第15話 タック=セナケ=ハオー 2
後半、残虐なシーンがありますのでご注意ください。
「おら、続けっ! 押しつぶせ」
タックが戦場で先頭を駆けると、兵たちが必死についてきた。
だが突出した武力を誇るタックの横を走れる者などだれもいない。
仕方なく兵が追い付いてくる間に、数人を剛力で斬り伏せる。
「新しい盟主に逆らうやつらを、皆殺しにしろっ」
対外的に重要ないくつかの戦争に立てないほど病が進行したエドモンドを見限り、タックの父親が反乱を起こした。
人質としてエドモンドに預けられていたタックは、殺されそうになったところを内通者が用意していた剣で切り抜け、逆にエドモンド暗殺に成功した。
(なんていうんだっけか。下剋上? まぁなんでもいい。これでいくらでも人を殺せる)
主君であるエドモンドを殺害したタックに対する非難が高まり、同盟は病弱でも聡明で果断だったエドモンドの仇討ちを狙う派閥と、新盟主になることを一方的に宣言したセナケ家を支持する派閥にわかれた内乱状態に陥った。
当初は大義名分を有する反セナケ家の派閥が優勢であった。
息子であるタック=セナケの武名は多くの者が知っていたが、しょせんは匹夫の勇。
反対派の勝利が予想されていた。
だがその展開は、タックにとっては待ちに待ったものだった。
戦場では先陣として駆け回り、率先して敵を切り崩しては一つずつつぶしていく。
攻められる前に降伏した者は父親に言われて仕方なく投降を許したが、反抗する者たちには過酷な運命が待っていた。
最大の悲劇として同盟内を、話を伝え聞いた隣国すらも震え上がらせた惨劇も起きた。
エドモンドの武断政治からも距離を置きながら、セナケ家の呼び出しにも応じなかった交易派と呼ばれたある領地のことである。
盟主の再三の呼び出しに応じないことに腹を立てたタックが独断で兵を動かし、急襲した。
傭兵を十分に用意する前に攻められたため領都は大混乱に陥り、組織だった抵抗もできなかったため、一方的な虐殺が行われた。
戦後、領都の広場は一時的に領民の死骸で埋め尽くされたという記録が残っている。
そして、領主の館で半身を血で真っ赤に染めながら、勝利に高笑いしていたタックの姿も目撃されたという。
容赦ない、無慈悲な処置に恐怖した多くの敵が戦後、こぞってセナケ家に膝を屈したという戦略的な意義はあったものの、タックは魔導王国国王・暴君オーガ=ヴァーク=アデシュと並んで誰からも恐れられる将として悪名をとどろかせたのだった。
だが、そんなタックが一度だけ敵の助命を受け入れたことがあった。
反対派の将軍として活躍したロンヴァ家と激しい抗争を繰り広げた後のこと。
セナケ家の……というより、タックの恐ろしさに抵抗をやめられない最後に残った者たちの希望が、ロンヴァ家だった。
だがロンヴァ領まで攻めこまれ、激戦の末にロンヴァ将軍が重傷を負って起き上がれなくなってしまった。
タックは降伏勧告を出すような慈悲がないことは広く知られており、生き残った者たちは眠れない夜を過ごした。
(さぁて。今日は何人殺せるかな)
そして翌朝、タックが意気揚々と進軍を命じる直前。
敵陣営から一人の少女がタックの元を訪れた。
「タック=セナケ様。マーシュ=ロンヴァと申します。父の名代として、この細首を差し上げます。どうかこの身に免じて、領民、兵士、すべての者たちの命をお救いください」
これまで、同じような提案は何度もされた。
美しい女であれば、だれか一人だけ命を救ってやり、奴隷として使ってやることもあった。
だが、人殺しに酔うタックの心を動かし、大量虐殺を止められた者はだれもいない。
しかし、この時はちがった。
(姫……じゃないが、似ている……)
マーシュは、タックが前世で想いを寄せていた少女によく似ていた。
(ほしい。この女が欲しい)
有り体にいえば一目ぼれなのだが、そんな弱い心の動きをタックは認められなかった。
「ロンヴァ家を滅ぼせば……我がセナケ家の敵はいなくなる。だから兵士は全員殺す。その代わり、お前とロンヴァ将軍の命は助けてやろう」
父親を助ければ、少女の印象もよくなるだろうという打算で発した言葉は、マーシュによって拒否された。
「兵士もお救いください。そのためなら……父……を、こ、ろしても、……構い、ません。私も、父に殉じます」
恐怖と、父の命を犠牲にすることに声を震わせながら、マーシュはタックの申し出をはっきりと断った。
タックは焦った。
マーシュに死なれては、何のために妥協したのかわからなくなる。
結局、タックはマーシュの懇願を受け入れ、領民や兵士。そしてロンヴァ将軍も助命してやった。
その代わり、ロンヴァ将軍はセナケ家の食客として軟禁し、人質としてマーシュをタックの妻にした。
ロンヴァ家を失った反乱軍はもろく、すぐに降伏した。
こうして、軍事同盟はセナケ家の元で再び一つになった。
以前よりも強固な結びつきで。
以前とはちがう、恐怖に支配されたまま。
しかし、同盟のほころびはロンヴァ家を降伏させた半年後には早くも明らかになった。
反対派を滅ぼし、国内に競争相手がいなくなったタックの父親が、酒と女に溺れだしたのだ。
それまでは質実剛健、引き締まった肉体であったのに、わずか半年の不摂生でぜい肉にまみれた父親を、タックは軽蔑してはばからない。
(なんだ、あのブタは……それにこのままだと、あの弱っちい兄貴の下にずっといることになる……そんなのはごめんだぜ)
実質ナンバーツーの昏い情念は、側近たちにすぐに知られることになる。
だが彼らは主君をいさめるどころか、あおった。
そしてタックは決断し、反乱を起こした。
再び同盟は戦乱に巻きこまれるかと思ったが、軍事では第一人者と目され、残虐さで知られるタックに戦いを挑む者など現れない。
不完全燃焼ながら、タックは殺すのは忍びないと父親を追放処分にした。
だが競争相手への慈悲は側近たちに止められ、大手を振って兄は殺害。
加えて、酒色におぼれた盟主を操るようにして私腹を肥やしていた父の側近たちは、全員粛清してやった。
(あぁ、たまんねぇな、この感触)
自ら罪人を処罰するという名目で、父の側近たちの首をはねたタックは、人殺しの快感に酔ったのだった。
さらなる戦い……というより殺人の名目を求めるタックは、兄の妻が避難した実家や、父の側近たちの領土に問答無用で攻めこんだ。
抵抗した者たちは予想されたとおり、徹底的に虐殺され、略奪を受け、女性は強姦された上に殺されたり、奴隷として連れ去られたり、売られた。
(あぁ、最高だ。これぞ、人生最大の楽しみ。敵を殺し、敵から財宝を奪い、敵の目の前で息子をなぶり殺しにし、その妻と娘を凌辱して殺してやる。これより楽しいことはねぇなぁ)
とうぜん、そんな悲劇を避けようと降伏する者が現れた。
だが、タックは容赦しなかった。
反乱の芽を摘んでおく……というのは政治的な名目でしかなく、ただただ、自身が虐殺する快感を得る機会を失いたくないだけだった。
降伏を認めず、敵は領民に至るまで不穏分子として処分した。
身重の兄嫁をかくまったシュバルツ家も滅ぼし、兄嫁を自らの前に引きずり出すと、腹を裂いて胎児を取り出して捨てた。
タックにとっては、まだ見ぬマーシュとの我が子の潜在的な競争相手を排除したに過ぎない行為だが、自身の側近たちに至るまですべての軍事同盟領内の人々を震え上がらせた蛮行を平然と行うのが、タック=セナケという男であった。
この後、タックは側近たちに政治を任せながら鍛錬は欠かさず、軍隊も鍛え上げて周辺国との抗争に明け暮れた。
言葉の響きがかっこよくて『覇王』を名乗るも、言語体系がちがうため理解されず。
とはいえタックの求めを却下する度胸のある者などいようはずもないため、タック=セナケ=ハオーと呼ばれることとなり、タックはハオー朝の初代盟主として周辺国にも知られるようになったのだった。




