46話 底力6
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蒼鎧の鼻っ柱が叩き折られた後、対"影の女王"の戦局はキャメロット達三人の思惑通りとなった。すなわち犠牲が最小限に抑えられ、影の女王を釘付けに出来ている、ということだ。
それから一週間も経過しているが、未だ影の女王は討ち取れていない。サイズは大分縮み身長二メートルほどになり、直立しており健在である。だがこれで良いのだ。全ては順調であった。
現在、指揮権を持つキャメロットは初日より大分前線に来ている。これは自分のスキルが発動しやすく、女王の行動パターンも把握しやすいという理由の為だ。
キャメロットの隣には、王都のグランドマスターが視察に来ている。最後に見た際は疲労オーラ全開であったのに、今は柔らかい自然な笑顔に変貌していた。
二人の居る位置は魔術師の土魔術によって造られた小さな丘の上なので、戦場が一望出来る。そして戦況はかなしいほど一方的であった。魔物にとっては不幸な出来事だが、王都を魔物から護る組織の頭であるグランドマスターにとっては、これほど嬉しいことは無い。
「キャメロットくん。やはり君を見込んで正解だったよ」
「煽てても何も出ないわよ。そんな言葉より、ねぇ?グランドマスター?」
「分かっているとも。この時点で、出来る限りの謝礼を払うことを約束しよう」
「ふふ、良かったわ」
何の話かと言えば、端的にカネの話であった。先立つ物はカネという言葉が存在するように、何事にもカネは掛かる。
特に王都は物価が高く、少し背伸びした買い物や安全の為のポーションを買おうとすると、少ない貯蓄を切り崩さなくてはならなくなってしまう。かといってポーションの材料を揃えて安くすませようとしても、王都周辺では採取出来ないせいかやはり高くついてしまう。
だがそれらは全てカネで解決出来る。
キャメロットは指揮の為に高台へ居るが、残り二人と鍛冶師ダダンは前線に来ていた。想定通りの動きを見せる影の女王に対し、キャメロットの近くで警戒するよりも武功をあげるのが最適と判断したからだ。
ダダンはグランドマスターの指示通りに五日目までキャメロットの護衛をしていたが、六日目からは前線に出てしまった。彼曰く身体が鈍るからという理由がある。
視点を指揮台から前線へと移す。そこでは次から次へと襲い来る影系魔物達を屠る"作業"をしていた。影蛇や影狼は大したことが無く、影竜であっても周囲の冒険者と協力することによってほぼ無傷で倒すことが出来ている。まさに作業であった。
「おぅい。そろそろ交代だぞぉ」
「む、そうか。分かった」
鬼姫は後ろ控えていた冒険者と入れ替わり、後列へと下がっていく。この戦いは、純粋に高い戦闘能力は求められず継戦能力が求められる珍しい状況と言える。
視線を別に巡らせると、マッドと鍛冶師ダダンの姿が見えた。ダダンが大楯で影狼に対し強烈なシールドバッシュを食らわせ、マッドがナイフで地面と頭を縫い付ける。
そこに仲間を助けようとしているのか知らないが、影狼の増援が来るが準備していたボウガンの引き金を引き足止めを行う。
様々な道具を上手く使いこなすのだ。器用な物である。
と、その奥にキャメロットの突っ掛かった蒼鎧の姿があるではないか。しばらく観察してみた所、大剣で影蛇と影狼をバッタバッタと薙ぎ倒している。影の女王には負けてしまったようだが雑魚相手には正に敵なし。初日に憤っていたが、それだけの実力はあったようだ。
影狼の首を切り落とした所で、影竜がのしのし歩いて来た。周りには別の魔物を相手している冒険者しか居らず、どのように戦うのだろうか。
蒼鎧は大剣を肩に乗せてぐっと力を込め、
「……一閃」
ぼそりと呟いた蒼鎧の大剣は、影竜の高い位置にある頭部、それも眉間に吸い込まれ次の瞬間に弾けとんだ。今のは何なのだろうか。一瞬だけ剣が伸びたように見えたが、剣に秘密があるのか技術的な物なのか。それは分からないが、この技を放ち蒼鎧はさしたる消耗も見せていないのだけは確かだ。
頭が消し飛んだ影竜はどんどん体積を減らし、他の影魔物と同じく"影の集塊"へと姿を変えた。本来なら拾うべきなのだろうが、そのような事をしている暇など無い。またこんなに影魔物が発生しているのだ。値崩れ間違いなしのアイテムなど研究者以外誰が拾おうか。少なくとも冒険者達は興味を無くしていた。
そこら辺に落ちていたら危ないと思うかもしれないが、"影の集塊"は粘土に近い手触りで、別段踏んでも問題ない。踏んだとしても油ほど滑るという訳でもないのでこのように放置されているのだ。戦闘が終われば小銭にはなるので皆回収するだろうが。
「…?」
と、その時。鬼姫が僅かに違和感を覚える。何だろうか。視界に入った影狼の動きがおかしかった気がする。それは何か、と言われると弱いが。
だがその疑問は直ぐに晴れることになる。
影魔物が女王を中心に渦を描きだしたのだ。急に変わった魔物の動きに狼狽える冒険者だが、そこは歴戦の猛者達。即座に対応して影魔物を攻撃する。
このような行動パターンなどあっただろうか。依然として反時計回りに魔物は動いている。という所で先程の違和感の正体が判明した。魔物達が"影の集塊"を咥えているのだ。影竜に至っては拾っては飲み込み拾っては飲み込みを繰り返す。完全に異常行動であった。
何か起きている。現実となった影響なのか、元々こういう行動パターンが隠されていたのか。何はともあれ初見の行動には防御を固めるべきである。
「マッド!ダダンッ!」
眉をひそめているマッドと黙々と影魔物を潰しているダダンへと声を掛ける。すなわち集合の合図だ。マッドとそれに連れられたダダンが戦線を抜け出し、鬼姫の元へと移動してきた。
「姫さま。これは…何なんじゃろうな」
「やっぱり知らないか」
三人が集まった所で指揮台のキャメロットから号令が飛ぶ。
『総員警戒!魔物から距離を取れっ!』
声色からして焦っているようだ。キャメロットからしてみれば覚えのない行動であり、その焦りは推して余りある。
魔物達の動きを見ていると影の集塊を咥えたまま"忌み嫌われし影の女王"へ次々吸収されていき、即座に新しい影魔物が生産されていく。
飲み込み、生み出し、呑み込み、産み出し、喰らい、吐き出し、取り込み、分離し、混ざり、剥離し、合わさり、分かれ、重なり、拒絶し、受け入れ離れ集まり分割し分裂し接合し複合し結合し───────
──「痛イ」
ぞくり、と何とも言えない悪寒が鬼姫を包む。声の発生源は影の女王であった。女王は吸収と生産を繰り返しているが、本人は悶え苦しんでいるようにも見える。
ゲーム内で影の女王が言葉を話すことはなかった。発声していたのは言葉にならない雄叫びだけのはずである。
──「苦シイ」
狂った女王が自身の顔面を引っ掻きまくる。真っ黒な顔面から、よく分からない半透明な汁が染み出し垂れた。その間も声にならない声──黒板を引っ掻いたような嫌な音に近い──を断続して出している。
──「熱イ」
女王の右手に配下が集まっていく。右手に取り付いた影蛇と影狼が圧縮され、影竜が喰らい付き縮小され、それらを繰り返す。ギチギチと異音を立て魔物だったモノが形を成す。
歪な形をしているが、それは剣であった。
所々から竜の頭や蛇の尾が飛び出したままになり、異形の剣と言っても差し支えない状態だが安定はしている。
女王はそれを肩に乗せ、静止した。剣先はこちらに向いている。水平ではなく若干上を向いているだろうか。
鬼姫の嫌な予感が再沸する。このような型は先ほど見たような──。思い当った。あの蒼鎧の突きと同じ型である。
「──ッ!」
「姫さま?」
鬼姫は渾身の力で跳躍した。女王の剣先の延長線上にはキャメロットが居るはずである。見なくても分かる。
あの影の女王が何故こんな行動に出たのか。何故蒼鎧を真似たのかは分からない。だが何かが切っ掛けとなり、理性を得たのだ。
冒険者を瓦解させるにはどうすれば良いか。簡単である。頭を潰せば良い。音頭を取る者が居なくなれば冒険者の戦線は瓦解しやすくなる。
──「死ネ」
女王が剣を爆発させた。そう見えるほど強烈に瞬間的に剣先は迫る。
鬼姫の目には迫り来る剣先がスローモーションに見えていた。ゆっくりと大きくなる剣先。背後にはキャメロットが居るだろう。どうにかしなければならない。
鬼姫は剣が側面まで来るのを待ち、剣の腹を殴り砕こうと画策する。この剣の硬さが分からない。なので狂化を理性が保てる三回を越し、十回だけ自身に掛けた。
狂化の恩恵によりみなぎる力。それと引き換えに理性はべりべりと剥がれ落ちる音を幻聴する。自分の中で膨れ上がる狂性を押さえ付け、渾身の力で剣の腹を殴り付けた。
──みしり、と嫌な音を聖炎護手が発する。壊れるだろうか。しかしそんな些細な事に構っていられない。もう片方の手で追加で殴る。
「──がッ!」
鬼姫は拳を振り抜いた、情けない格好で地面に落下する。異形の剣はまったく丈夫であった。砕ける所かこちらの武器が砕かれる所である。
狂化を解除し、微かな虚脱感を覚えながらも鬼姫はキャメロットへと目をやった。




