日常
記録の再生。
鈍色の空を飛翔する3体の広域殲滅型自律兵器、悪食竜が大地を焼く。
味方勢力僅少。援護はなし。
直ちに迎撃を推奨。悪食竜を撃破できるのは当該機のみと判断。
しかし原因不明の激しい思考回路の乱れによって行動不可。
腕に保護しているのは金髪を赤に染め、生命活動が低下している指揮者。
己の基礎概念は「守護すべし」。優先すべきは指揮者で正しい。
『直ちに治療が必要です。指示を』
『私は、いいから。街をお願い。ほら、そこに救助型がいるから安心して。指揮歌で、援護できないのは、許して、ね』
指揮者の回答、拒絶。ノイズ。激しいエラーを感知。
『……いや、嫌ですソフィア』
『ああ、よかった。あなたはもう、大丈夫ね』
指揮者の反応、微笑、安堵。理解不能。
『強制、指令。悪食竜から、街を、守って』
強制指令の入力を確認。解除不可。しかし思考が強く拒絶。従いたくない。
指令に従おうとする機体を抑える。が、指揮者の手が頬に触れる。
青の瞳が、笑んだ。
『*****、その気持ちを、覚えていて。あなたが、歌姫を見つけた、ときの、ために。奇械は、もちろん、人間でもなかなか持てるものじゃ、ないんだから』
否、否、否。自分たちは、彼女に愛されるために作られた。
なら自分は不完全な機体である。創造主が機能制限を施したのも正しい。
このような思考、奇械には必要ない。
『*****て、ありがとう』
それでも、もし歌姫に出会ったなら。
今度こそ間違わずに、奇械として従おう。
*
その翌朝、きちんと寝台で寝ていたことで決まり悪い思いをしたムジカだったが、すっきりした気分で日常に戻った。
気は重かったが、第3探掘坑の統括役であるウォースターのところへ謝罪に行けば、笑い飛ばされた。
「あれはどう考えてもバセットが悪い。むしろ恩人であるあんたたちの機嫌を損ねたんじゃないかってみんな心配してんだ。あとで休憩所に顔を見せてやってくれ」
「ウォースターさんは、オズ……バセット議員と知り合いなんですか」
とりあえず怒られることはないらしいとほっとしたムジカが聞けば、紙巻きたばこを口にくわえたウォースターが苦い表情になった。
「まあ、生き残っていると自然と顔見知りにはなるもんだよ。あいつは俺たち探掘屋とは全く違う場所を見ていたな。探掘屋の癖に『バーシェを探掘のいらない国にしたい』と言ってな、ほかの連中からも倦厭されていたよ。だから変人だったモントールとも気が合ったのかもな」
いきなり父親のことを持ち出されても、ムジカは平静でいられた。
ただ、意外と父親を知っている人間がいたのだなと感じただけだ。
「まあ、イルジオ出身の研究者まで引っ張り込んでるせいで、ほかの議員からも煙たがられているらしいが……」
「もしかして公認探掘隊、バセット議員が入れてるんですか」
「ああそうだよ。政府公認と言っても、実質はバセットが起こした私設研究所らしい。バセットは探掘屋の星だからもろ手を挙げたが、ほかの連中もこうなるとは思っていなかっただろう。ま、後の祭りだな」
それ以上ウォースターは言及するつもりはなかったようで、護衛の仕事を改めて打診してきた。
「あんたらが居てくれれば、採掘夫達も安心するしな。しばらくここを拠点にしてもらえないか」
第3探掘坑に居さえしてくれれば、自分の探掘をしてもかまわないにもかかわらず、日当をつけてくれるという。ムジカにとっては渡りに船だった。
ウォースターと細かい取り決めをし、ひと月の契約を結んだムジカは第3探掘坑にとどまることになった。
各探掘坑は、バーシェから兵士が護衛役として派遣されているが、ほぼ自治が保たれている。その権力は独自に裁判権を有しているほどだ。
開拓期の慣習らしいが、だからウォースター既知の間柄だとしても議員であるバセットにも強気に出られたのだろうとムジカは推測した。
ウォースターはそのほかにも護衛を雇っており、ムジカたちの負担はそれなりに軽い。
あれ以降、奇械が2体ほど現れたが、ムジカだけで処理できる機体だった。
そのため、ムジカは忙しくて手を抜きがちだった訓練に時間を割くことができた。体は動かしていないとなまるため、定期的に動かすのが一番である。
ラスはほかの探掘屋や採掘夫達との交流を持ち、さらに学習を重ねているようだ。時々ムジカの知らないことを話すようになった。
ただ、その知識がかなり偏るため、その都度ムジカが訂正していた。
ムジカは基本不干渉と思っていたが、共に仕事をするからにはほかの探掘屋たちや採掘夫と情報を共有する必要がある。なにより酒場で知り合ったテッサ達が積極的に話しかけてきたため、少しずつだが会話をするようになった。
「使用人型は動きが素早くもなるが、こちらが騒いだりしなければとりあえずは大丈夫だ。むやみに走らず、立ち止まってろ」
昼食休憩中。探掘内の安全領域につくられた休憩場で、ムジカは集まってきた採掘夫達に請われて奇械の講義をしていた。
「なんでだい? 野良奇械に出会ったらとにかく逃げろが鉄則だろ?」
テッサが遠慮なく問いかけてくるのに、ムジカは首を横に振る。
「それも機体によってだな。使用人型は主に施設の管理のために作られてるから『担当区域を荒らすもの』に反応する。走るのは最悪だな、規律を守らないと判断されて拘束の対象になる。だから遭遇したら、挨拶をするか平然と歩いていた方がいい」
「近所づきあいみたいなもんなんだな。よーし今度鉢合わせたら試してみるか!」
「ただ、その前に通路を汚してたり、設備を持ち去ろうとしてたりするとだめだけどな。採掘なんて最悪だし」
「意味ねえじゃねえか!?」
ムジカが付け足せば意気揚々としていた採掘夫が、がくりと肩を落とすのに、その場に集まっていたテッサをはじめとする採掘夫達が大笑いする。
本当のことを伝えなければ、対処ができないのだから、仕方がない。
「だからあたしたちが居るんだよ。巡回して気配がないか確かめてるから安心しな」
「あんた、ちっせえのにやたら男前だよな」
「ちっさいは余計だ。というか、それよりもエーテル中毒になる方が怖いんだから気をつけろよ」
採掘夫達に配られているマスクが、簡易的なものであるのがムジカは気になっていた。
正直、そのようなことをまとめ役に打診してもきっと是正はできないだろう。まともな浄化マスクは高いしカートリッジの交換費用も馬鹿にならない。そもそもマスクの着用は採掘夫に任されている。
今を生きるための金で困っているのに、先のことを考えることなどしない彼らは、安価で粗悪なマスクをつけて、あるいはそれすら付けずにエーテルが高濃度の区画で働いている。仕方がないとはいえ、彼らの気持ちもわかるムジカは何も言うことができなかった。
そのままほかの注意すべき奇械について話していれば巡回を終えた探掘屋が帰ってきた。
「じゃあ、頼むぜラス」
探掘屋から熱心に願われ肩を叩かれているラスに、ムジカはわずかに眉を顰める。
だがまっすぐこちらへ歩いてきた銀髪の青年を、片手をあげて迎えてやる。
「おう、ラス。どうだった」
「巡回中、崩落のために通行が困難になっている箇所を見つけたため、がれきを除去してきました。それ以外は特出すべき事柄はありません」
「こいつ細腕に似合わずやたら力持ちだな! 感心したぜ」
今日の相棒だった探掘屋が感嘆しながらラスの肩を叩くのも気にせず、ラスは続けた。
「任務終了しました。待機してもいいですか」
「いいぞ、お疲れさん」
ラスがムジカの隣に座ったとたん、採掘婦たちがこぞって食べ物を持ち寄ってきた。
「ラス君、今日は何を食べる? コテージパイがあるぞ」
「サンドイッチも用意してきたんだ。わたし得意なの」
「紅茶も淹れよう」
「すべていただきます」
「さすが! ムジカも食べなよ。あんただって肉つけなきゃ」
「助かる」
黄色い歓声の上がる採掘婦たちによく続くなと思いつつ、テーブルに並べられたサンドイッチやコテージパイを食べ始めるラスを見やった。
たしかに、表向きは人間らしく振る舞うようにといっていたから、ムジカもラスの分の食事を持ってきている。だがそれでも彼女たちのお裾分けで一人前以上を摂取しているのだ。
奇械であるが故に満腹という概念がないのだろうが、必要ないと断らないのが不思議だった。
ついでに言えばラスが目を閉じているところをよく見るようになった。家ではムジカが声をかけるまで、隣室に設けた待機場所から現れない。質問責めにされないのは快適だとは思いつつ、少々気になる。
覚えていたら聞いてみようと思いつつ、ムジカは彼女たちの昼食のご相伴にあずかった。
なにせ、ムジカが用意したサンドウィッチよりもずっと豪華なので。
ムジカは小麦で作られたペストリー生地に挽肉と野菜を詰め込んだパスティをかじった。坑道内で汚れた手でさわるため、端っこは残すのが常識だ。
タマネギとジャガイモが挽肉のうまみを吸い込んでいる。
自分で作るには時間のかかるひと品のため、久しぶりの味を楽しんでいればラスが問いかけてきた。
「ムジカ、本日の帰宅ルートに市場での物資の補充を提案します」
「補充? 何を買うんだ」
「食料品です。テッサに実例を提示して相談したところ、ムジカの食事環境はきわめて良くないとの返答を得たため、改善すべきと考えます」
「あーもう、別に良いって言ったのに」
げんなりとした顔をしてみせたが、ラスがその程度のことで引き下がることはない。
後ろでは、にやにやとおもしろげな表情で見守るテッサたちがいる。
「お前ら面白いなあ、ムジカが面倒を見てるのかと思えば、ラスがあんたのフォローに回る」
「あたしがいつフォローされたって?」
「生活面。聞いたよ、洗濯から料理まで任せてるんだって?」
「ラス!?」
「ムジカの生活向上のために、情報提供を求めました。対比が必要と考えたので部分的に開示いたしました」
「おーまーえーはー!」
ムジカはしれっと告げるラスに対する怒りと羞恥でわなわなと震える。
テッサは打って変わって肩をすくめた。
「まっ。あんたらは恋人って言うより、親鳥とそれにひっつくひな鳥だな。どっちが上かはその都度変わる」
「そうかよ」
不本意な評価に唸りつつも、ムジカはパスティを乱暴にかじった。
実際、このところのラスの変化はめざましい。未だに表情は乏しくとも、こうして人間と混ざって対話する姿は、初期の頃よりずっとなめらかだ。
こうして見る分には表情が表に出ないなんだかわからないやつ、の範疇に収まっていた。ムジカですら、時々人間なのではと錯覚するくらいに。
ラスが自ら腕を外し、自己メンテナンスをする光景を見ていなければ、わからなくなっていたかも知れない。
彼が自律兵器だと知っているムジカは、いまさらながらこの人形がどういう意図で作られたのかと疑問に思った。実際にあるからには作った人間がいるはずなのに、様式から理由を垣間見ることができないのだ。
高度な判断能力は単機での行軍を想定しているからだろう。
ムジカが命じなくても行動することができるのも、それが理由だ。
けれど、兵器としての威力が必要ならこれほどまでに人間に似せる必要があったのかと感じてしまうのだ。ついでに顔が良い理由がわからない。
ともあれ次は、デリカシーというものを覚えてもらいたいものだと思いつつ、ムジカは紅茶を傾けながら思い出す。
「あーでも日が暮れてからじゃ市場にはろくなものないな。お前だけ先に上がらせてもらえないか交渉してみるか。最近は被害も落ち着いているみたいだし」
生鮮食品の市場は、日が暮れると同時に閉まるのが当たり前だ。
最近ははぐれ奇械の出没も落ち着いてきているし、ほかの探掘屋も対処の仕方を覚えたため問題ないだろう。
しかしラスが難色を示した。
「では、俺も残ります」
「ばっか、それじゃあ飯食えねえだろ。あたしが行ったって面倒くさくて適当なもんを買って帰るし。ウォースターさんと奇械侵入対策の話をする約束してたんだ」
奇械が侵入してくる可能性の高い場所に、警報装置をつけられないかと算段しているのだ。
だから奇械が通りやすい場所や、反応しやすい条件を熟知しているムジカに相談が持ちかけられた。別途相談料が手に入る予定なので、にんまりしているのだ。
新調したいものを脳裏にリストアップしていれば、ラスのもの言いたげなまなざしに気づく。
「どうした」
「……いえ。では物資調達後にこちらに戻ります」
「んなめんどくさいことしなくていい。あたしはガキか。一人で帰れるっての」
言い返してもなお不服そうなラスをいぶかしく思ったムジカだが、テッサ達の生ぬるい視線に顔を引きつらせた。
「ほんとまあ、仲のよろしいこって」
「うるせえ、何も言うんじゃねえ! ラス金は渡すから一人で行きやがれ!」
「……了解しました」
決まり悪さをごまかすためにムジカはラスにお金を押しつける。
そうして、言い訳のようにテッサ達に設定を繰り返したのだった。




