第6話 フェルディナンド=フィンレック=モンセール2
(しかし軍事同盟っても、案外大したことないのかね)
若いころにはわからなかった、完全に名前負けしている母国の体たらくに、フェルディナンドは片方の眉を上げる。
いくら大規模な襲撃が起こったとはいえ、盗賊団相手に千人規模の大隊を動かすなんて、正気の沙汰とは思えない。
(ライオンはウサギを倒すにも全力とか、前世で聞いたけど、やりすぎだろ)
兵士をたくさん動かせばカネもかかるし、食料も無駄に消費される。
過ぎたるは及ばざるがごとしとかなんとか言うだろう。
とはいえ、そのおかげでフェルディナンドは活躍の機会に恵まれたとも言えるわけで、その点は有難い話だ。
(こっちも、同じくらいの兵を出さざるを得ないもんな)
そのあたり、他の大隊長はどうにも理解できないらしい。
軍事同盟が国境付近に兵を出すなら、自分たちはそれよりも多い兵を出して、威嚇しろと言う者もいた。
揃いもそろって脳みそまで筋肉なヤツばかり。
それも、政治を理解できるフェルディナンドに有利に働いて、目を見張るような昇進につながったようだ。
今回の件について、簡単に説明しよう。
ここに、国境を接する二つの国がある。
そのうち一方の国が、なんの通告もなく国境付近に兵を集めたら?
侵略する意図を疑われるのは、とうぜんのことだ。
少なくとも敵意ありと思われ、いつ戦争になってもおかしくない。
偶発的な紛争から、国中を巻きこむ大戦争になるなんてことは、いくらでもある。
だからこそ、軍事同盟は事前に通告してきたわけで、それすらわからない軍人とは? と思わなくもない。
通告したとしても、なにかの間違いから争いになることは十分あり得る。
とある物語りを例にすれば、食いつめた難民が領域の境まで押し寄せるからと、ディベル氏族が河の手前で陣を張れば、川向こうのアス氏族も兵を展開せざるを得ない。
(しかもあれは、事前に通告がなかったはずだ)
その結果、流れ矢が一本でも対岸に届いてしまったら、一気に戦争になってしまう。
そして最後は軍事的に、つまり戦争の強弱で話を決めることになる。
もしくは、神の前の決闘か。
シンドゥラじゃあるまいし。
というのは、その話をご存知なくとも、想像してもらえればわかることと思う。
もっとも、前世でヲタクをバカにしていた塚田克に、そんななろうな異世界ファンタジーの知識などありはしないので、ご注意いただきたい。
今のは、魔王シャーンが呼ぶところの存在Xまたは管理者D、もしくはルドラサウム兼ヒトガミのたとえ話だ。
***
結局、盗賊団については軍事同盟の兵だけでは、鎮圧することができなかった。
千人規模で兵を出しておきながら、索敵が下手すぎてアジトを見つけられず。
逆に、兵が多くて分散しているところをなんども奇襲を受け、損害が蓄積していく。
どうやら、フェルディナンドのカウンターパートである同盟側の領主、モンセール卿は、軍事的にはかなり微妙な御仁のようだ。
兵隊を多く動かせばなんとかなると思っていた節がある。
何事も、ほどほどがだいじなのだが。
反対に先の魔獣討伐で痛い目を見たフェルディナンドは、今度は慎重すぎるほど周囲を警戒させていたため盗賊たちも隙が見つけられず、ほとんど襲撃がない状態。
逆に、川向うの軍事同盟側に被害が集中するという事態になっていた。
そんな有様なので先方もどうにもならず、たまらずフェルディナンドに助けを求めてきた。
向こうは領主として、自治の権利を有しているのか領内のことにはある程度自由があるようだが、フェルディナンドが勝手に軍を他国の領土に進ませたら、それこそ外交上の大問題になる。
それもわからない相手ではどうしようかと思ったが、ある日、川沿いにいた同盟側の兵たちに盗賊団が襲い掛かる場面に遭遇。
事前に助けを求められていたことを理由に盗賊団の背後を襲い、これを壊滅させた。
協力して盗賊団を壊滅させたとなれば、多少の無理は押し通ると判断してのことだ。
そしてその勢いのまま逃げた盗賊たちを追い、アジトを見つけ出すと、一気に殲滅させたのだった。
そして今、フェルディナンド率いる立憲君主王国の大隊は、王の許しを得て軍事同盟の領内を訪問している。
理由は、彼の国で開かれた戦勝パーティに参加するためだ。
副官たちと、戦争のやり方がなっていないとこき下ろしていたカウンターパートの領主は、経済に明るい人物だったようだ。
おかげでパーティは盛大なものになっている。
豪華さという点だけで言えば、フェルディナンドが前世で出席した、小中卒業式のあとの謝恩会など足元にも及ばないような、きらびやかな宴を開いてもらっていた。
「おぉ。フィンレック将軍。此度は本当に感謝いたしますぞ」
「いえ。モンセール卿。運がよかったのですよ。それに私は将軍ではありませんよ」
褒められたからといって、有頂天になるわけにはいかない。
こんなだれが聞いているかもわからない場面で調子に乗るのはバカのやることだ。
王になる男としては、だれかに足を引っ張られるネタを提供してやるつもりはないのだ。
「いやいや。フィンレック殿の果敢な用兵は、我々軍事同盟の領主の中でも評判ですぞ」
「それは有難い評価ですね。恐縮です」
盗賊の被害にあっていた、別の領主のおべっかにそつなく返答する。
「いやぁ、お恥ずかしながら、領内を富ませることはそれなりに得意と自負しておりますが、軍事はからっきりで」
カウンターパートであるモンセールが頭をかく真似をして自身の軍事的才能の欠如を嘆いていた。
それに心の中では激しく同意しながらも、フェルディナンドはにこやかにスルーした。
「あぁ、今日の主役はこちらにいらしたか」
「これはこれは、盟主殿。わざわざのお越し、本当にありがとうございます」
宴もたけなわとなったころ、青白い顔をした男がフェルディナンドとモンセールたちのところに現れた。
「フィンレック殿。こちらは、我ら軍事同盟の盟主。エドモンド=ウィルモア様です。盟主殿、ご存知かと思いますが、こちら、フェルディナンド=フィンレック将軍です」
「お初にお目にかかります、盟主ウィルモア様。立憲君主王国の大隊長、フェルディナンド=フィンレックにございます。将軍の地位にはございませんので、過分な誉め言葉はご容赦いただきとう存じます」
「ははは。今日の主役がそんなに恐縮していては、酒も料理もまずくなるぞ。我のことはエドモンドと呼んでくれ、フェルディナンド殿」
病弱そうな青白い顔色ながら、エドモンドはなかなか豪快な人物のようだ。
そのまま知己を深めるようにエドモンドと語り合う。
その日は時間がくると、そのまま解散となった。
数日後。
フェルディナンドに仰天の命令が下った。
エドモンドとモンセールの要請により、フェルディナンドは兵百を率いて、モンセール領に駐在することとなったのである。
動かせる兵数は減ったが、これは立場の違いだろう。
なにせ扱いは完全に外交官である。
兵士は、軍事力ではなく護衛の役割と思われる。
(またまた運が回ってきたぞーっ)
幾度も戦争をした隣国との友好関係の構築に成功すれば、また一つ至尊の地位が近づくと、フェルディナンドは謹んで命令を受けたのだった。




