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プロローグ

「そういうわけで、今日からよろしくお願いします、ルシオン」


 突然目の前に現れた銀髪の小っさい女子は、淡々とした調子でそう言った。

 そういうわけ、と言われても、俺は状況を受け入れることすら困難な状態であり、そもそも、自分の身に何が起こったのかということすら把握できていない状況だ。


「えっと、悪いんだが、もう1度言ってくれるか?」


 普段から、聞いてないのは精神が弛んでいる証拠だと、口うるさく言われている身だとしても、こう聞き返してしまったのは、仕方のないことだっただろう。


「……ですから、たった今から、あなたは私の暇つぶし相手になってください」


 吸い込まれてしまいそうになる、まさに頭上に輝く月のような金の瞳に真っ直ぐ見つめられ、同じ言葉を繰り返されて、俺はたった今聞いたばかりの言葉が真実であると信じずにはいられなくなった。

 とても簡単には受け入れることはできねえが。

 一体、何がどうしてこんなことになっているんだと、俺はほんの数分前(いや、数秒か?)の――こちらの世界での時間間隔はわからねえから、あくまでも俺の主観的な感覚だが――自分を窘めたいという気持ちと共に、溢れんばかりの星空を見上げながら回想する。



 俺は高校に入って初めての大会に出て、その帰り道だったはずだ。


「あーあ、負けちまったな」


 隣を歩く同じクラスのアンドレは、同じように道着なんかの入れられた鞄を肩から下げて、頭の後ろで手を組みながらあかね色に染まりつつあった空を見上げた。

 アンドレとは、保育園に通っていたころからの腐れ縁で、武術を始めた時期も同じ。

 同学年の奴らが、サッカーやら、野球やらに熱中していたように、俺たちはたまたま家が近く、さらにたまたま家の近所にでかい武術の道場を嗜む家があったことから、物心ついた時には、すでに道場に通うことが日課になっていた。


「俺はともかく、お前はまあまあ、いや、結構惜しいところまでいったのにな、ルシオン」


 当然、高校に入ってから部活は剣術系を選択した。

 格闘技はその道場で教わることができたし、そこで武器術に関してもさわりくらいは教えて貰っていたので、より本格的に学ぶために。

 そして今日の地域予選の大会での準決勝、俺の相手は3年で、その大会の前年度の準優勝者だった。

 

「まあ、相手が3年の先輩なら仕方ねえよ。ああ、そういえば、これで引退する先輩たちの送別会に部長の家で御馳走を並べてくれるんだってよ。マネージャーも参加するみたいだし、お前も当然出席すんだろ?」


「……いや。俺はいーや。悪いけど、先輩たちには、俺は腹壊したとかなんとかって上手いこと言っといてくれ」


 相手の方が経験を積んでいたとか、剣道に関しては俺はまだ素人だから、なんて言い訳にはできねえし、する気もねえ。

 俺はこのルールでやることを了承してこの部の扉を叩いたわけだし。 

 

「なんだよ。もしかして、帰ってすぐ鍛錬するとか言い出すんじゃねえだろうな」


 まさか先輩に勝っちまったのを気にしてんのか、と尋ねられ、俺はまさか、と首を振った。

 武術をやるのに、いや、スポーツでもそうだと思うが、先輩だか後輩だかってのは関係ねえ。もちろん、練習の最中には先達を一定以上敬う必要はあると思ってはいるが、試合、本番となれば話は別だ。

 女には手をあげない主義だが、いざとなれば誰が相手であれ、本気で向かわねえとそれこそ礼を失することになるからな。

 まあ、そのことと、俺が今日の送別会に参加しねえことは関係ないんだが。どうせ、送別会は毎年、卒業前にやるらしいからな。中学でもそうだったし、高校でもそう変わらねえだろう。


「違えよ。今日も父さんと母さんは遅いから俺があいつらの飯を用意しなくちゃならねえんだよ」


 うちは全部で7人の大所帯で、リードとザイン、クティスにファルって、弟たちと妹たちがいるんだが、そのおかげで両親は、ほとんど毎日、夜遅くまで働いている。

 最近じゃあ、クティスはよく家事を手伝ってくれるが、まだ、あいつに任せっきりにするのには不安がある。やはり、長男である俺がしっかりしねえと。


「そうか。お兄ちゃんも大変だな」


「悪いな」


 任された、と駆け足で前を行く奴らに追いついてゆくアンドレと別れ、駅前のロータリーからバスに乗る。

 しかし、疲れた。

 高校に入って初めての大会ってことで、柄にもなく緊張でもしてたのかもしれねえな。

 ただ道着と財布、筆記用具に弁当箱くらいしか入ってねえはずの鞄がやけに重く感じる。

 家に最寄りのバス停で降り、スマホにメッセージを打ち込む。クティス宛だ。


「もうすぐ帰る、っと」


 兄さんのメッセージは色気が足りません、とクティスにはよく文句を言われるが、ただの報告メッセージに色気を出す意味がわからねえ。

 すでに夜の帳は降りてきていて、辺りは暗く、ただ、月明かりと、街灯の光だけが、地面を明るく照らしている。

 もうすぐ家に到着というところで、足元に違和感を感じて立ち止まり、下を向いたところで首を傾げた。

 

「助けてくださる気があるのなら、そこを踏んでください」


 地面から浮き上がるように、そんなメッセージが宙に浮いていた。

 自分でもおかしなことを言っているとは思うが、事実、そうとしか言いようのない光景だったんだから仕方がねえ。

 

「意味がわからねえ。どうなってんだ、こりゃ」


 早く帰るべきだという使命を忘れていたわけじゃねえが、どうせ家はすぐ目と鼻の先だし、少しくらい構わねえだろ、と思ってしまったのが運の尽き――かどうかはわからねえ。

 しかし、こんなメッセージを見て、何も――好奇心でも何でも――思わない人間がいるだろうか? 

 そんな言い訳は後から湧いてきたことだが、とにかく、まあ、踏むだけでいいんなら、と軽い気持ちで、光の枠の中へと足を踏み入れる。

 瞬間、何かに引っ張られる感じというか、吸い込まれる感じというか、とにかく、体験したことのない奇妙な感覚に囚われて、気がついた時には、目の前には、今までいた家の近所の道とは明らかに違う、満天の星が輝く空が広がっていて、小さな靴音と、さらさらと何かが流れるような音がしたかと思うと、銀の髪で、金の瞳をした、多分小学校の低学年くらいの女子が、俺のことを覗き込んできて。


「……本当に応えてくださる方がいるとは思いませんでした」


 と驚いたように、わずかにその、月のように金色の目を見開いた。

 混乱する俺に、その幼女(と言っても差し支えないかどうかは別にして)は、失礼しました、と、綺麗な青いドレスの端を摘んで、優雅な仕草でお辞儀をした。


「失礼いたしました。私は、ルミナリエ・シェスタローゼ。この、ヴァンブリグ王国の第1王女です。あなたのお名前をうかがってもよろしいですか?」


 推定年齢9歳程度(に見える)の女児は、とてもそうとは思えねえほどの丁寧な、じつに見事な所作であり、俺は思わず、武道を嗜む者として、その光景に見入っていたが。


「……あ、えっと、俺はルシオン・ウェールス、です」


 と、つい、普通に答えてしまった。 

 なんだ、これ。

 寝ちまって、夢でも見てんのか? それにしちゃあ、駅を降りてからの記憶があやふやで、思い出せねえな。いや、これが夢ならそれで正しいのか? 相手が王女だってのに、こんな対応でいいのか? そもそも王女ってどういうことだ?

 混乱している頭でそんなことを考えている俺をよそに、その、ルミナリエ王女は静かに言い放った。


「そうですか。では、ルシオン。あなたには今から、私の暇つぶしの相手になっていただきます」


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