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遅い男の物語

 ――俺はいつも何かにつけて気づくのが遅かった。例えば学生時代の友人がどれほど大事だったかだ。小中高大学と、それなりに友人はできた方だ。が、俺の悪い癖で、学校が変わるごとに一切連絡を断つようになる。職場で時々寂しくなる時があるが、何の問題もないと思っていた。だって俺には何の障碍もなければ一人でいることも苦痛ではなかったからだ。


 だが一回だけ、俺が高校時代、段々様態が悪くなっていく祖父の介護を家族全員でしていた時、疲れと、この先の不安を感じて、当時一番口の堅いと思われる友人一人に相談したことがあった。一緒に住んでいた祖父が謎の体調不良を訴え、何を食べても毎日毎日吐く。廊下に広がる吐しゃ物。耐え難い異臭。それは外出中でもだ。当時の俺は周囲の目が気になって仕方なかったんだ。チャラい友人が増えた頃でもある。だが、あいつだけは絵にかいたように生真面目で、教室の隅でいつも黙々と読書していることが多かったのを覚えている。チャラい友人らとつるんでいたのは、現実を忘れるためでもあった。


 「俺のジジイがどんどん汚くなってくんだよ。早く死なねぇかな」


 と冗談交じりに苦笑いしながら言うと、あいつは顔を真っ赤にして


 「なんてことを言うんだ!」


 と珍しく怒り声をあげた。あいつが感情的になることはあまりない。話を聞いてみると、どうやら俺が祖父の死を冗談でも口走ったからだそうだ。その時はどうして苦労して介護している者の愚痴さえ言っちゃいけないんだと思っていた。俺は祖父の吐いた吐しゃ物も掃除したり、沢山かかる医療費もバイト代から分担して払ったりしてるんだぞ、と。ハッキリ言って当時の祖父は家族にとって邪魔者の何者でもなかった。


 ……だが後悔というか、そんな祖父の気持ちを知ることになったのは祖父が死んでからだ。結局原因がわからないまま逝ってしまった。葬式などを行った後遺品整理をしていたら桐箪笥から直筆の手紙が出てきた。揺れた字でこう書いてある




 迷惑をかけてすまなかった。もう少しマシなおじいちゃんだったら孫に吐いたものを掃除させる事はなかっただろう。それにせっかく作ってくれるママさんの料理も「おいしい」と言って家族団らんに過ごせただろう。私はそんな家族の幸せをダメにしてしまった。おじいちゃんな、元気な時に孫の宝物になるだろう物を隠しておいたんだ。この手紙を見つけたら仏壇を調べてごらん。




 それを見て淡く涙を浮かべていた父さんと母さんだったが、俺にはさっぱりだった。それよりも仏壇に“隠されているもの”に興味があった。もしかして小遣いか。だったらありがたい。医療費を分担して貯金がガリガリ減っていたからだ。それに介護から逃げていた時期にチャラい友人とゲームセンターに遊びに行っていたのも原因だった。少しぐらいの荒れは許してほしかったんだ。


 仏壇を隈なく調べる。やっとみつけたそれは、祖父のことを相談した、あいつからの直筆の手紙だった。手紙の入っていた茶封筒には蒼い付箋が付いていて、“親友からの手紙だぞ”と祖父の字が記されている。それには俺に向かってこう書いてあった。





 お前はいつも遅い。大事なことに気づいたころにはその人はもういないぞ。僕はお前のおじいちゃんに会って話を聴いた。お前や家族に“申し訳ない”という気持ちを持っているそうだ。そりゃそうだよな。けどな、お前だってそのおじいちゃんにいっぱい迷惑かけてここまで育ってきただろ。お年玉の日だけニコニコすり寄ってきたりしただろ。それがお前のおじいちゃんは嬉しかったそうだ。必要とされることがな。病気になっても“嬉しい”って気持ちを生み出してるのはお前だったんだよ。だから“あの発言”は取り消せ。お前のおじいちゃんは必死に戦ってるぞ。そしてお前を必要としている。たった一言「ありがとう」を伝えろ。絶対にだ。でないと後悔するぞ。




 とても繊細な、それでも力強い筆跡だった。あぁ、“ありがとう”……伝えられなかったなぁ。俺が少しだけ荒れていた時期も祖父は俺たち家族のことを想ってくれていたのか。そしてあいつも。俺は俺のことしか考えていなかったのに……あいつの手紙を読んで、俺は祖父の気持ちと、お節介だがあいつの優しさを知った。遅かったんだ。


 ――上映終了――


 「お疲れさまでした。それでは、ヘルメットをお取りください」


 目が醒めるとヘルメットの奥から小さな声が聴こえる。俺はゆっくりとヘルメットを外す。思い出した。そういえば、あいつの連絡先だけは残していたんだった。俺の意識が「それだけは消すな」とでも言ったのだろうか。本当に久しぶりになるが、電話をかけてみようか。繋がるかどうかはわからない。俺は遅い男だからな。それでもいい。早めに自分探し映画館から出て今すぐあいつに連絡しよう。そして“ありがとう”を伝えるんだ。きっともう、あいつのようないい友人には出会えそうにないものな。

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