聖女様への想い
部屋の中央では4人の人物が料理の並べられたテーブルを囲んでいた。
鬣のような茶髪を持つ武人のような顔つきの男性、流れるような美しい金髪に緑の瞳のおっとりとした雰囲気の美人、短い黒髪に責任感の強そうな茶色い瞳の男子、そして長い金髪を左右で縛った大きな緑の瞳の女子だ。
「お食事中のところ失礼します。ここにいるルシオンが、私の暇つぶし相手になるためにわざわざ来てくれたので、念のため、紹介しておくためにこの場をお借りしました」
ルミナリエがそう話すと、4人の視線が一斉に俺の方へ向けられる。
「ルシオン。順番に、父のメンデル、母のフェリータ、ひとつ下の弟のレアード、ふたつ下の妹のマリエッタです」
それで終わりとばかりに、ルミナリエは踵を返そうとし、さすがに俺は止めに入る。
家族の前とはいえ、いや、家族の前だからこそ、もう少し話すことがあるんじゃねえのか?
「待て待て。さすがにそりゃねえだろ、ルミナリエ」
俺が振り向いてルミナリエの手首を掴むと、へえ、とか、ほう、とか、そんな呟きが背後から聞こえてきた。
「なんですか、ルシオン。他にどんな用事があると?」
ルミナリエは相も変わらず淡々とした口調で、そこには他のどんな感情も籠っていないように聞こえる。
「いや、なんつうか、せっかく家族とこうして久しぶりに顔を合わせたんだからよ」
なんか、話したい事とか、無いもんなのか?
「顔だけならば、聖女として、毎朝合わせていますよ。王族とは、いわば、この国の柱です。先に立って導く者、あるいは指し示してゆく者です。その王族に力がなければ、どうしてこの国の人を、土地を、守ってゆけるでしょうか」
いや、俺が言いたいのはそういうことじゃなくてだな。
しかし、ルミナリエはもう自分の番は終わりとばかりに、その場から立ち去るように、元来た道を戻っていってしまう。
本当に、ただ紹介のためだけに来たみたいじゃねえか。
「よいのだ、ルシオン」
俺が口を開き、遠ざかってゆくルミナリエの背中に声をかけようとしたところで、メンデル国王が厳かに告げてくる。
「『聖女』という存在は、それがたとえ誰であろうと、その重要性から秘匿されなければならない。故に『聖女』という役職名までが与えられているのだ。選ばれてしまった『聖女』は、世間から隔離され、守られねばならない。それは、私たちがどうこうということではなく、この国の民を守るために必要な措置だからだ」
聖女の存在――正確には『聖女』と呼ばれる機構が存在することにより、このヴァンブリグ魔法王国が近隣諸国で唯一、魔法という体系を持ち、他国からの侵略や、あるいは人でなくとも、獣からでも身を守ってゆくことができているのだと、メンデル国王は語る。
それは、人々の暮らしを豊かにし、多くの笑顔を生んでいる。
そんな『聖女様』を人々もまた、敬い、大切に思っていると。
「それゆえに『聖女』に選ばれてしまった多くの者がこう思うようになってしまったのだ」
慕ってくれてはいるが、必要なのは姿かたちだけ。『聖女』であること以外の自分自身を誰も見てはいないのだ、と。
「誰が『聖女』に選ばれたとしても同じような待遇になる。私達だけが、あの子を特別扱いするわけにはゆかないのだ」
誰であれ、選ばれた以上は『聖女』としてこの城のあの区画で生活することを強いられる。
ならば、国民に模範を示すべき立場の存在として、王家だからといって、むしろ余計に『聖女』に近すぎてはならないのだと。
「近すぎれば『聖女』の影響を強く受けることになる。それこそ、独裁でも可能なほどにな。それほど、魔法の力というのは偉大であり、この国で神聖視されるくらいの存在になってしまっているのだ。だから、そなたのような存在はありがたく、むしろこちらからお願いしたいくらいなのだ。本当は」
「どういうことだ……でしょうか?」
メンデル国王は「緊張せず、普段の砕けた物言いで構わない」と前置きし。
「『聖女』の影響は、この国に根付いた祝福――あるいは呪いなのかもしれぬが――だと考えられていて、この国の民以外には影響を及ぼさないのだ。正確には『聖女』自身が自分の守るべき民だと認識していない相手にはな」
これにより、他国からの間者だとか、そういった脅威からは、一応、守られているらしい。
一応、というのは、例外があるということであり、その秘匿性とも関係してくることだが、そうだと知らない相手が断片的な情報だけで謀を企てる可能性も、無いとは言えない、と考えられている。
「幸いと言ってしまってよいのか、選ばれる『聖女』は皆言葉通り聖人のような心の持ち主ばかりで、このヴァルブリグ魔法王国で魔法が途絶えたという事例は過去に観測されてはいないがな」
メンデル国王も、フェリータ王妃も、悩むように眉間にしわを寄せる。
「私たちも、あの子を、ルミナリエを、隔離したくて隔離しているわけではない。親として、家族として、当たり前に愛情を持っている。しかし、それで近くなり過ぎてしまうと、突然、今までの聖女との関係を崩したとして、不満が出て、それが悪い事態、たとえば『今代の王家は聖女が自身の娘なのを良いことに独裁に乗り出す気だ』とクーデターが起こり、最悪、国が崩壊する事態にまで発展しかねない。それほど、この国における『聖女』の影響力は強いものなのだ」
メンデル国王は随分と言葉を選びながら説明してくれたが、それでも確かに全くないと言い切れない以上、国を治める立場にあるものとして、守るべき線なのかもしれねえ。
「其方には、言葉では尽くせないほど、感謝している。どうか、あの子の支えになってやって欲しい。私達に相談してくれれば、できる限りの助力は惜しまない」
俺は、自分が魔法と呼ばれる力を使えてしまったことを黙っていたままだった。
「ルシオンさん。国王であり、王妃であるという立場を変えることはできない私達には、言葉をあの子に届ける術がないかもしれません。けれど、ルミナリエが自分で選んだというのなら、あなたになら、言葉を届けられるかもしれません」
フェリータ王妃が、俺の傍まで歩み寄ってきて、強く手を握り締め。
「姉上は、立派な方だ。自分の意志ではなく、ただ突然選ばれてしまったにもかかわらず、不満も漏らすことなく、役目を全うされている。私は強く尊敬しているし、姉上が『聖女』であろうとなかろうと、大切で、だ、大好きな、家族であると、真摯に想いを伝えたい」
「あら、お兄様ったら。お姉様に告白するみたい」
「茶化すんじゃない、マリエッタ」
レアード王子は窘めるように睨むが、マリエッタ王女はどこ吹く風で笑っている。
「私も、お姉様のことは大好きよ。お姉様は私が会った中でも一番美人だし、頭も良くて、魔法も『聖女様』なんて呼ばれるようになる前からお得意だったし。たまに何を考えているのか理解できなくてちょっと怖くも感じたりするけれど、そういうところも含めて、私はお姉様を愛しているもの」
だからこれも伝えておいてね、とマリエッタ王女が膝をかがめた俺の頬に唇を触れさせる。
「頼んだわよ、ルシオン」
もちろん、気持ちを伝えはするが、最後のやつはどうやって伝えたらいいんだ。
ルミナリエの部屋に着くまで、考える時間は随分とありそうだったが、その答えを見つけられる自信は全く無かった。
まあ、こういうことは考えてもしょうがねえ。
ありのまま、俺の言葉を、それから、託された想いを伝えるだけだ。まあ、あいつ――ルミナリエには、そのまま自分たちで伝えても、十分に伝わるんじゃねえかと思うけどな。
「ルミナリエ。俺だ。入るぞ」
俺は頬を叩いて気合を入れてから、扉を開く。