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夜明けのムジカ  作者: 道草家守
前奏曲
2/30

『人型』自律兵器

 あっけなく、歯車とバネをまき散らしながら、少女の形をしたものは床に転がる。

 無造作に使用人型の下半身の車輪を前肢の一撃でなぎ倒したのは、硬質な緑の金属で形を成した獅子だった。頭部から尾てい骨で揺れる尾まで、錬成された金属で構築されたそれをムジカは知っていた。

 獅子型の頭部に収まる眼球型の視覚センサは緑色。にもかかわらず、ムジカに無機質な敵意を向けている。

 つまり、ムジカが歌う前に指揮者(ディレット)が登録されている機体だった。

 当たり前だ、たとえ橙色だろうとこいつにムジカの声は届かない。


 即座に身を翻したムジカは、無駄だとわかっていても恐怖を紛らわせるために叫んだ。


自律兵器(ドール)まで現れるなんざ、ツイてないなんてもんじゃないだろ!?」


 それは黄金期の大戦を制した、戦うためだけに作られた奇械(アンティーク)自律兵器(ドール)だった。

 作り物の体でありながら自立思考を有し破壊に特化したそれは、たった一機で街を一つ壊滅させると評判だ。

 各国では発掘競争が巻き起こっているらしいし公認探掘隊の目的もそれらしいが、今のムジカには関係ない。

 自律兵器(ドール)にはムジカの声は届かない。当たり前だ、奇械(アンティーク)への干渉もごく一時的なものなのだ。

 そもそもムジカ自身にも、自分がなぜ奇械(アンティーク)へ干渉できるかわかっていない。

 奇械(アンティーク)よりも高度に保護術式が編み込まれている自律兵器(ドール)なのだから、干渉できないのも当然と言えた。

 だからこそ見つかったら最後、逃げ切れないことも知っていた。

 逃げ出しながらも覚悟していたムジカだが、自律兵器(ドール)はすぐに追ってこない。

 高圧洗浄機の噴射される音。

 振り返ったムジカは目をむいた。


「使用人型!?」


 立ちふさがっていたのは、ムジカが一時的に指揮者登録をした使用人型の奇械(アンティーク)だった。獅子型に比べれば頼りない少女の姿をまねた奇械(アンティーク)は、しかし一歩も引かず高圧洗浄機を構えていた。

 確かに、奇械(アンティーク)には基礎概念として指揮者となった人間を最優先で守るようすり込まれている。奇械(アンティーク)にとっては当然の行動だ。


「っ……!」


 雑務用の奇械(アンティーク)と自律兵器では性能に天と地ほども差がある。

 だが、好機だ。

 こみ上げてくる衝動をムジカは足に込め全速力でその場を離れた。すぐ先にあった分岐をめちゃくちゃに曲がりながら、自動拳銃を取り出す。

 感傷に浸っている場合じゃない。


 生きろ、生きろ、走れ!!


 いくらもせず、通路に金属が切り裂かれる耳障りな音が響き、ムジカは奥歯をかみしめた。時間は稼げた、それでも圧倒的に足りない。

 いつの間にか、自生するエーテル結晶が少ない区域に入っていたが気にする余裕もなかった。


 ムジカは暗い中を飛ぶように走りながら思考する。 


「獅子型はなんだったか。思い出せ、主要武器は水銀(マーキュリアス)。射程範囲は最大20ヤード。触れたものをばらばらに切り裂く流動金属! ちくしょう、人間相手に使っていい装備じゃねえぞっ」


 思考が声に漏れてしまうのは、恐怖を紛らわすためだと自覚していた。

 機械仕掛けの四肢が躍動する音が聞こえてくる。自律兵器(ドール)は総じて耳がいい。どうせ無言でいたって足音をたどって追いかけてこられる。

 振り返る暇はない。しかしすでに分岐はなく、隠れる場所も見つからない。

 焦燥に身を焦がしながらも、通路の先に冴えた光を見いだしたムジカは、全力でそこへ飛び込んだ。


 空気が澄んでいる。ムジカがあたりを見渡せば、意外なほど広い空間だった。


 地上から数十ヤード下とは思えないほど天井が高い。朽ちかけた装飾は、錬金術の術式展開に使う喚起(かんき)用のものだろう。床、壁、天井に縦横無尽に張り巡らされた管や機器類は、何かの調整や作業用だろうか。

 探掘屋(シーカー)ならば一目でわかる、そこは奇械(アンティーク)の整備室だった。


 壁に沿うように置かれているおびただしい部品の数々は、一つ売るだけでそれなりの財産になるだろう。

 これほど状態のよい場所がまだあったとは、とムジカは驚くまもなく室内の奥まった場所にあるものに目を奪われていた。

 そこに存在していたのは、エーテルの燐光に包まれた羽の塊だった。

 触れれば埋もれてしまいそうな柔らかさと、触れればこちらの指が切れてしまいそうな鋭利さを併せ持つ不思議な物体だ。エーテル特有の淡い緑の燐光をまとってゆるりと明滅している。


「なに……?」


 ムジカが混乱する眼前で、その羽の塊がさあと中央から分かたれる。それが3対の翼だとようやく気づき、その中に抱かれていたものに息をのんだ。


 3対の翼に抱かれていたのは、美しい人間だった。

 年の頃は16のムジカよりも2、3歳上くらいだろう。

 月の光をより集めたかのような銀の髪に彩られるのは、象牙色の滑らかな頬。無機質なまでに一切の瑕疵なく整った美貌は、ともすれば女性ともとれる艶を帯びているが、ゆったりと膝を抱える姿勢ながらも骨格は男性のものに見える。体の線の細さからして、女性だろうか。創造主の執念すら感じさせるほど美しく整えられた姿は、ムジカが性別を迷うほどだった。

 お伽噺の妖精や、太古の昔に住まっていたという精霊ですらこうはいかないだろう。


 けれど、ムジカは気づいてしまった。ゆったりとした服から覗く手にある、奇械(アンティーク)特有の球体式の関節に。


「どー、る?」


 完全に人型を摸した奇械(アンティーク)は観賞用と決まっているが、この翼はエーテルでできている。

 動力以外で、エーテルの奇跡の力を使用できるのは自律兵器(ドール)の特徴だった。

 なんであれ、この青年が人間ではなく奇械(アンティーク)であるのは明白だ。

 なら、なぜ人間だと思ったのか。ムジカは探掘屋(シーカー)だ、奇械(アンティーク)とそうじゃないかくらいどんなに似せて作られていたって見分けがつく。


 ああそうだなんでって……

 ふいに、その美しい人形がうつむいていた顔をあげる。

 ゆるりとあらわになるのは紅玉(こうぎょく)の瞳。その目尻から透明な雫がこぼれ落ち、頬をつたった。

 息をのむことすらはばかられるような、胸を締め付けられるような光景。


 だが、ムジカはその感傷を引き裂いて立ち上がると、青年人形へ駆け寄った。

 赤い瞳の自律兵器は初めて見るが、少なくとも緑じゃない。つまり、指揮者は未登録。本来、指揮者未登録の機体は橙色の瞳と決まっているが、そんなのはどうでもいい。


 声が、届くかもしれない。


 ムジカは走りながら、腹の底から呼びかけた。


「そこの自律兵器(ドール)、あたしの声が聞こえるか!」


 背後から歯車と無機物がこすれる音が聞こえるが振り返らなかった。

 声に応じるように、まどろむようだった紅玉がまた開く。

 ムジカは迷わずその翼の中へ飛び込んだ。

 ぱっと羽毛のように、エーテルの燐光が散る。


 肌を切り裂かれることを覚悟していたムジカだったが、意外にも柔らかくくすぐったい感触しかなかった。青年人形を押し倒しかねない勢いで飛びついたムジカは、その美しい顔を見上げて訴えた。


「お前の指揮者(ディレット)になるには何をすればいい! 奇械(アンティーク)と同じ手順でいいのか!」


 奇械(アンティーク)の基本的な仕様を知りたければ、まず機体に訊くのが常識だった。

 指揮者(ディレット)が未登録であれば、問題なく回答されるはずだと考えたのだが、青年人形は紅玉の瞳をかすかに見開いたのだ。


「俺を、望んでくれるのですか」


 アルトとテノールの中間。薄い唇で紡がれる声は平坦だったが、なめらかな発音に驚く。

 これだけ至近距離でも人と見分けがつかない造作だった。

 予想外の反応に戸惑ったムジカだったが、その硬い胸を叩いて叫んだ。


「さっきからそう言っているっ。あたしはまだ生きていたい!」


 目尻に残っていた雫が、また一つこぼれる。

 ムジカの青の瞳と、人形の紅玉が絡んだ。

 薄い唇が、開く。


「声紋登録および、網膜登録完了。これより歌姫(ディーヴァ)の保護を開始する」

「は、ディーヴァぁ!?」


 指揮者(ディレット)の間違いじゃないのか。

 ムジカが問い返す前に、その硬い腕に強く抱き込まれた。

 次いで金属の咆吼が響く。硬質なものが砕けるような、高く澄んだ音が断続的に聞こえた。

 思わず身を縮めたムジカだったが、痛みはない。

 翼の間から垣間見たのは、緑の獅子とそのたてがみから伸びる銀の帯。

 それによってバターのように切り裂かれた床と機材のたぐいと、それを難なく防ぐ青年人形の翼だった。


「すごい……」


 羽毛が散るようにエーテルの翼は砕けていくが、中にいるムジカにはそよ風しか届かない。まさか、ここまで堅牢なものだは思わなかった。


歌姫(ディーヴァ)へ要請します」


 また、無機質な声が響いた刹那、ムジカは空中にいた。

 反射的に身がすくみ、内臓が浮くような感覚を覚える。

 眼下では、今までムジカたちがいた場所に緑の獅子が前肢を床へと突き立てていた。

 白皙の美貌の人形は、間髪入れず迫る銀の帯をよけながら続ける。 


「眼前の水銀獅子マーキュリアスライオンは敵勢力と判断。安全確保のために逃走、無力化、破壊いずれかの指示を求めます」

「破壊できるのか!?」

「可能です」


 間髪入れない肯定に、ムジカは反射的にすがりつきかける。

 だが探掘屋(シーカー)精神が寸前で待ったをかけた。

 腹に回された腕も、抱えられた背に当たる体が硬いことも服越しに容易に感じられる。顔は人間と区別がつかずともこの青年は奇械(アンティーク)で、同時に自律兵器(ドール)なのだと理解した。

 ならば、彼は自分の仕様(スペック)に嘘は言わないはずだ。無力化ができれば、探掘屋(シーカー)として最高の利益が手に入る。そしてムジカには金が要る。


 現金な思考だったが、できることならなるべくきれいに。それが探掘屋(シーカー)として正しい判断だとムジカは信じた。


「なるべく傷をつけないように機能停止させてくれ!」

はい(イエス)俺の歌姫(マイディーヴァ)


 ムジカの言葉を、青年人形は平坦な声音で受け入れた。

 刹那、青年人形は床へと着地し、ムジカを下ろしたかと思うと、今は一対となった光輝をまとう翼を広げて飛びたった。

 緑の獅子は攻撃対象を青年人形に変更したらしく、咆吼ののちに迷わず一撃必殺の銀の帯をひらめかせる。

 それは水銀(マーキュリアス)と呼ばれる液状の鋼から生まれる流動兵器だ。

 普段はたてがみとして保管されており、咆吼による音声操作によって銀の帯へと変化させる。黄金期には周囲の自律兵器(ドール)を粉砕したという一撃必殺の兵器だった。


 一斉に襲いかかってくる水銀の帯を、だが青年人形は1対の翼を羽ばたいて舞うようによけてゆく。

 そして水銀の帯がすべて出し切られた緑の獅子へ、あっという間に肉薄した。

 獅子は水銀を引き戻そうとしたが一足遅い。

 人形の腕からエーテルの燐光を帯びた刃が飛び出しているのをムジカが見つけた時には、獅子の頸椎に差し込まれていた。

 硬質さを帯びていた水銀のたてがみが、ばしゃりと液体に戻り床へと散らばる。

 瞳から光をなくした獅子がその場に崩れ落ちた。


「制圧完了」


 その言葉と共に背に負われていた翼が、燐光となって散っていく。

 ムジカは祈る神を持たない。教会なんて滅多に行かない。

 けれど、エーテルの燐光に照らされながら、銀の髪の美しい青年人形がたたずむその姿には。天使、という言葉がこれほど似合うものはないだろうと思ったのだった。


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