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聖女様の意志

 その後、ルミナリエの話を聞いてゆくと、つまりはこういうことらしい。

 この世界には、魔法と呼ばれる超常の力があり、この国の人々はそれを行使することができる。

 ただし、そのためには、聖女――当代ではルミナリエ――の姿を見ることが必要であり、一定期間ごとに祭りとしてその機会が設けられている。

 見るだけで魔法が使えるとはいえ、その力に個人差は当然あり、近しい者――距離的な意味でも、血縁的な意味でも――は強くなる傾向にある。

 聖女が匿われる――ルミナリエが言うには『隔離』だとかって話だが――場所は決まって、王城の北の塔ということになっている。

 聖女が途絶えることはなく、当代が天寿を全うすれば、別の聖女が生まれている。それは、新生児の場合もあれば、年老いた人物である場合もあるが、ほとんどの場合は、初等学校入学くらいの年齢から、高等学校卒業くらいまでの年齢の子供であるらしい。ただし、聖女というだけあり、ほとんどの場合が女児ではあるらしい。長い歴史を紐解けば、男子だった時も、あったとか、なかったとか。

 選ばれてしまった場合――天の采配によるものらしいので、完全なランダムだということだが――家族には相応の待遇の代わりに、その子供は『聖女として』城で暮らすことになる。

 途中で変わることはない。選ばれれば、死ぬまで『聖女』としての力はあり続ける。

 大まかに言えばそんなところだが、それはなんというか――

 

「私がこの役に付いたのは8歳の秋、丁度1年ほど前のことです。それからずっとここで暮らしているわけですが、特に不自由を感じたことはありません」


 淡々と話すルミナリエに、俺はつい、


「お前は寂しかったりしねえのか?」


 口を挟んでしまった。

 だって、そうだろ。

 たしかに、この国にとってその『聖女』って役割は大きい、つうか、この国そのものなのかもしれねえけど、そんなひとりに負担を押し付けるようなあり方ってのは、上手く言えねえけど、間違ってるんじゃねえのか?

 ましてや、ルミナリエはただの9歳の女の子だろ? ファルは少し違うが、クティスとはほとんど同い年くらいじゃねえか。

 

「……いいえ。すくなくとも、私はこの国の第1王女として生を受けました。そのため、他の人より多くの事を学べ、見聞きでき、ある程度以上の自由も保証された、一般的に言えば、かなり裕福で幸せな時間を過ごさせていただきました。ならば、私がその役を負うことで、国の、他人のためとなるのなら、喜んでこの役を全うしてみせましょう」


「けどよ」


 それは、俺の質問に対する回答にはなってねえんじゃねえのか?

 その答えには、お前の考えがあるだけで、気持ちは入ってねえじゃねえか。

 俺は食い下がろうとしたが、ルミナリエは冷え冷えとした声で、俺の言葉を遮る。


「ルシオン。私は確かにあなたを、私の世話役、そして話し相手としてこちらにお呼びしましたが、この国のことに口を挟むことを許した覚えはありませんよ。もちろん、最低限の礼儀として、聞かれたことにはできる範囲で答えるつもりですが」


 暗に、お前には関係ないと言われているようで。


「……なんだよ、それ」


 夜の闇の中、元よりふたりしか存在しないこの部屋で、俺のつぶやきがどれほど小さかろうとも、ルミナリエの耳に届かないはずはなかった。


「……なんでしょうか?」


「お前が俺を呼んだのは、いや、俺とも限らねえけど、誰かに届くようにとあんな風にメッセージを送ったのは、寂しかったからじゃねえのかよ」


 ルミナリエは整った眉をわずかに上下させる。


「『聖女様』の役目を全うする? そりゃあたしかにご立派な志だけどよ、それなら、俺を呼ぶ必要はねえだろ。今になって」


 さっきの話が本当なら、ルミナリエはすでに1年ほどもここで過ごしていることになる。 

 その間、食事や掃除、風呂、その他諸々、やってこなかったわけがねえ。


「それをこうして、わざわざ別の世界から俺を呼んだってことは、それだけ他人と関わることを求めていたってことじゃねえのか?」


 暇つぶしの道具なら、そこの本棚に難しそうなタイトルの本がたくさん並べられている。 

『神聖帝国語概論』だとか、『古代ファリカス語』だとか、『オーケス機能主義理論』『ダルビア魔法学』『歴史編纂 54版』――

 その他にも、俺なんかは手に取ろうとすら思わねえようなタイトルの本がずらりと並べられている。

 そういや、俺は、なんで知らねえはずなのに文字が読めて、会話ができるんだ、と今更ながらどうでもいいことが頭の隅をよぎる。

 いや、関係なくはないのかもしれねえ。

 このルミナリエが、会話を望んでいたんだとしたら、それが俺をこちらに呼び寄せる魔法に反映されたんだとしたら、強引過ぎるかもしれねえが、説明はつく。言語が通じなけりゃ、会話もなにもあったもんじゃねえからな。


「……今日はもう疲れました。あなたを呼び寄せるのに精一杯で。私はもうお風呂をいただいてから寝ますので、あなたも早く寝て、明日からは朝食の準備もお願いします」


「あっ、おい、ちょっとは人の話をだな――」


 淡々と呟いたルミナリエは、バスルームに入り込んでしまった。

 いくら相手が幼女でも、許可なく、女の入っている風呂場に突入することはできねえ。よっぽどの事態じゃねえ限りは。

 つうか、図星指されて会話放棄とか、やっぱりただのガキじゃねえか。

 いや、まあ、俺は俺で、知り合ってすぐだってのに言い過ぎたかもしれねえが……知り合ってるよな? 

 それより。

 

「……図星指されて?」


 いや、まだ俺がそう感じたってだけで、確証はないんだけどな。

 けど、なんだ。

 兄弟姉妹が4人もいるせいか、あのくらいのやつの考えることが何となくわかるような気もする。気のせいかもしれねえが。

 けどまあ、お子様だってんなら、もう寝る時間だろうし、問い詰めるのは明日にしてやるか。明日になったらあいつの頭も冷えてるかもしれねえしな。


「ルシオン。シャンプーがなくなりました。そこの棚の下に入っているはずなので、とってくれますか?」


 ようやく落ち着けるかと思い、息を大きく吐き出したところで、扉の開く音がしたかと思うと、湿った髪のルミナリエが、頭だけをバスルームの扉から覗かせていた。

 正確には、水のたまった鎖骨まで見えていたが。

 それどころじゃねえ。


「お前なあ。少しは気にしろよ」


 シャンプーを渡すついでに忠告してやる。

 今まではここに誰もいなかったかもしれねえけど、今は俺がいて、しかも、思春期の男子なんだぞ。

 しかし、ルミナリエは相変わらず冷めた表情のままで。


「何を気にすることがありますか? ルシオンはまさか私の身体に興味があるとでも? まあ、あなたくらいの年齢ならそういうことにも興味の出てくる年齢だと本に書いてありましたが、私はまだ9歳――」


「お前は、何の本を読んでんだよ。いいから、さっさと風呂場に戻れ。シャンプーは扉の外に置いといてやるから自分でとれよな」


「……わかりました」


 ルミナリエは何故か納得していないような、というより、不可解なものでも見たような表情でバスルームに引っ込んだ。

 気にすることがありますか、じゃねえ。気にしろよ。

 いや、俺はロリコンじゃねえけどよ。


「ああ、そうだ、ルシオン」


 今度は何だ!


「あなたがお風呂を使った後は、洗濯物を出しておいてくださいね。出しておくと、明日には城の者が回収にきて、洗濯済みのものを持って来てくれるはずなので」


「わかったよ」


 返事をして、ルミナリエが引っ込んでから気が付いた。俺は持ち物もなくこの世界に放り込まれたわけだが、着替えとか、明日ルミナリエが説明してくれる前に必要になってくるものに関しては、どうすりゃいいんだ?




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