第14話 タック=セナケ=ハオー 1
遅くなりまして申し訳ありません。
「っ痛……ここ、どこだ?」
タックが目覚めると、あたりにはだれもいなかった。
「夢……か?」
だが、その希望的観測が間違っている証拠として、周囲の木が燃え尽きて炭化していたり、死体などはなくても空気から血の匂いがしたりする。
「帰ら……なくては……」
盟主として自分がなすべきことを思い出し、タックは疲れ切った体にむち打って歩きだした。
***
(くそ……眠い……)
半日ほど歩き続けたところで空腹と疲労がピークに達し、タックはずるずると木の幹に背中を沿わせてしゃがみこんだ。
まぶたが異様に重い。
(前世で初めて砲丸を持った時よりも重く感じるくらい……だ……)
タックは夢の世界へと落ちていった。
***
「すごいね。初めて持ったけど、砲丸って重いんだ」
とつぜん目の前に現れた存在の一言で、尚生は目が覚めた。
(えっ? 何が……どうなって?)
さっきまで教室にいたはず。
それが今は上下左右もわからない真っ白な空間に一人。
いや。目の前には、県大会で記録を競い合う他校のライバルがいる。
だが、そいつが自分の知っている人間ではないことは、先ほどのセリフで否応なく理解させられた。
「お前だれだ?」
問いかけると、目の前の男はにやりと笑った。
ついさっきまでのことを思い出す。
教室のほぼ中心で姫のご機嫌を取っていた岡田尚生は、目の前で空間が爆発的にふくれ上がるのを感じた。
実は、親友の重田武司が想いを寄せる姫こと川野和花のことを岡田も憎からず思っていたのだが、親友に気兼ねしてその日までは盛り上げ役に徹するだけだった。
バカ話で尚生がボケると、姫がクスリと笑ってくれる。
そこにすかさず武司がツッコミを入れ、さらに姫が口に手を当ててコロコロと笑う。
その瞬間がなによりも幸せだった。
ずっとこんな時間が続けばいいのにと、毎日思っていた。
だが、異常事態がその夢を打ち砕こうとしていた。
尚生が本能的に危険を察知した異変に、武司も姫も気づいていない。
「逃げろ」と声をかけようとすると、言葉がのどに引っかかったように声が出ない。
その次の瞬間、限界に達した空間が破裂したのを感じた。
そこで尚生の意識は途絶えた。
「さっきの爆発……なんだったんだ……?」
「ん? 原因不明の爆発だよ。教室にガスでもたまってたんじゃないかな。危ないねぇ」
目の前の男がなぜか楽しそうに合の手を入れる。
「ガス……のニオイはしなかった。そんな物理現象じゃなくて、もっとこう……妖しい感じがした……」
尚生がつぶやくと、男はにやりと目を細めて見つめてくる。
「まぁ、考えても仕方ないよ。キミ、死んじゃったんだから」
「……は?」
意味がわからない。
じゃぁ、今ここにいる俺はだれだ?
「魂ってヤツかな。今のままじゃ死んでも死にきれないと思って、別の世界に転生……生まれ変わらせてあげようと思ってね」
「そ、そうか……ずいぶんと親切なんだな……」
相手がだれだかわからないのは不気味だが、死んでお終いでないというのなら、話を聞いてもいいだろう。
「素直なんだね。他とは大違い」
「? なんのことだ?」
ボソッとつぶやいた言葉の意味がわからずに問いかけるが、笑って教えてもらえない。
「そ、そうだ。姫は……それから重田はどうなった?」
自分のすぐそばにいた想い人と親友のことを思い出し、慌てて身を乗り出すようにして問いただす。
「……残念だけど……」
「くそっ! なんで、爆発なんか……」
だれかの仕業だったら、絶対に許さない。
自分が死んでしまっているなら、呪い殺してやる!
「たぶん、キミたちを恨んでる人の仕業じゃないかな。たとえば……さっき、足蹴にしてたカレとか?」
「……石村……あの、卑屈なカエル野郎かっ!」
怒りにまなじりをあげたのを見て目の前の男がにやりと笑ったのを、尚生は気づかない。
「君のその想いに免じて、姫さんとお友達もどこかの世界に生き返らせてあげるよ」
どうやら、一緒の世界には生まれ変わらせてもらえないらしいが、あんな理不尽なことで死んでしまうのではなく、どこかで幸せに生きていてくれるならそれでいいかと納得した。
「……あぁ、ずいぶん恨みが強いんだね」
「? なんの話だ?」
だれかに恨まれている覚えなんて……ヒクガエルくらいしか思いつかない。
それだって百パーセント逆恨みだ。
尚生は友達もいない、目つきが気持ち悪くて女子からクレームがついているクラスメイトを更生させてやるために、少し手荒な手段を用いていただけなのだから。
「いや、そのヒクガエル? くんの話。キミがこれから生まれ変わろうとしている世界に、悪い神の力を借りて生まれ変わろうとしてるみたい。いい機会だから、返り討ちにしてやってよ」
「あんの野郎……っ! これまでさんざん親切にしてやったのに、ふざけやがってっ!」
あまりにムカついて、足で地面を蹴るしぐさをする。
ただ、自分が立っている感触もなければ、蹴った感覚もないので少し不完全燃焼だ。
「そういえば、あんた、神様なんだ?」
「あぁ、ごめん。言ってなかったね。爆発をなかったことにはできないけど、キミとキミの大事な人を転生させてあげるくらいの力はもった神です」
言われてみれば、なんか体が光っていて神々しい感じがする。
「悪い神のやることには少し困ってるんだ。どうか、その、ヒクガエルを殺して、悪神のたくらみを粉砕しちゃってくれるかな?」
「あぁ、いいぜぇ。今度は優しくなんてしてやらない。みじめにぶっ殺してやるっ!」
「頼んだよ」
そう神の声が聞こえた後、尚生は意識を失った。
***
眼を開けると、尚生は自分が赤ん坊になっていたのに気づいた。
周囲が何を言っているのか、最初はわからなかったが、赤ん坊の柔らかい頭のおかげで段々と異世界の言葉がわかるようになってきた。
三歳になって、だいぶ情報が集まってきたので一度整理してみる。
尚生が転生したのは戦争を目的に寄り集まった国の、王様みたいな存在を支える家臣の、さらに次男だった。
ずいぶんハンデがある。
だが、やらなければいけないことは明確だ。
神に頼まれたとおり、この世界のどこかにいるヒクガエルを見つけ出し、ぶち殺してやること。
シンプルでいい。
五歳ごろになると、世間のこともずいぶんわかるようになってきた。
父親は野心にあふれたギラギラした男だが、兄は病弱で心もとない感じだ。
だからだろうか。
父は兄よりも尚生……タックという名を与えられていた自分にずいぶん期待しているように見える。
だが、主君であるエドモンドは逆に兄に期待している風だった。
エドモンド自身も覇気はあれど、体は強くないのでシンパシーでも感じているのだろう。
(弱い者どうし、傷でも舐め合ってな)
タックは父の期待に応えるべく、ひたすら鍛錬に勤しんだ。
初めて戦場に立ったのは、十歳の誕生日だった。
敵は国内の貴族で、エドモンドに反抗した者らしい。
らしいというのは、タックにとっては理由などどうでも良かったからだ。
初めての戦争。
初めての戦場。
そして、初めての殺人。
だが、タックの心には忌避感がなかった。
なぜならここは異世界だから。
むしろ肉を斬った感触と、吹き出した血の匂いにウットリしてしまったほど。
こうして、稀代の殺りく者が生まれたのだった。




