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男性作家の物語

 ――僕は昔から何を考えているのかを伝えるのがへたくそだった。身近な存在で言えば母にさえも「言葉の言い間違えが多すぎる。一度頭で考えてからモノを言いなさい」と怒られたことがある。そんな僕には友達が全くいなかった。そうなると、ますます会話する機会がなくなり、他人に何かを伝えるのが怖くなっていった。


 何とか入れた大学では、授業が始まるまでずっと図書館で本を読んでいた。ずっと前に流行ったなぁ……たしか“ぼっち”だっけ。僕はずっと独りだった。それがある日、僕のレポートを褒めてくれる先生がいて、生徒全員の前でそれについて解説するという、僕にとれば拷問のような時間が訪れた。こんなことを言うと誤解されるかもしれないけれど、物事を頭の中で分解して再構築して文字に起こすのは得意だった。昔から本を読んできたからかもしれない。


 でもさぁ、みんなの前で僕の書いたレポートについて語るとなると話が違う。緊張と混乱で頓珍漢なことを言ったりして、みんな不思議そうな顔をしていた。真っ赤になる僕の顔。それでも先生は僕の話を真剣な顔で聴いてくれていた。話が終わると先生は


 「質問のある人はいますか?」


 と言った。シーンとした空間。首をかしげてひそひそ話を始める生徒たち。あぁ、やっぱりだめだなぁ。僕の言葉は誰にも伝わらない。誰も興味を持ってくれない。必要としてくれない……


 「すみません、レポートを見せてくれませんか?」


 一人の黒い烏のようなマスクをつけた地味な女子が手を挙げながら言った。それを聴いた僕はあたふたしながらその子の所へ行き、レポートを渡した。まじまじと眺められると恥ずかしい。僕にとって文章は、転んだ姿を見られるのと同じぐらいに恥ずかしかったからだ。それでも、その存在を認知されるのは……嬉しかった。


 「大変分かりやすかったです。参考にします」


 そっと返される僕のレポート。初めて言われた。“分かりやすい”って! その時僕は思ったんだ、口ではうまく伝えられなくても、文章でなら僕の思いが伝わることを。ちょっと自信をもって流れた月日。気が付けば大学三年生の夏休み。本当ならゼミや就職活動などで忙しい時期だけど、僕はひたすら公募用の小説を書いていた。テーマは“伝えることの難しさ”について。そう、僕の体験談のようなもの。口にするのは難しい。けれど、文字なら踊るようにどんどん書けた。伝わらなくて後悔したこと、反対に得したことなど。とにかく思いつく言葉を並べていった。


 その結果。僕は独り身だけど四年生の春に作家デビューを果たした。あの先生と女の子がいてくれたおかげで僕は自分の才能に気づくことができた。そして、いっぱい送られてくるお便りを見ていると、僕のような人が沢山いることを知る。大学時代は僕のために書いていたけれど、今は僕と同じような人たちに勇気をあげられるような作家でありたいな。


 ――上映終了――


 「お疲れさまでした。それでは、ヘルメットをお取りください」


 指示に従う。そういえば、両親にはまだ僕が作家であることを言ってなかったなぁ。今までの想いや気持ち。すべて本の中に詰め込めたんだ。まだ在庫もあるし、読んでもらおうかな。時々会議で相変わらず頓珍漢な発言をしてしまう僕だけど、そんな僕だけど、自立できたよって。そう伝えたいんだ。あ、そうだ。ファンレターの中に僕に会いたいって書いてた人がいるんだ。その人の感想で印象に残ったのは“大変分かりやすかったです。参考にします”だったなぁ……とにかく自分探し映画館から出て、返事でも書いてみるかな。と、その前に小腹がすいたなぁ。最近のコンビニはいいよ。人じゃなくて機械でお会計ができるから。肉まんでも頬張りながら帰るか。両親に何を話すかよく考えとかないとな。えーと……

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