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自閉症男児の母の物語

 ――世の中では軽度でも知的障害のあると判ったこどもがおろせると言うけどね。私、絶対に宿った命は見捨てたくなかった。だって、人生で初めて身ごもった愛の形だもの。オモチャじゃない、本物の命が私のお腹の中にある。たとえ神様や仏様がおろせと言ってきても、私はおろさない。そのことを夫にも話したわ。そうしたら、


 「そうだな。命だもんな」


 そう言って受け入れてくれた。誰も責めることなく。無事に産まれてきてくれた時は涙があふれてきた。元気な男の子。私の子。私たちの子。産まれたての我が子は小さな手をふにふにと動かしている。生きている、それだけで幸せだった。幸せだったの……


 様子がおかしいと思ったのは息子が幼稚園に通い始めた頃。真面目そうな男の先生から息子の突然の癇癪について呼び出された時だった。先生によるとジッとしていたかと思えば唐突に走り出したり物を投げたり壁を叩いたり、奇声に近い大声を発するということ。周りの園児たちが怖がっているので何とかならないかという相談だった。


 「主治医からは無理に止めるとパニックになるから放置する方が良いというのですが……」


 「それでは困ります。ハッキリ言うと周りの園児たちに迷惑です」


 私が息子の症状について説明しているのを遮るかのように早口で言う先生。


 「息子は軽度の自閉症なんです。どうか普通の子として扱ってください」


 「障害は個性という時代は終わりました。そもそも、なぜ普通の人が要らない命を生んだのんですか」


 私はその言葉に怒ってしまって、先生の腕にしがみついて泣きじゃくった。言葉にならない叫び声をあげた。そこへニコニコと私の姿を見て走ってくる息子。状況がわかっていないのか、お気に入りの電車のオモチャを持って、


 「おかぁさん、怪獣ごっこしてるー! ぼくもー!!」


 と言いながら普通の園児のように先生の足元を掴んでぐいぐいっと引っ張っている。その時、先生は眉間にしわを寄せてまるで息子に唾を吐くように口をゆがめたのを覚えている。それに嫌悪感を抱いていた私だったけど、半分しょうがないという気持ちもあった。公園でもご近所でもこういったトラブルは増えてきていたから。すると、一人の園児が息子の姿を見て、


 「あー怪獣ごっこしてる! ずるいー、みんなでしようよー!!」


 と言って、息子のもとへ寄ってきた。ヒートアップする園児たち。その声に息子の奇声はかき消された。そっか、息子のエネルギーは園児数十人分もあるのね。そして、園児たちにとって、まだ息子は幼稚園の“みんなの一人”。そう思ったとき、息子を産んだ時とは違う涙があふれた。


 その後、家に帰って夫にそのことを話すと、


 「そうだな。みんな、命だもんな」


 そう言って、すやすや眠る息子の頬を優しくなでた。起こさないように。まるで貴重な果物を扱うかのように。そっと。これから先、私たちは何があってもこの命を守っていくわ。


 ――上映終了――


 「お疲れさまでした。それでは、ヘルメットをお取りください」


 はい、外したわよ。最近息子の癇癪が酷くなって、精神が弱りかけていたけれど、それは息子のパワーに私がついていけてなかっただけよね。たまには疲労や不満が募って夫婦喧嘩もするけれど、それが普通よね。ちょっと灰汁の強いこどもを生んじゃったけど、私は後悔しない。これからも息子の癇癪と付き合わなきゃ。あぁもうこんな時間ね。息子のお迎えに行かなきゃ。ついつい色々と思い出して泣いちゃったわ。化粧剥がれていないかしら。いや、そんなこと気にしている時間なんてないのよ。舐めないでよ、育児を! パワフルお母さんを!!

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