地下研究所
遭遇しかけた探掘隊を避けてたどり着いた場所は、幸いなことに、ムジカが見つけたときと何ら変わらなかった。
偽装していた部分を外せば、そこにあいているのは細い通気口だ。上下へ向けて伸びているため、もしかしたら廃棄用のダストシュートだったのかも知れない。エーテル結晶が自生しているのか奥には緑の光が見えるが、先の見えない暗い虚無をたたえていた。
大の大人が荷物を背負って通ることはまず無理である。細いムジカだからこそ、通路として使えるようなものだ。ラスの翼も使えないが、問題ない。
「もともと、翼は目立つから使いたくなかったしな」
ムジカは背嚢からロープを下ろすと、よじれがないか素早く確実に確かめた。これをせずに弱くなったロープが切れて落ちたら元も子もない。
素早く柱の一つにまき付け自分の体と金具で結びつけた。
暗視ゴーグルで目を覆うと、念のため浄化マスクも身につけたムジカは同じように準備をしていたラスを振り返った。
「降り方は前に教えたとおりだ、できるな」
「はい」
準備を終えたムジカはためらいなく、ロープで体を支えると内部に身を躍らせた。
暗視ゴーグルも黄金期の遺物であり、真昼のように……とはいかないが、だいたいの輪郭や熱源などを探知してくれる。
普段ならエーテルライトでもいいのだが、光がどこからこぼれるか分からないため今回はこちらを選択した。
何度かロープを回収して降りてゆけば、風量調整用のファンでふさがれていた。代わりのように大量の配管が張り巡らされた点検用らしい細い通路を見つける。
自分の方向感覚を信じたムジカは、反動をつけて飛び移り潜り込んだ。
進んだ距離を歩幅で絶えずはかり、脳内でマッピングしていくのも忘れない。
普段だったらそれで終わりだったのだが、後ろからついてくるラスへと小声で問いかけた。
「あたしの中では北西に100ヤードくらい進んだところだけど」
「誤差は1ヤードです、マッピングも順調に進めています。二階層ほど下に降りています」
「うし、人間の気配を見つけたら教えてくれ」
しばらく進んだところでエーテル結晶ではない光源を見つけたムジカは、後ろについてきているラスを振り返る。
「エーテル反応も、生体反応もありません」
光源のもとは、通気口として空けられているらしい嵌め殺しの格子だった。
ムジカがのぞき込めば通路が見えた。
エーテル結晶が生えてる様子はない。
掃除はそれなりに行き届いており、少なくとも掃除用の奇械が通っていることは分かる。
そして何より重要な指標を見つけた。
「ラス、ここ設備生きてるな」
「はい。エーテル結晶ではなく、施設内の照明が修繕されて使用されているようです」
遺跡内でエーテル結晶が生えない場所では、300年の劣化のため使用不可能になっている。だが、この通路はエーテル結晶が自生していないにも関わらず、照明は真昼のように保たれていた。
最近になって修繕されたのだろう。遺跡内を徘徊する設備管理型に資材を用意すれば自動的に修繕を行うため、その資材を誰かが用意した証である。
持ち込んだのが公認探掘隊であることは明白だった。
「行けるだけここを通っていこう」
歩きかけたムジカだったが、ラスに体を入れ替えられる。
程なく前方の分岐から歩いてきたのは、ムジカの腰ほどしかない小型の奇械だった。キャタピラに複数のアームをつけたような外見は、おそらく点検用の奇械だろう。
一瞬緊張したムジカだったが、ラスが瞬く間に肉薄して無力化した。
以前と同じように、片翼からエーテル端子を伸ばして情報を読み取っていく。
「見取り図を手に入れました。11時の方角に大きな空間があります。そちらが現在活発に整備を指示されている領域のようです」
「このまま行けるか」
「はい」
ムジカが夕方からの侵入を選んだのは一刻も早く証拠をつかみたかったのもあるが、人間の出入りが少なくなるだろう時間にたどり着くためだった。
比較的スムーズに進むことができているため、エーテル計を見ればまだ深夜には遠い時間帯だった。
「もしかしたら、まだ働いている人間がいるかもな」
ムジカの予想は正しかった。
点検口は通気口の代わりにもなっているようで、様々な部屋につながっていた。通り過ぎた部屋の一つにはムジカのよく知る使用人型や掃除型、熱蛙型などの奇械や自律兵器が格納されている倉庫があった。
そして、たどり着いた目的地である大きな空間を、格子状のフィルター越しに覗く。
そこは一見してムジカにも判断がつかない部屋だった。
奇械の整備室のようにだだっ広い中には様々な機器が整然とならび、コードで真新しい奇械とつながっている。その間を研究者めいた人間達が活発に行きかい作業をしていた。
このような誰も知らない遺跡の深層で、探掘屋でもない人間が普通に働いていることが異常だ。
ゴーグルを外し、望遠鏡で覗いていたムジカは心の中でぐっと拳を握った。
これをウォースターに知らせれば間違いなく協力してくれるだろう。
問題は証拠となる品だが、どこかにあるに違いない、未使用品の部品でも管制頭脳でも持ち帰ればいい。探掘屋達に情報を流せば、こぞって攻略してくれるはずだ。
並んでいるのはどれも見慣れない奇械ばかりだった。
おそらく独自に設計した機体なのだろう。
スリアンから聞いた真新しい機体は既存のものだったというが、ムジカは探掘隊が独自の機体を製造できる技術を確立していることに驚いた。
しかし、その鋭角な外観や明らかに兵装とおぼしき装備は、おそら自律兵器として設計されたが故だろう。
ムジカは内心の興奮と不安を感じながらも、探掘屋の性でよく見てみようとじっと目をこらす。
特徴をつかんでおくことでいずれ破壊あるいは鹵獲するときにもある程度対策を立てられるからだ。
どうやらここは最終調整のための一室のようで、奇械によってつながれている機器を研究者が操作すると、奇械のオレンジ色だったアイセンサーが緑に光った。
ついで、研究者の変声器の声に従って動き出す。
本当に現代の技術だけで、動く奇械を生み出したらしい。
密かに驚きつつ、十分な収穫を得たと思ったムジカは、今後の方針を話すためにラスを振り向く。
視界の隅に何か引っかかった。
かすかな違和を覚えたムジカは、ラスに小声で話しかける。
「なにか、妙なことあるか」
「妙なことの定義をお願いします」
「んじゃあ、ここで見えたもの聞こえたこと何でもいい。一つずつあげていってくれ」
「はいムジカ。こちらは自律兵器の最終調整用施設のようです。全部で38人の人間がおり、自律兵器に対して調整を行っている様子です。脅威となるのは壁際に立つ4人のみ」
「……38人?」
ムジカに見えるのはその半分程度だ。
ラスの感知力が高いとはいえ、さすがにおかしい。
「はい、装置内に何人かの生体反応があります。大きさからして子供です」
続けられた言葉に、ムジカは即座に格子へとりついて注視した。
子供の姿などどこにもない。だがラスが間違えるはずがない。
ならばどこかにはあるはずだ。
装置は隣に立つ研究員とそれほどかわらない大きなものだ。おそらく元々ここにあったものではなく、あとから持ち込んで組み上げたのだろう。中に何かを内蔵することができるようで、接続されている奇械がない機器は引き出しのようなものが現れていた。
研究者が機器を操作し、その引き出しが出てくる場面に遭遇する。
大量のコードに埋もれていたが、かろうじて小さな手が見えた。
その小さな手がわずかにけいれんしたあと、動きを止める。
男達が慣れた手つきでコードを外し、設備からそれを無造作に持ち上げた瞬間、ムジカの肌がざっと粟立った。
この街ではよくあることだ。遺跡内で何度も見ている。
反射的にこみ上げてくる嫌悪感を飲み下したが、思考は勝手にパズルのピースをはめていっていた。
『代用できないかほかの材料も試してみたが、どうしても不具合が出てしまってね』
『あいつら造った奇械は、何を基盤に使っているんだろうな』
アルーフの悠然とした表情。スリアンの憂い顔。
街中をたむろする孤児の姿が少なくなっていた。
『タス……ケテ、……カエ、カエリタイ……!!』
倒した蛙型が発した声を、子供のようだと思わなかったか。
分かってしまった、分かりたくなかった。
今まで見過ごしていたささやかな違和がムジカの中ですべてつながった。
嫌な吐き気がとまらず、ムジカはかすれた笑いを漏らした。
「はは、簡単なことだったんだな。人間のような思考をさせたければ、人間を使えばいいって」
ところ構わず拳を打ち付けたい衝動を、きつく唇をかむことでこらえた。
血の味が口の中に広がることすら意識の外だった。
「こいつらガキの頭を材料にしていやがった……!」
研究者達に物のように扱われるそれは、バーシェをしたたかに生きる孤児達だった。
詳しい方法なんて分からない。だが間違いなく。ここで子供達が殺されている。自分たちが壊した奇械はどこまでがそうだった? もろかったものはいくつあった?
どろりとよどむような嫌悪感と、全身の血液が沸騰するような怒りに我を忘れかける。
「ムジカ。ファリンの声がします」
ラスの声に、ムジカは強制的に現実へと引き戻された。
ラスの瞳が指し示した方向の扉が開いたとたん、不安と虚勢が入り混じった怒声が響く。
「はなせよっ。俺は探掘の仕事をさせてくれるから話に乗ったんだぞ!? 今まで閉じ込めやがって今更なんだ、よ……!?」
警備型の奇械に拘束されたファリンはじたばたと暴れていたが、ちょうど別の奇械によって搬出されていくそれを見つけて絶句する。
「お、おい嘘だろ、ネイスおいっおいっ! てめえらここで何してんだ!? 俺に何するんだよ、やだ、やだああああ!!!」
研究者達はファリンの悲鳴をただ迷惑そうに見やるだけで、大して興味を持とうとしなかった。
手を出すわけにはいかない。ここで明るみになれば、今まで秘密裏に行動していたそれらがすべて水の泡になる。
だが眼下の光景にムジカは氷のように冷めた思考のまま、隣にいる相棒へ問いかけていた。
「ラス。下に居る敵勢力の制圧はできるか」
「可能です」
「やれ。あたしもすぐ行く」
「はい、俺の歌姫」
流れるようなラスの返事を、ムジカは受け入れた。




