駆け出し芸能人の物語
――最近視線を感じるのよね。まぁ私も、もう一人前の有名人だし気をつけなきゃ。だって、地元のミスコンに優勝したこともあるし、それに一回テレビに出たこともあるし。お外に出るときはちょっとお高めのサングラスをかけてみようかしら、なんて! うふふ♪ ……ってあら? なんだか前が暗いような……
「あ、すみません……」
冴えない格好のもやしみたいな男が私にへこへこ頭を下げた。どうやらこの人とぶつかっちゃったみたい。横には大人しそうな赤いヒールの女の人が……って、いけないっ! 下手に声を出して私が芸能人だってバレちゃったらまずいわね。ここは一時退散ー!!
「……バレなくてよかったわね……」
男の横にいた女の人が言ったのを聴いたわ。やだ! もしかして、私のファン!? もー。困るんですけどぉ~そういうのー! きゃー!! いけない、なんだか街中を歩くすべての人が私を見ているように思えるわ。有名になるのも考え物ね。あ、そうそう。芸能人が身を潜めるところと言ったらあそこしかないわよね!
カ・ジ・ノ! 一度行ってみたかったの。ちゃんと正装して行ったわ。ミンクの毛皮……は高いから、なんかモコモコしたあったかいやつ首に巻いて。要はちゃんと着こなせば良いのよ。服なんて私の付属品。値段なんかじゃないわ。今の私のギャラだって来年には跳ね上がっているに違いなーいっ! その頃に言われるのよ「あの芸能人が着ていたモコモコしたやつ可愛い!」って。ブームなんてそうやって作られるんだからね♪ 私知ってるんだから! ……ってあら、なんだか前が暗いような……
「すみません」
あら私ったらまた誰かとぶつかっちゃったみたい。また二人組。男女の……カップルかしら? それにしても横の女の人化粧ケバっ! 蛇女みたい……ってぇえそんなこと気にしてる暇ないわ。なんだか視線を感じる。ここにも、もしかしたら私のファンが? きゃー!! 芸能界こわーい! ……出口に向かうときシャッター音が聴こえたような気がしたけど、はっ、まさか……! え、なに? スキャンダル? 待ってー心の準備がー!! お外怖い。おうちに帰っておとなしくブログの更新しとこっと。登録者八千人も居るからね!
――上映終了――
「お疲れさまでした。それでは、ヘルメットをお取りください」
……サングラスが引っかかってうまく脱げないじゃない……! あんまり目立たないように後ろ側の方の席に座って正解だったわ。まだ観客がゴロゴロいる。隠れる場所を探して自分探し映画館に来たけど、やっぱり私誰かに見られている気がする。あんまり酷かったらマネージャーたちに相談ね。……ん。なによ、早く帰れって? 館内スタッフが二人がかりで私の腕をゆっくり引っ張って外に連れ出してくる。んもー。なんなのよー! あら、さっきから街路樹の影に隠れているカメラを持ったおじさん誰? ……きゃー!! もしかして私のファンー!? 早く帰らなきゃ! 芸能界ってホントこわーい!!




