強制的に離婚させた女性が、雅人に改めて深々と頭を下げて礼を述べる。
「気にするな。別に、魔族と恐れられているからといって、ヒューマンを喰うわけでも、殺りくを楽しむような下劣な品性も持ち合わせていないからな」
わざと殺人狂のタック=セナケ=ハオーのことを当てこするように言うと、マーシュの表情がかげった。
「離婚したんだ。元夫の罪状も気にする必要はない」
「そうは言いましても……結婚している間、夫を止められなかった罪が私にはあります」
真面目な性格のようだ。
それを利用しようか。
「なら、その罪。俺が罰してやろう」
「んーっ! んんんー!」
ベッドの上に座っていたマーシュをやさしく押し倒すと、ソファーから言葉にならない抗議のうめき声が聞こえる。
「あ、あの……魔王様……その……ひ、人前では、その……」
「気にするな」
マーシュも、殺される覚悟までしていたのだ。
助命された見返りに、身体を要求されることまでは受け入れているようだった。
だが、このシチュエーションは予想外だったのだろう。
「元夫だからといって、操を立てる必要はない。たっぷり可愛がってやるからな」
「んーっ!」
タック=セナケ=ハオーこと、岡田尚生が猿ぐつわの下から怒気をはらんだ抗議の声をしきりにあげている。
「うるさいな。そこで静かに見ていろよ。『姫にちょっと似た美人の元奥さんが、俺に組み伏せられてもだえる姿を』な」
復讐のため、なにをするか日本語で岡田に告げる。
とはいえ、見せつけるつもりでぐるぐる巻きに拘束し、声も出せないようにしているのだが、後ろでんーっ、んーっと言われ続けるのは、なえる。
サイレントの魔法で声を遮断すると、雅人は組み伏せたマーシュを上から見下ろした。
(結構ありそうだな)
罪人が着る服で現れた時から思っていたが、今もあお向けになっているのに胸が服を内側から盛り上げている。
「あんな奴より、俺に惚れさせてやるからな」
殺意が目いっぱいこもった視線を左半身に受けながら、雅人はマーシュの胸のふくらみに服の上から触れた。
このあと何があったかは、数日後にノクターンの方に書きます。
年齢的に問題ない方は、お待ちください。




