あるメイドの縁談の件 4
なんでそれに俺も付き合う必要があるんだ?
たしかに、シスネについてこの婚約相手を説得するのに付き合うところまでは了承したけど、それについてはもう終わっただろ。
別に付き合うのが嫌ってわけじゃないけど、そこまで俺が必要か?
「そう。ルシオンはそんな風に頼まれごとを途中で放り出すような人だったのね……」
「いや、そんなつもりはないけど……」
シスネは何故かすごく残念そうにため息をついているけど、俺に手伝えることって、これ以上何かあるか?
これからしに行くのって、クレスの父親の説得だろ?
「父は融通の利かない人間で、自分でこうと決めたことを覆すことはありません。これまでも僕のことにも色々……まあ、それは僕が自分で選んだことですから文句などはないのですが、今回のことは別です。結婚ともなれば、それは僕だけの意思で決めてよいことではありませんから。それを相手方にも強引に押し付けるのは、さすがにどうかと思います」
「それで?」
「ですから、第三者であり、シスネさんの事情も理解してくださっている、ある程度の――父が耳を傾けてくれるだろうくらいの、こういう言い方も好きではないのですが、役職についていらっしゃる方の言葉が必要なんです」
つまり、シスネに仕事を辞めて家庭に入るようにと言っていたのは、クレスの父親だってことで、そっちの方の説得をってことか。
つうか、役職って……。
「クレスは俺が何をやってるか知ってんのか?」
いや、俺だって何してんのか聞きたいくらいだけど、本当は。
暇つぶし相手って、どんな仕事だよ。
普段、ルミナリエに魔法やら何やらを教えて貰ったり、遊びの相手を務めたり、遠出の付き添いだったり、護衛だったりって説明するつもりか?
しかも、8割は遊び相手だぞ?
「いえ。そういえば、ルシオンさんはシスネさんと同じようにお城で働かれているということですけど、何をなさっているのですか? 騎士団の方……ではないんですよね?」
騎士団にも訓練に混ぜて貰ったりはしているけど。
「そうだな……俺の役職名は何になるんだ? 遊び人とかか?」
そう答えると、シスネが思わずといった様子で噴き出した。
そりゃ、自分でも遊び人ってのはどうかと思うけど、他になんて言ったらいいんだよ。暇つぶし相手だって、ほとんど同じ意味だろうが。
「そうねえ。あえて当てはめるとしたら、ルミナリエ様の付き人ってところかしら」
付き人ねえ。
クレスは、すごいです、みたいな目をしてるけど、そんな大したことはしてないんだけどな。
大したことどころか、はっきりいって、ほとんど何もしていないに等しい。
「えっ? そんなことはないですよね? お披露目のときにおふたりの姿を拝見しましたが、ルミナリエ様は随分とあなたに信頼を寄せているようにお見受けできましたけど」
首を傾げるクレスには、幻想を壊しちまうみたいで、悪いんだけど。
「いや、そんなことあるんだ、実際。俺のやることなんてほとんどなくて、ルミナリエは大抵自分で何でもできるからな。普段は着替えも自分でやるし、勉強や魔法なんかは逆に俺が教わるくらいだし、食事も俺が作ってるわけじゃなく、掃除は浄化だかなんだかの魔法でさっと済ませるし」
俺のやることといったら、精々話し相手、遊び相手になることくらいなんだよな。
「ねえ、ルシオン。今、ルミナリエ様が着替えを『普段は』御自分でなさるって聞こえたけど、ルシオンが手伝うこともあるってこと?」
「そこ反応するところか?」
何やら面白いものを発見したというような顔のシスネ。
何のことだかわかっていないように首を傾げているクレスは別に構わないとして、あのことを説明するのは非常に気まずい。
着替えっていっても、あの時だけだしな。
しかし、下手に口を開けば、冗談ではなく俺の命が危うい。それに、ルミナリエも自分のあの様子を……って、そうだ。
「そもそも、あれはお前が原因だったんだ」
思い返せば――そんなことせずとも、忘れようと思って忘れられる光景ではなかったが――あの時、俺がルミナリエの全裸を拝んでしまった……拝むことになってしまったのは、シスネがルミナリエの部屋に来たからだった。
もちろん、テンパってた俺も俺だけど、シスネが来なければ、あの状況には陥らなかったはずだ。
「私が原因って? いつの話よ」
「いや何でもない。俺の命と、ルミナリエの尊厳とかに関わるから、話せることじゃないし」
シスネは、それからクレスもだけど、かなり気になっているという雰囲気ではあったけど、さすがにルミナリエの尊厳にかかわるとまで言われると、深くは追及できないらしい。
「……ルシオン。ルミナリエ様のことを便利に使ってないでしょうね?」
シスネのジトっとした視線が痛い。
実際、ちょっと「これは使える」と思わないでもなかったので、反省する必要がある。
「――とにかく、クレスの父親をぶっ……説得するんだろ? こんなに強引に話しを進めてくる相手に、何か手はあるのか?」
クレスのこの態度を見るに、父親の家庭内での地位はかなり高そうだ。
加えて、シスネがクレスに会うのを渋っていたことを考えると、心象もかなり悪いんじゃないかと思えるが。
「別に会うのを渋っていたわけじゃないわよ。ルミナリエ様とレアード様、マリエッタ様の護衛っていう重要な任務に就いていたんだから」
こうして見合いをするのが嫌だから志願したんじゃ……とはいえ、俺の方から頼んだ身だからあんまり強くは言えないな。
「そんなこと言ってると、今度はついていかないわよ? ルミナリエ様もそっちの方が良いと思っていらっしゃるだろうし」
「いや、悪い。今度もついて来てくれ。他の人とはほとんど顔を見たこともないから、シスネが一番安心できるんだよ」
ルミナリエの予想が正しければ、最低でもあと二ヶ所、例の偽物の『聖女様』がいるって場所と、本物、と言っていいのか、『聖女』がいる場所があるはずだからな。
「そ、そう。そういうことなら、仕方ないわね」
「助かる」
正直、ルミナリエや『聖女』と(あるいはマリエッタ姫とも)同性であるシスネがついて来てくれるのは本当に助かる。
さすがに風呂場までついて行くわけにはいかないし、そこでの護衛が平時と比べて疎かになるのは避けられないからな。
「おふたりは仲がよろしいんですね」
俺たちの様子を見ていたクレスが、何気なく口にする。
本人は微笑ましいものを見るように笑っているが、仮にもクレスはシスネの婚約者候補。
実際に会ってみたらそういう感情が芽生え始めたとなってもおかしくはない。
「いや、待て、クレス。俺は別にシスネを恋だとか、愛だとかの対象に見ているわけじゃないぞ? そりゃあ、たしかに感謝はしてるし、かわいいとか、良いスタイルだとか、良い奴だとか思ってるけど――って、何言わせんだよ!」
つい叫びそうになった俺を見て、シスネがため息をつき。
「ルシオンが自分で言ったんじゃない。あーあー。ルミナリエ様がかわいそうー。あとで告げ口……は可哀そうだから、大声で噂しよ」
「同じことだよ!」
結局ルミナリエの耳に入れるんじゃねえか。
「やっぱり、仲がよろしいんですね」
多分、クレスは誤解しているとかじゃなく、友人としてと言っているんだろう。
俺は呼吸を整えると。
「そうだな。これからもよろしく頼む、シスネ」
「ええ。こっちこそね、ルシオン」
とりあえず、いまのところはこれ以上取り乱さずに済みそうだ。
いや、別に、後ろめたいこととか何もないから、取り乱すとか、そもそもないけどな。




