第8話 フェルディナンド=フィンレック=モンセール4
「フェルディナンド=フィンレック=モンセール。立憲君主王国の代表として尽力し、軍事同盟盟主、エドモンド=ウィルモア殿の感状とともに帰参したこと。隣国との友好関係を深めた功績を認め、将軍に任ずる」
「はっ。有り難き幸せ。これからも国のため、微力ながら全身全霊をもって務めることを誓います」
手柄を立てるたび、あり得ないスピードで出世していく自分に思わず笑ってしまうほどだ。
魔獣討伐をした立憲君主王国の英雄は、今度は隣国の反乱を防いだ救国の志士と呼ばれているらしい。
おかげで大隊長から軍団長、副将軍をすっ飛ばして、国に三人しかいない将軍になることができたのだ。
これで、軍事的には最高の地位を占めたことになる。
フェルディナンドの年齢を考えれば、異例中の異例。
だが、二王国の英雄という二つ名まで持つ男に逆らう愚か者は、軍内部にはいなかった。
(でも、まだまだこれからだぜ)
フェルディナンドが求める地位には、まだ届かない。
政治がわかることで軍の中では出世ができたし、隣国の盟主との個人的な関係も有利に働く。
モンセールが溜めこんだ莫大な遺産も手にしているので、いろいろとやりやすくはあるだろうが、軍の中で終わるつもりなど毛頭ない。
面倒でも、これからは貴族とも付き合っていかなければ、先の展望が開けなくなってしまうだろう。
だが、やりきる自信も、成し遂げられる確信もある。
先任の将軍たちとにこやかに握手しながら、フェルディナンドはいっそう強く、野心の炎を燃やした。
***
(将軍になってから十年……長かったな)
とんとん拍子に昇進したフェルディナンドだったが、最後の一枠に到達するにはさすがに時間がかかってしまった。
だが、もう雌伏の時は終わりだ。
十年の間に、フェルディナンドの置かれた状況はかなり様変わりした。
まず、三人いる将軍の一人から、一人しかいない大将軍に昇り詰めた。
これで、軍隊組織の最高権力者となった経歴を得たことになる。
そして、フェルディナンドの財産の一つである軍事同盟との関係は、危機的状況を乗り越えた。
危機の内容は、個人的な友誼を結んだと見られていた軍事同盟盟主のエドモンドが、病弱で戦争の指揮を満足にできないことを理由に家宰によって暗殺され、反乱を起こした家宰が新しい盟主になったことである。
エドモンドの死後、混乱する軍事同盟に対し、元救国の志士として軍を率いて進攻。
旧モンセール領を占領した。
すでにエドモンドとフェルディナンドの予想どおり、帝国と軍事同盟の間にあった小国群はすべて消滅しており、混乱が長引けば帝国の介入を招くことを危惧した同盟側は、モンセール領の割譲を条件に講和を提案してきた。
王から全権を委任されていたフェルディナンドは、これ以上欲張るのは得策ではないと判断。
新しい盟主から、正式に救国の志士という称号を与えられることを追加条件として講和を締結した。
以後、フェルディナンドは、フェルディナンド=フィンレック=モンセールと名乗ることになる。
そしてこの講和によって同盟は、辛くも帝国から介入される前に国内の動揺を抑えることができた。
フェルディナンドは名実ともに軍事同盟の友人の地位を獲得し、立憲君主王国内での政治的発言権も増すことに成功するなど、双方に利のある盟約となった。
そして、この功績で大将軍になったというのが事情である。
政治・軍事に多大な影響力をもつフェルディナンドには、多くの有象無象が近寄ってきたが、敵も多くなった。
だが、人事権をもつ大将軍として反対派は左遷、弾圧することで軍の上層部は完全に掌握。
将軍はもちろん、副将軍や軍団長にいたるまで自分の派閥で固めることに成功した。
そこまでやって、フェルディナンドは軍を退役することにしたのだった。
***
大将軍の辞任は、決して余生を愉しむためではない。
元々、大将軍に昇進したこと自体、神が約束した国王になるための通過点としか思っていないのだ。
だから、事前に着々と準備は進めていた。
大将軍として、あるいは自分自身の名前で、首都の市民たちにはなにかあるたびに金をばらまいた。
これには、民主主義国家で産まれ育った前世の知識が役に立っていた。
選挙権は得られる前に死んでしまっていても、学校の授業で制度について学び、この世界の者たちとは比較にならない知識をもっている。
そして、選挙民の買収が悪いことと考えられていない点をたくみに突いた。
選挙権をもつ地方領主にも、付け届けを忘れない。
これで負けたら相当の不人気者だが、幸い、フェルディナンドには英雄という評価がついているので、心配することなどないと断言できる状況で選挙を戦った。
そして事前予想どおり負けるはずのない戦いを、予想を上回る圧勝で締めくくったのだった。
選挙に強い人気者に取り巻きが形成されるのは、古今東西共通して見られる現象である。
この取り巻きを別名、派閥と呼ぶ。
そして議員だけでなく首相も直接選挙で選ぶ体制だからか、今でだれも考えつかなかったことを実行した。
派閥を正式な組織に格上げして政党を結成し、党首に就任したのだ。
当初は政党というよくわからないものを作ったところで、首相が選挙民の投票で選ばれるのだから意味がないと思われたようだが、フェルディナンドはその有用性を理解している。
そもそも、その理論が正しいなら、大統領の(一部実質的な)直接選挙を採用しているアメリカやフランス、ロシアや韓国などで政党が不要となるはずだが、そんなことはもちろんない。
そして、党所属議員の数の力で首相の政策の成立を左右する、キャスティングボートを握った。
それを見た他の議員たちが慌てて政党を作ってみたところで結局は猿真似であり、首相の去就すらフェルディナンドの意向によって決められるまで、影響力を行使したのだった。
その後、任期満了にともなう五年後の選挙でついに、フェルディナンドは立憲君主王国の首相にまで昇り詰めた。
だが、そこで終わりではない。
あと一つ。厚い壁の向こう側がフェルディナンド……塚田克の最終目標だ。
普通なら越えられないその壁に挑戦しようとすらしないだろう。
しかし、フェルディナンドには心の支えとなったものが二つあった。
幼いころに受けた予言である、「大人になったら王になる」ことと、「女の股から産まれた者には殺されない」こと。
そして、転生するときに神と約束した「国王にしてあげる」という言葉である。
だから、自分が王になることを微塵も疑わずにまい進することができた。
周りを気にせず、一つの目標に突き進める者は強い。
それに、フェルディナンドには確信に近い自信もあるのだ。
どんな汚い手を使おうと王になれるなら、少しでも早く夢を叶えたいと思うのはとうぜんだろう。
だから、かつての上司である大隊長や隣国のモンセール卿同様、他人の犠牲など気にせず、あらゆる手段で権力を強化していった。
その点で、首相就任後のフェルディナンドが熱中したことが二つあった。
一つは他党の弾圧である。
合法・非合法を問わず、手段すら問わずに他の党に所属する有力議員に圧力をかける。
金でなびく者は買収して引き抜くこともあるし、家族を人質にして言うことを聞かせた挙げ句、不必要になれば殺害することも辞さない。
だが、軍隊を通じて治安維持組織を掌握し、司法と行政が分離されていない異世界ではフェルディナンドをとがめる者などいるはずもなく、そもそも犯罪を実行してもメディアがない社会では疑惑すら身に迫ってはこない。
やりたい放題だ。




