第7話 フェルディナンド=フィンレック=モンセール3
「ずいぶんと、モンセール卿に気に入られているようだね」
「貴国から受けるご好意には感謝の言葉もありません」
対面に座るエドモンドからの声がけに、フェルディナンドは頭を下げて恐縮する……フリをした。
「ははっ。相変わらずだな。つくづく我が国にも、貴殿のような文武ともに優れる者がほしいと思っているんだが、なかなか人材に恵まれなくて困っているところだよ」
楽しそうに言われ、ぴくっと肩眉を跳ね上げながらも、フェルディナンドはにこやかな表情で本心を隠し続けた。
どうやらフェルディナンドの野心溢れる演技を、隣国の王は見抜いているらしい。
かと言って、フェルディナンドに自分の行動を改める気はさらさらないのだが。
(それにしても……)
笑顔を貼りつかせたまま、目線だけを動かして周囲をチラッと観察する。
入室したときから思ったが……。
「モンセール領に比べて、軍事同盟全体の盟主の館なのに貧しい。その視線はそんなところか?」
マズイ。
読まれていたようだ。
立憲君主王国内では、だれにも悟らせなかった心中を言い当てられているような居心地の悪さと、焦りが顔に出そうになるのをなんとか抑えこむ。
「これはな、あえてそうしている」
だが、エドモンドは特に気にした風もない。
むしろ、理由を解説までしてくれそうな厚遇である。
「我が軍事同盟の国の成り立ちはご存知かな」
無言でうなずいておく。
生まれ育った国だから、そのくらいはとうぜん知っている。
面倒事は御免なので、そんなことは黙っておくが。
「純粋に、軍事的なつながりでこの国は一つにまとまっている。南西のヴァーク朝の兵器は強力で、戦争になれば多くの犠牲を覚悟せざるを得ない。それよりも、なにより、南の小国群が滅ぼされるのは時間の問題。そうなれば、帝国と国を接することになる」
国を率いる盟主として、エドモンドの憂慮は深いようだ。
そして、その考えはフェルディナンドの現状認識とも合致する。
今はまだ帝国と軍事同盟の緩衝地帯の役割を果たしている小国群だが、この二十年で急速に帝国が呑みこんでおり、もう数年ですべて滅ぼされてしまうだろうとフェルディナンドは見ていた。
「だが、最近はモンセール卿のように金儲けに走る者も現れて、結束が緩んでいる。自分の血を流さず、傭兵に戦わせて自分は安全な城に篭もったまま。戦場に出る時間があったら、商人と金儲けの算段でもしていた方がいい。そんな風潮に、盟主として同調するわけにはいくまい?」
なるほど。納得だ。
中小領主が互助の精神で寄り集まった国で、経済的な格差が生まれたら国としての統一感が危うくなる。
盟主自らが率先してそんな自壊作用に手を貸すわけにはいかないということか。
「ふふふ。理解が早くて助かるな」
青白い顔をしているのに、どこか楽しそうにエドモンドは笑う。
「我は国を護らねばならない。いや、守りたいと強く願っている。それに協力してくれる者なら、たとえ他国人であっても、報いたいと思っている」
続けてこぼされた言葉に、強い衝撃が走る。
それはつまり……。
「いや、戯れ言だった。忘れてくれて”も”、いい」
わざと言葉の句切りとアクセントを強めた言葉。
フェルディナンドは、それに無言で頭を下げた。
***
エドモンドの発言を言葉どおりに近く受け取れば、軍事同盟に身を投じて協力すれば引き上げるとも取れる。
だが、彼の本当の意図はそこではないという確信がフェルディナンドにはあった。
それに、エドモンドには息子がいる。
自分が軍事同盟のトップに立つには、その点で障害が大きい。
エドモンドとて、使える駒くらいにしか思っていないフェルディナンドを、息子の競合相手にまで引き立てることはしないだろう。
(それから……俺は「国王」になると神様は言った。盟主じゃない)
努力して成り上がっていくなんてまっぴら御免だが、運が向こうから転がりこんでくる現状は棄てがたい。
あくまでも立憲君主王国の国王を目指すと、決意を固める。
(そう考えると、隣国の盟主……それも戦争に強い国のトップと繋がりがあるってのは悪い話じゃない)
むしろ、軍事同盟に身を転じて、立憲君主王国から裏切り者扱いされてコネを失うことも痛手だ。
(だとすると、どうするかだな……)
ここが滅多にしない努力のしどころと決め、フェルディナンドは物思いにふけった。
***
「こ、これは……どういうことだね。フィンレック将軍!」
頭から血を流したモンセール卿が叫ぶ。
「どういうこともなにも、モンセール卿。あなたの盟主エドモンド様への反乱の確かな証拠がここにある。他国の者とて、見過ごせなかっただけです」
密かにエドモンドが送りこんできた兵と、隣国の盟主からの正式な要請で動かした立憲君主王国の兵を率いてモンセールの屋敷を電撃的に制圧したところだ。
もちろん、証拠など適当にでっち上げたモノである。
だが、最終的な提出先はエドモンド。
事実かどうかなど、関係ない。
「は……反乱など。戦争が苦手なこのモンセールが、軍事同盟の盟主になど、なれるはずがないのは将軍も知っているだろう!」
必死になって自己弁護を繰り返すが、そんなことはもちろんわかっている。
いや。そんな言い分など無駄だということがわかっていない時点で、この男はそれまでの存在だったということだ。
「経済力を背景に傭兵を集め、盟主の座を奪おうとしたことは明白。神妙にされよ」
剣を手にしたままモンセールに近づいていく。
彼の雇った護衛たちは殺害されるか、事前に金で寝返らせるかしていて、もうだれもそばにはいない。
「証拠など、あるはずがない! 見せてくれっ」
手にした証拠をひらひらと振って誇示すると、奪おうと焦って飛びかかってくるモンセール。
それこそがフェルディナンドの狙いだった。
ズブッ!
「くっ……がはっ……ど……し……て……」
「証拠隠滅を図ろうとしても、そうはさせませんよ」
身の危険を感じ、実際に証拠を奪おうとした罪で有無を言わせず殺害した。
これで、死人に口なしがまた成立したことになる。
(ふははは。簡単だったなぁ)
初めての殺人である、隊長の口封じですら罪悪感を覚えなかった塚田克は、再び立身出世のために他人を犠牲にしても、痛痒すら覚えなかった。
「フィンレック大隊長! 反逆者の妻子を捕らえました」
「ご苦労。地下牢に繋いでおけ」
モンセールの妻は、小太りの男にはもったいない美人だった。
娘も母親の血を濃く嗣いでいるようで、美少女である。
(奴隷にして売ってもいいが、いろいろバレるとマズイからな。一生、地下牢で飼い殺しかな)
ヤバイ橋を渡っている自覚はあるので、不確定要素を増やす気はない。
帰国するときも奴隷として、しっかり連れ帰る必要があるだろう。
「フィンレック大隊長。モンセールの倉庫、すべて接収いたしました」
美しい母娘に思いを馳せていると、立憲君主王国の兵が報告してくれる。
こればかりは、エドモンドの兵士に任せるわけにはいかないため、少し相場よりも高い賃金を払って傭兵も使っている。
高い賃金を払う代わりに、略奪したことがバレたら処刑すると脅してあるので、モンセールの莫大な遺産も手に入ったことだろう。
エドモンドの兵士には介在させていないので、横からかっさらわれることもなさそうだ。
立憲君主王国の兵にも口封じを兼ね、危険手当として多めに配ってやらなければいけない。
だが、胴元として自分が一番多くを入手する。
その金を元手に立憲君主王国でもっと成り上がるのだ。
(面白くなってきたぞ……)
フェルディナンドは他人を蹴落としても、殺してもなにも感じない、異世界人の価値観に染まったことにすら無自覚に、笑みを浮かべた。




