8話 軍勢8
「そういえば、鬼姫さんは鬼人族でしたね。であればお耳に入れたいことが」
馬車の外から御者である商人が言う。
「鬼人族は現在、集落総出で戦争してます。そこは気を付けてください」
「戦争だと?」
「ええ、そうです。彼らの集落とベルヘモット帝国が争っているんです。なので北に行くのは危険ですね。鬼姫さんなら高確率で巻き込まれます」
「そ、そうか。ご忠告有り難う」
「戦争って嫌ですよねー。ぼくらにも召集掛かったりするし、実入りは良いんですけどそれだけで──何か来るね」
冒険者が会話の途中で口をつぐむ。と同時に前方をじっと睨み付けた。どうやら何か居るようだ。
「ジェレミくーん。人?魔物?」
「待ってください。…あ、止まった。そして包囲っと。…人ですねこの動き」
「盗賊かいやだなぁ。何回目よこれ」
「さあ?数えてないですし」
どうやら前方に居るのは魔物ではなく人のようだ。このままだと戦闘になる。当然、敵を倒す必要があり、それすなわち人を殺すということだ。その思考に少女は軽く眉をひそめ、鎧姿はおでこに手を当てて深く息を吐いた。そんな中老人は言った。
「相手は犯罪者じゃ。襲ってくるのじゃぞ。迎え撃つのが通りというもの」
「あれ?キャメロットさんは殺しの経験無いんだ意外…。辛かったら見ててもいいよ?」
「いえ、大丈夫ですわ…」
「いつかは経験すること。だからな…」
やがて包囲されているポイントまで行き、馬車を止めた。道の真ん中に人が倒れているからだ。馬車の御者台から一人の男がゆらりと降り立つ。本来の御者である商人は既に冒険者の男と代わっており、剣呑な雰囲気を感じさせない足取りで倒れている人へと近付く。八割方盗賊であるとはいえ、まだ決定的な証拠はない。故の行動であり、男が持つ余裕の証でもある。
「どうした?おい、大丈夫か?」
「…く、うう。腹がへった。食い物を…」
先程まで歩いていたし、身体は痩せているが飢えで動けなくなる程痩せてはいない。お粗末な演技だな、と考えながら適当に水筒を取り出す。
「ほら、水だ。飲め」
「へへ、ありがてぇ…」
倒れている男へ水筒を手渡したその瞬間、冒険者の耳は風切り音を捉えた。頭を傾け、紙一重の場所を矢が通る。役目を果たせなかった矢は見当違いの地面へ突き刺さった。
そんな冒険者に、倒れていた男がナイフを抜き放ち首筋目掛けて切りかかった。だが冒険者の男は軽くいなし、逆に首筋を切りつけている。いつの間にか冒険者は剣を抜いていた。
「ほら、強いでしょジェレミくん」
「そうだな。本当に…」
「矢の雨を見ずに避けるか…人間技ではないのう」
馬車の小窓から呑気に観戦している四人。馬車の中だからといって絶対に安全な訳ではないが、敵が侵入するには壁か扉を破壊するしかない。それに関して一番危険な魔法だが、これは冒険者の男が発動前に察知して防いでくれるらしい。何の危険もない。
「あ、やば。皆ごめーん!」
唐突に冒険者がそう叫ぶ。小窓から外を覗いていた少女は、視界の端に何かちらつくのが見えた。それは次の瞬間には近くに来ており、視界がぶれる。
──ゴッ、パァァァン!!
爆発音。衝撃波で馬車の扉は引っ剥がされ、馬車内部と外界を隔てていた物が無くなる。これは盗賊の一人が馬車へ向けて何かを放ったことで起きた現象のようであるが、何にしても不味い。
扉があった場所にぬるりと盗賊の刃が入り込んで来た。その矛先は商人の首であり、狙われている本人は懐に手を突っ込んで盗賊を睨んでいる。鎧姿と老人は呆気に取られたままで、何が起きたか分かっていないようだ。
そして少女は、商人と盗賊の間に割り込んでいた。
聖炎を発顕させた少女はナイフを受け止め、もう片方の拳で盗賊の顔面を殴り付けた。気を失いぐらりと倒れる盗賊。その盗賊を足蹴にして少女は外へ降り立った。運賃を精算する良いチャンスだと少女は思っていた。
「鬼姫さん!ナイフには毒が塗ってあると思いますので、気を付けてくださーい!」
「承知したッ!」
馬車の扉があった場所に鎧姿が立ち塞がり、老人はその斜め後ろで警戒している。恐らくドレイン付与を発動させている老人、また鎧姿も何かあれば直ぐに少女へHP譲渡を行える位置に立っている。少女はそれを見て少しだけ肩の力を抜いた。
別に少女は血が見たくてこんな所に立っているのではない。ただ二人、鎧姿と老人のスキルに比べたら擬似攻撃スキルとして使えるのではないか、という考えがあってのことである。少女はロックドラゴンに狂化を重ね掛けし解いた時、ロックドラゴンが動けなくなっていたのを見て運用を思い付いていた。拘束出来るのが一瞬であっても、距離関係なく発動出来る時点でそれは強みだ。こんな風に──。
飛んできた矢を軽く叩き、ナイフを構えて地面ギリギリを走って距離を詰めてきた盗賊へ向けて呪いを掛ける。不安だから十回、いや二十回掛け、地に伏せた瞬間呪いを解く。脱力した盗賊。何事かと顔を上げた次の瞬間には殴り飛ばされていた。
「ふは…。ふははははッ!掛かってこい!この木偶共がッ!」
樹上に居た弓を持った盗賊を呪いで叩き落とし、呪いで行動を止めた盗賊の手甲を中身ごと握り潰す。樹上の盗賊は落下の衝撃で首があらぬ方向へ向き、手を潰された盗賊は負けじともう片方の手で予備のナイフを取り出す。だが刃を振る前に少女に大きく投げ飛ばされて木の幹に当たり気を失う。
少女は高揚していた。もともとロールプレイでそういう性格を演じていたのもあるし、ドレイン付与の効果で攻撃する度に気分が良くなるのもある。それに腕力限定で見れば聖炎装備のおかげで身長を大きく越える男を投げ飛ばすことも出来るのも拍車をかけていた。
だが、根本に少女はそういう気質があったのだ。
「どうした?!矢の雨ばかりで寂しいではないかッ!近付いてこんかいッ!」
いつの間にか盗賊が距離を取っていた。与えられた情報とは違うことに盗賊は困惑し、撤退を考え始めていたのだ。
後ろでは鎧姿と老人も戦っている。少女が撃ち漏らした、というよりかは隙をついて商人を殺そうと迫る盗賊に対応する為であった。老人は杖でナイフを弾き、杖先で突いたりこん棒のように使っている。盗賊はその杖が明らかに木製であるのに切りつけて硬質な感覚が返ってくることと、老人の見た目にそぐわない俊敏な動きに困惑していた。
鎧姿だが、立派な長剣は刃を盾にして戦っている。盗賊を攻撃するのは足や拳といった物だけだ。安全を第一に考え戦っている、と言えば聞こえは良いがどこか恐れを感じる動きではある。
「いやぁ。ごめんごめん。対応が遅れたよ」
冒険者の男が老人と相対していた盗賊の首の裏を切り裂き、鎧姿と相対していた盗賊は腕ごと切り落としてナイフを手放させる。鎧姿はやはり青い顔をしていた。
少女がふと気が付くと矢の雨が止まっていることに気が付く。取り囲むように居た盗賊はといえば全て絶命していた。おそらく冒険者の男がやったのだろう。
バックステップで距離を取る片腕の盗賊。まだ闘志は折れていないようで、片腕でもナイフを抜いて戦おうとしている。そんな盗賊の背後から老人が杖の上部、太くなっており宝石も付いた部分で殴り付けた。それはすでに鈍器と変わらず頭蓋を砕いて盗賊はそのまま動かなくなる。
「うん。これで最後かな」
「う、うう」
「大丈夫ー?キャメロットさん?」
「え、ええ。ありがとう、助かったわ」
会話をする二人の元へ、それぞれ集まってきた。冒険者だけは返り血が酷いが全員傷は負っていないようである。
「いやー、まさか魔裂晶持ち出すなんてねぇ」
「いよいよ持って隠す気がなくなってきましたね」
商人と冒険者の男が会話をしている中、唐突に聞かない単語が出てきた。戦いの中で魔法らしき物は見ていないので、馬車の扉を破ったアレだろう。
「のう、魔裂晶とは何じゃ?」
「これのことですよ」
商人が懐から奇妙な形をした石を取り出した。その形は人が調整した以外に考えにくく、宝石のように透き通った赤色をしている。良く観察すればその表面には細かな溝が彫られており、文字らしき模様も確認出来た。
「これは炎の魔裂晶です。魔結晶を加工して造られた物で、とても高価な物なんですよ」
「…綺麗なものだな」
「他にも、ほら。風の魔裂晶に闇の魔裂晶。グレードダウンしますが火の魔裂晶とかですね」
「これと同じのを奴等も、ということか」
「あれは爆発の仕方的に炎の魔裂晶ですかねー」
「そしてこれを持っているということは普通の盗賊ではありません。まあ何処かから奪ったという線もありますがそんな高級品を私のスカスカな馬車へは使わないでしょう」
「ようするに…なんじゃ?」
「…ちょっと私。別の商店に狙われてて。単純に言えば商売敵ですね。巻き込んでしまったようで、すいません。皆さんのおかげで助かりました」
商人は幾つか魔裂晶を持っていたので、三人が居なくても撃退は出来ただろう。そのことを商人に伝えるが。
「いえいえ、先程も言いましたが高価な物ですから。使わないに越したことは無いですよ」
そう言って会話を切り上げたのち、壊れかけの馬車でその場を離れた。残るは盗賊の死体のみ。
(豹変)