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夜明けのムジカ  作者: 道草家守
前奏曲
4/30

黙祷



 とりあえず、落ちた地点まで戻ってみることにしたムジカは、歩いてまもなく。緑の獅子の破壊の現場を目の当たりにすることになった。


「……」


 ばらばらに切り裂かれた使用人型奇械(アンティーク)の残骸を前に、ムジカはしばし立ち止まる。

 胴体と切り離された頭部の視覚センサには、当然のごとく未登録の橙の輝きも、登録者ありの緑の輝きもない。

 あの緑の獅子型は、障害となるものをすべてなぎ払っていたようだ。

 使用人型はあのまま地に伏していれば、獅子はムジカだけを狙って無事だったかもしれない。この奇械(アンティーク)も、ムジカがこれ幸いと指揮歌(リードフレーズ)を使って強制的に従わせさえしなければそうしていただろう。

 指揮者(ディレット)を守る、という最優先事項が生まれてしまったがために、この使用人型はここで朽ちることになる。

 ただの奇械(アンティーク)だ。奇械(アンティーク)の管制頭脳に組み込まれた行動原理で勝手にかばわれただけだ。


「エーテル機関を取り出しますか」


 平坦な言葉に、頭にがんっと血が上ったムジカは、隣にたたずんでいた青年人形、ラスを振り仰いだ。


「なんっ……!」

「先ほどの行為と独白から、ムジカは機能停止した奇械(アンティーク)から、有用な部品を取り出すことを生業としていると類推しました。汎用型の奇械(アンティーク)のため、先ほどよりも簡単に取り出すことができます」


 ラスの説明に、ムジカの心に一気に平静さが戻る。

 独り言を聞かれていたのは仕方がない。すぐにいつもの習慣を変えることなどできないのだから。少ない情報から類推し、ただ提案をしているだけなのはわかる。

 言葉選びは奇妙だが受け答えは自然であり、歩く姿もなめらかで、手や素足を見なければ忘れそうになる。だがムジカはラスが奇械(アンティーク)であることを、じわじわと実感していた。

 奇械(アンティーク)の判断基準は、人間とは違う。ムジカが無造作に獅子型を解体していたのを眺めていたことで気づけばよかったかもしれない。


 怒鳴るのは簡単だ。だがきっと何も感じないし通じない。

 それに理解してしまえば怒る意欲もわいてこなかったために、ムジカは深く息を吐いたあと告げた。


「こいつは、一時的に指揮者(ディレット)になっただけのあたしを助けてくれた。だからそのままにしておく」

「契約をしていたのですか」

「ああ。先に言っとくけど、あたしが歌うといかれちまった奇械(アンティーク)でも時々正気に戻せるから。道案内してもらおうと思ったんだけどな」


 使用人型の脇に膝をついたムジカは、自分の胸に手を当てた。

 ただの感傷だとわかっていても、簡単に祈りを捧げる。


「何をしているのですか」

「祈ってる。ほらいくぞ、お前がここの構造を知らないから地道にマッピングしなきゃなんないんだ」


 さっさと切り替えて、ムジカは立ち上がって歩を進めたのだが、ラスは奇械(アンティーク)のそばから離れなかった。


「どうした」

「提案します。この奇械(アンティーク)の管制頭脳にアクセスする許可を求めます」

「お前っ、奇械(アンティーク)のくせにあたしの言ったこと忘れたのか!」

「記憶しています」


 さすがに声を荒げたムジカだったが、ラスは美しい表情を変えずに続けた。


「しかしながら、この機体はムジカの指揮下に入っていたものです。ならば最後まで命令を遂行させることが奇械(アンティーク)としての本懐です」

「それは……」


 そうなのだろうか。

 ムジカにはわからない論理だった。


「俺の仕様ですと、エーテル端子で接続可能です。使用人型であるこの機体は、この施設の詳細な地図を有している可能性が高く、ムジカの『一刻も早く脱出する』という目標の一助となります」


 この遺跡の広大さはムジカが一番よくわかっていた。なにせこれほど深くにまで施設が続いていたことすら知らなかったわけで。なにも手がかりがない中うろつくのは、目隠しで綱渡りをするに等しい。

 ムジカは、ちらりと使用人型の亡骸を見る。

 壊れてもなお、記憶を引き出すような行為を行うことは、この奇械(アンティーク)を冒涜するような気がした。

 とはいえよくよく考えてみれば、ムジカの指揮歌による干渉も似たようなものだ。


「なあ、この子は許してくれると思うか」

「ものは破壊されれば、自律判断も、指示を全うすることもできません。命令を遂行できない道具に意味はありません。その点、この機体は役に立つことができます」


 声音は変わらない。こちらの感傷なんて一切考慮していないような憎たらしさだ。

 その腹立たしさのままムジカはぎっと青年人形をにらみあげた。


「お前、ぜんっぜんかわいくない」

奇械(アンティーク)に『かわいい』は必要ですか?」

「うっさい!」


 皮肉すら通じない青年人形の背中を腹立ち紛れに叩く。


「ムジカの手が痛みます」

「いいんだよ八つ当たりなんだから。……だが、お前が言うことももっともだ。しょうがねえ、施設の地図だけ見せてもらえ」

「了解しました」


 ムジカの苦渋の判断にも、あっさりとうなずいた青年人形は、使用人型の少女をもした頭部を両手ですくい取る。

 背中から一対のエーテルの燐光で形作られた翼が生まれ、そこから細いコード状のエーテルを伸ばして、使用人型の頭部をくるんでいった。


『……・――……』


 ムジカには聴き取ることのできない音声が、ラスの唇からこぼれる。

 やっていることは不法接続と何ら変わりない。

 だがわずかにうつむいて目を閉じるラスは、奇械(アンティーク)の死を悼んでいるようにも見て取れて、ムジカは複雑な気分ながらも見惚れた。


「こいつ、やっぱり顔はいいんだよな……」

「終了しました」

「お、おうっ」


 また独り言の最中に声をかけられびくついたムジカだったが、頭部を床に置き直して立ち上がったラスが反応を示さなかったことに胸をなで下ろす。


「超長期連続稼働のため、記憶領域が激しく損傷しておりましたが、この機体が担当していた地区の地図から、上層へのルートを算出できました」

「でかしたラス! いくぞ」

「はい、ルートの案内を始める前に、二つほど質問があります」


 意気揚々と歩きだそうとしたムジカが振り返れば、翼を霧散させたラスはじっとムジカを見つめていた。


「現在が天歴263年から300年経っている、というのは事実ですか」

「天歴……大戦時代だな、それ。文明が壊れっちまったときに廃れたから今じゃ奇械(アンティーク)屋や錬金術師しか使わない。今は帝歴ってのが使われてて、今日は帝歴67年10月(バルビエル)の4日だ」


 300年前に大戦ですべてが破壊されたあと、様々な国が様々な暦を打ち出し、好き勝手に使っていたそうだ。が、数十年前から勢力を拡大し始めたイルジオ帝国が瞬く間に大陸の7割を掌握した現在では、帝歴が一般的だった。イルジオ帝国の属国となったバーシェ都市国でも、帝歴が普及している。

 ムジカにとっては合理的で覚えやすいだけのものだが、暦の違いを気にすることは意外だった。


「なんだよ、気になるのか」

「俺の記録は天歴で断絶しているので、すりあわせが必要でした」

「ふうん」

「もう一つの質問ですが」 


 特に興味があったわけではないので、ムジカは次の質問に興味を引かれる。

 ラスは、無表情のまま平坦な口調で続けた。


「俺の顔が良いというのは、どういう意味ですか」

「うっさい! ばーかばーか、ナルシスト野郎っ」

「ナルシスト野郎とはどういう意味ですか」

「あたしに訊くんじゃねえ! とっとと脱出するぞ!」


 律儀に待って損をしたと、ムジカは憤然と再び歩き出したのだった。

 

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