第11話 連合軍侵攻2
「立憲君主王国軍は勝てると思うか?」
軍事同盟の盟主、タック=セナケ=ハオーが側近に問いかける。
「無理でしょうな。立憲君主王国は昔から戦争が下手ですから」
白くなったあごひげを撫でながら、タックが幼いころから付き従ってきた男がバッサリと切り捨てた。
「それなのに味方にした……有害な味方は、無益な敵よりもやっかいだぞ」
「しょせんは陽動ですからな」
タックの言葉に、側近が笑いながら答えると、主従そろって含み笑いになった。
「ドワーフどもの準備はできたか?」
ひとしきり笑ったあと、タックが真面目な顔で確認する。
その顔に気負いはない。
「すべて準備整っております」
「そうか」
小さくつぶやくと、タックは立ち上がった。
地球の尺度でいえば、身長は二メートルを超えているだろうか。
さらに、全身がよく鍛えた筋肉でおおわれており、二の腕など女性の柳腰ほどの太さがある。
そんなタックが立ち上がると、だれもが威圧感に押されたように息をつまらせるのはいつものことだ。
「行くぞ。暴君オーガ=ヴァーク=アデシュではなく、この猛将タック=セナケ=ハオーこそが四天王にふさわしいということを、世に知らしめてやる!」
「おぉっ!」
タックの言葉に、彼が率いる勇将たちが雄叫びをあげた。
軍事同盟は先に触れたとおり、強大な他国に対抗するために生まれた国家である。
歴史的に、盟主は諸侯の中の第一人者として軍事指導者を兼ねるが、内政は各地域の領主である諸侯がそれぞれ担っている。
国として共通の法律すらない。
だが、タックが盟主になってそのバランスは崩れていた。
タックの先々代の王は、意欲があった。
だが、病弱でいつも青白い顔をしている男だった。
隣国の立憲君主王国で下剋上を果たした、フェルディナンド=フィンレック=モンセールの運が開ける手助けをしたあのエドモンド=ウィルモアである。
意欲もあり、能力も知性もあって、盟主の権力を少しずつ広げていった、後世に名君として名を残せる資格のある人物であった。
だが体が弱く、いくどか重要な戦場に立つこともできなかったことで、諸侯から離反された。
その隙をついてエドモンドを暗殺したのが、タックの父だ。
しかし、タックの父は盟主になると途端に酒色におぼれた。
それでも戦場では無類の強さを誇るタックの支持がある間は盟主でいられたのだが、息子の我慢は十年も持たなかった。
使い物にならない父親を追放し、自ら盟主の座に就いたタックは、側近の助けを得ていくつかの有力諸侯を滅ぼした。
そうして諸侯の第一人者から、明確な主従関係のある、タックの感覚では「普通の」国家に、軍事同盟を作り替えていった。
それだけの強さを持てば、他領の内政にも干渉できる。
伝統を盾に反抗すれば、武力に訴えて権力を増大させた。
軍事同盟という名にふさわしく、準戦時体制を維持し、農繁期を除けばいつでも兵を動かす国民皆兵制を強要した。
かつてなら夢と笑われた、魔導王国との領土争いに勝ったこともあるほど、同盟を強化したタックは自信を深めた。
だが、急進的な改革はひずみを生む。
かつて、モンセール卿など経済に明るい諸侯が享受した経済的な繁栄は夢と消え、国民は貧しいままに留め置かれた。
その不満の矛先を、さすがに反らす必要性を感じていたところに魔族が現れたのだ。
これを逃す手はないと、タックは全国に動員を命じた。
オーガ=ヴァーク=アデシュとは性格的に相容れず、同盟など夢にも思わなかったが、立憲君主王国のフェルディナンド=フィンレック=モンセールは軍事同盟でも英雄として名高く、手を結ぶには都合のいい相手だった。
そして、英雄と見られているという邪魔な男でもあった。
捨て駒にするには都合がよすぎるほど。
(俺は親父とはちがう……魔族に勝って、史上最高の盟主となるっ)
本当の英雄はフェルディナンドでも、みじめに敗北したオーガでもない。
自分だという気概を胸に、タックは進軍する道の先にいるであろう、魔族をにらみつけた。
***
「どうやら、我々の目論見どおり、大軍に恐れをなして逃げ出したようですな」
公称三十万、実数で十二万の軍が旧魔導王国領に向かって進んでいる。
東辺境伯からドワーフを傭兵に借り受けた軍は、先頭付近を馬で進むタックの目にも頼もしく見える。
「この分だと、魔導王国の軍が一戦で潰滅したっていう噂はやっぱり嘘だったようだな」
大軍で押し寄せたことで、戦わずして逃げ出した魔族軍を侮る言葉がタックと側近の間で交わされる。
それを聞いた周囲の兵たちも、ダイロトの勝利に至る英雄譚でうたわれた恐ろしい魔族というイメージが薄れていくのを感じた。
***
旧魔導王国領と軍事同盟領の国境付近で待ち構えるアイェウェ軍に、軍事同盟軍が近づいてきた。
「ふん。オーガの軍より少ないのね。バカなの?」
敵軍を視認したリナが、今日も安定の口の悪さを発揮している。
「ねぇ、マサトー様。やっぱり私にやらせて? バカを皆殺しにしてあげるから」
振り返ったリナがそう求めてくるが、そうそう敵兵を根切りになんてするわけにはいかない。
美人のエルフを城に捕まえて、民族浄化をはかっていた卑劣な奴らじゃないのだ。
首おいてけっなんて言うつもりは断じてない。
「ダメだ。作戦どおり足止めして、弱い魔法で攻撃すればいい。一般の兵士は敗走させれば十分だから、盟主とその周りのやつらだけ逃がさないようにな」
リナの要求を却下すると、それ以上はなにも言ってこない。
完全にダメもとで言ってみただけのようだ。
マーキアと張り合うのはやめてほしい。
「マサトー様ー、先頭集団だけでも殲滅しなくていいんですかー?」
ちょっとマーキアさん。
君までリナに感化されて過激にならなくていいからね。
「そうそう簡単に大技を見せる必要はない。リナも覚えておけ」
「はーい」
「はいー」
諭すように言うと、納得した……というか、機嫌を直して二人とも引き下がった。
どうやら、優等生の妹みたいに甘えたかっただけのようだ。
(まったく……切り札をそう簡単に見せられるかっての。見せるなら奥の手を用意しないといけないんだからな。そこらへん、わかってるか?)
伝説の極悪盗賊な妖狐のアドバイスを、心の中で独り言ちる。
そんな予定調和な漫才をしているうちに、軍事同盟の兵たちが表情までわかる距離まで近づいてきていた。
もっとも、チートな肉体的能力を持っている魔王シャーンの体は視力もいいので、百メートルは離れたところにある直径五センチの丸のどこが欠けているかわかるレベルなのだが。
蜘蛛が視覚強化スキルをカンストさせて手に入れた望遠がさらにカンストしたくらいの性能である。
「全軍ー! 敵は魔族だが、恐れるに足らず! 我に続けっ、突撃ーっ!」
軍事同盟の盟主の叫び声が風に乗って届く。
(そこはやっぱり、「ヤシャスィーン」とか言ってほしいよな……)
そんな愚にもつかないことを思っていると、盟主に率いられた大軍が勢いよく押し寄せてくる。
先頭の騎兵隊が迫ってくるプレッシャーをヒシヒシと感じるが、雅人以下の主従はなんの動きも見せない。
それで勝利を確信したのだろう。
軍事同盟の兵たちは、雄叫びをあげながらなお速度を上げて突撃し……罠にはまった。
「な、なんだっ! くそっ! 動けんっ!」
マーキアの魔法によってカラカラに乾いていた地面が泥濘と化し、ズブズブと沈みこんでしまった騎兵の機動力を奪う。
そのまま、後ろについてきていた歩兵も含め、敵軍すべてを飲みこむほど巨大な泥沼が数秒で完成した。
(ルーデウスもびっくりだろうな)
これで「泥沼」という二つ名を持っていないのだから、藩王の恐ろしさが少しはわかってもらえるだろうか……。




