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聖女様と着替えの問題

 ルミナリエの着替えはこの部屋にあるだろうから問題ないとしても、俺の着替えなんかはどうしたらいいんだ?

 着の身着のままこのヴァンブリグ王国に放り込まれたんだから、俺がこの世界で持ち物といえるものは、ポケットに入っていたスマホに財布に定期、それから道着と弁当箱の入ったバッグくらいのもんだぞ。

 まさか洗濯もしねえうちから道着を再び着る気にはならねえし。


「ルミナリエ姫様。失礼いたします」


 そんな考えを巡らせていると、ドアがノックされて、女の声が聞こえてきた。 

 さっきの説明を聞いて、ここには他に人なんか来ねえもんだと思っていたから、完全に油断していた。

 あいつを姫と呼ぶってことは、訪ねてきたのは使用人の誰かか? 母親とか姉妹がいたとして『ルミナリエ姫様』とは声をかけねえだろうし。


「明日の分の食材と、洗濯の終えたお召し物をお持ちいたしました」


 そうか。

 あいつ――おっと、ルミナリエの姿を勝手に見るわけにはいかねえし、ルミナリエは常にこの部屋にいるわけだから、風呂に入っている時間くらいにしか、洗濯物やらを届けに来られる時間がねえのか。寝るときには施錠するだろうしな。

 いやいや。冷静に考えてる場合じゃねえ。たしかに、人間、限界まで切羽詰まると逆に冷静になるというが……って、そんなわけねえだろ。

 とにかくまずい。

 この国の要人も要人らしい姫様の寝床に、得体のしれない異国の男が入り込んでいると知られれば、確実に俺の首が飛ばされる。 

 どうする。

 足音は確実にこっちに近づいてきている。

 そりゃそうだ。脱いだ服は風呂場の前の脱衣所にあるはずだ。それを回収するためにはこっちにこなくちゃならねえ。

 先に言い訳だけさせてもらうと、俺は極限までテンパっていた。

 最悪、ルミナリエの説明の前に、この狼藉者、と処理されてしまうかもしれないという想像までが頭をよぎる。

 さすがにまだ死にたくはねえ。

 結果、俺が救いを求めたのは、唯一、俺の事情を知っていて、助けてくれるかもしれない相手のところだった。

 というより、部屋の構造上、俺の位置と扉の位置的にも、そこにしか逃げ場がなかったわけだが。

 つまり何が言いたいかというと、不埒な気持ちでこの場に入ってきたわけじゃねえってことだ。


「姫様? 何か大きな音が聞こえたようですが、お変わりはありませんか?」


 湯気により曇ったガラスの向こう側から、女性のシルエットが語り掛けてくる。


「……ええ。ありがとうございます、シスネ」


 ルミナリエがそう返事をして程なく、ドアの開閉する音が聞こえてきて、部屋の中から人の気配がしなくなる。

 それでようやく俺はひと息ついた。そしてすぐに背中を向ける。


「すまん」


 他に場所を思いつけなかったのは俺のミスだ。 

 それどころじゃないっつうか、妹ほども年の離れた相手に興味はわかないっつうか、そんなことは問題じゃなく、とりあえず、こうして見てしまったことは事実。

 俺はこの後然るべき場所に突き出されても――それだと隠れた意味は完全になくなるが――構わないという覚悟で頭を下げた。


「……いえ。事前に説明しておかなかった私に落ち度があります。それにあなたも私を探して尋ねて来たみたいでしたし」


「そうだ。俺はここに来る前……あー、そうだな、大会って言ってわかるか? まあ、一応会場でシャワーだけは浴びて来たんだが、とにかく、着替えも何も持ってねえんだ」


 こんな年下の女子にできる話じゃねえが、まさか明日以降もずっと同じ格好でいるってわけにもいかねえだろう。


「そうですね……説明は明日でも良いかと思っていましたが、ひと晩過ごさせた恰好でお父様とお母様、レアードとマリエッタの前に紹介するわけにもいかないでしょうからね」


 事前確認せず、俺を勝手に呼び寄せたのか。

 それは、大丈夫なのか?


「仕方ないじゃないですか。本当にできるとは思っていませんでしたし、試しに、というくらいのつもりだったんですから」


 ルミナリエは振り向かず、誤魔化すように早口でそう答えた。

 試しにって……まあ、本当に応えてくれるとは、とかって言ってたしな。

 もしそれで悪人でも引っかかってたらと思うと、迂闊過ぎるんじゃねえかとも思うが。


「いえ。その点は問題ありません。そういう人にはあの文字は見えていなかったでしょうから」


 へえ。

 それは少し気になる話だな。


「じゃあ、どういうやつに見えていたんだ?」


「そうですね。まずは魔法への、あるいは魔力へのと言い換えても良いかもしれませんが、感度の高い人。それから……」


 ルミナリエは言い淀んだ。


「それから?」


「それから、それから……」


 ルミナリエのうわ言のようなつぶやきはだんだんと小さくなり、やがて聞こえなくなる。

 予感というか、まずい気がして、浴室への扉を開き、中を確認する。


「ルミナリエ? おい、しっかりしろ!」


 そんなに長く入っていたとは思わねえが、いや、俺が中に押し留めちまった部分も少なからずある。

 茹蛸のように真っ赤になって浴槽に手をかけているルミナリエを引き上げて、準備されていた純白のタオルを身体に巻きつかせる。

 すまん。本当にすまん。

 別の、床に敷いたタオルの上にルミナリエの身体を横たわらせると、必死に「こいつは9歳。人命救助。俺はロリコンじゃねえ」と言い聞かせながら、絹のような手触りの肌を丁寧に拭いてゆく。

 そうだ、クティスの小さかった頃や、ファルのことは今でもたまに世話するし、それと同じようなもんだ、問題ねえ。


「……お姫様ってのは、皆こんな――いや、考えるな考えるな」


 とにかく、風邪をひかせねえように迅速に、ルミナリエの身体を拭くのと、着替えさせるのを同時に済ませよう。

 薄めの肌着みたいだが、ワンピースタイプっぽいのは助かった。上から被せりゃいいだけだからな。

 ばんざいをさせるように手を上に伸ばし、上手く穴に通してゆく。下着はないみたいだが、必要ないんだろうか。いや、上の話だが。

 とにかく、そのワンピースを被せ終わると、タオルを上手いこと引っこ抜く。

 大丈夫だよな? しっかり拭けてる、よな?

 あとは、これだけだが……。


「いや、ここまできたら、もう、最後までやっても同じだろ」


 と開き直り(やけくそともいう)その純白の布地を足に通してゆく。 

 神に誓って、俺は他には何も見ちゃいねえ……とは言えねえ。

 いや、だって仕方ないだろ。目を閉じたままとか不可能だ。


「まさにお姫様抱っこってわけか」


 それから俺は、床――絨毯の上で気を失ったままのルミナリエを抱きかかえると、そのまま寝室に運んでゆき、ベッドの上に横たわらせた。

 幸い、ここまでで、ルミナリエが目を覚ましてくるようなことはなかった。

 そして、俺は結局どうしたらいいんだ? ルミナリエの口ぶりでは何か考えがあるみたいだったが、肝心の本人はこうしてベッドの上で気を失ったままだ。

 夜中だってこともあるし、わざわざ起こすのも気が引ける。


「度々すまん。どうするかは後で考えるから、風呂だけ、あ、いや、あとタオルも貸してくれ」


 幸い、タオルはまだたくさん余っていた。

 勝手に使っていいものかと一瞬躊躇いもあったが、今は緊急時。人工呼吸のときに男女なんかを気にしないように、たとえこれがルミナリエのため、専用に用意されたものであっても、使わせて貰おう。同じ棚に、ローブみたいなのもある。ルミナリエの大きさに合わせてあるかと思ったが、そんなこともなく、俺でも着ることはできそうだ。着ても構わないかは知らないが。

 多分、大丈夫だろ。困ったときはお互い様。今のところ、何がお互い様かは知らねえが。いや、俺がここにいるのはルミナリエが呼んだせいだし、このくらいは許されるだろう。

 考え過ぎると何もできなくなりそうだったので、そのまま風呂で汚れを落として温まると、パンツを手洗いして浴室に干し、試合の疲れもあったため、ルミナリエを寝かせたベッドの横で泥のように眠りについた。

 朝はルミナリエより早起きしてパンツを回収しなくちゃならねえな、などと思いつつ。


 

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