45話 底力5
『──良いか!?この化け物が本気を出してみろッ!影の魔物を雪崩のように出されちゃあ、一巻の終わりだ!そうなる前に本体を叩くべきだろッ!賛同する奴はオレの後に続けぇッ!』
そう宣った蒼鎧は影狼の頭部を踏み砕き、鈍い色を放つ大剣で道を切り開き駆け出した。周囲の冒険者達は全員それに続き、他にも戦線の半円からパラパラと続く者が現れた。
幸いにも蒼鎧に同調した人数は多くはなかったが、無視出来ない欠員ではある。
一部従わない冒険者が発生する事態に直面したキャメロットであるが、表面上は冷静に口を開いた。
『──委任状もグランドマスターから正式に託された物だっ!従わねばギルドへの背信となるぞ!…諸君らが真に国を、民の安全を憂いているならば、私の指揮に従って元の位置に戻れっ!』
その号令で何人かの冒険者は戦線に戻っていく。だが数は非常に少ない。その時点でキャメロットは口元から拡声石を離した。
鬼姫がそんなキャメロットへ話し掛ける。
「なぁ。妾がブン殴ってきても良いか?」
「駄目よ。…放っておいて大丈夫だから。こういう輩は一回痛い目見ないと、素直にならないもの」
「まあ冒険者である以上、全て自己責任だからの。怪我しようが、死のうが、わしらに責任は無い」
「いえ、見殺しにはしたくないの。いざとなったら使うわね」
キャメロットの使うとは武器の付与スキルである"殺身聖仁"のことだ。元々配下に自分のHPを贈れるスキルであったが、現実となった影響で誰にでも体力を与えられるスキルとなっていた。
そうしている内に影魔物達を潰した蒼鎧の一塊が、影の女王へとたどり着いてしまう。その冒険者達は女王本体へ、一太刀二太刀と猛撃を繰り出す。
──オオォォォォッ…!
そこから影の女王の反応は劇的であった。標的を攻撃してきた冒険者に絞り、巨大な手の平を叩き付ける。あわや全滅か、という光景が幻視されたが違う。モロに攻撃を受けたが、彼らは無事であった。
良く見ると彼らの頭上に、大きな薄い盾のようなモノが浮いているのに気が付いた。防御の魔術か何かだろうか。影の女王の巨大な質量を受け止めきるなど、凄い耐久性だ。
だが影の女王の攻撃は途切れることが無い。二撃目で盾全体に亀裂が走り、三撃目で砕けてしまう。女王の掌撃によって、何度も何度も叩き潰された。
「ああっ」
「まあ、こうなるじゃろうて」
「でも二回は耐えるのか。あのバリア、どんだけ硬いんだろうな」
「女王の攻撃を耐えるレベルのう。…高レアな巨体タイプの配下なら、一回くらいは耐えそうじゃな」
鬼姫とマッドが冒険者達の障壁について考察していると、キャメロットが青い顔をしているのに気が付いた。
元来キャメロットは戦いに向かない性格をしている。良く言えば優しいとも言えるが。ゲーム内ならともかく、現実で人が傷付き死ぬ光景は見たくないだろう。
「キャメロット。無理をしないで使えば良いぞ」
「ん…。大丈夫よ。もっと後の方が、都合が良いのは、分かっているから」
「そうか…」
「む。あ奴ら、逃げ帰ってきたな」
蒼鎧が率いた冒険者の一塊が、這う這うの体で離脱してきた。女王の掌撃のあった地点では、何人かが倒れ伏したままになっている。遠目からでは死んでいるか気絶しているかは分からない。
「倒れているのは、駄目みたいね…」
「分かるのか?…そうか、スキルで」
キャメロットはスキルを利用して、死亡判定を行ったようである。死体には体力を贈れない。
再び拡声石を取り出すキャメロット。
『怪我が特に酷い者は、私の所に連れてこいっ!軽傷なら治療に下がれっ!』
その指示によって、一人の人物が背負られて来た。運んできた者はあの蒼鎧であり、運ばれているのは隣にいた魔術師の女であった。長い茶髪がぐちゃぐちゃに乱れており、顔が血だらけで耳から流血がある。内臓も傷付いているのだろう。
蒼鎧は顔面蒼白にしている。心情を言語化すると「こんなつもりじゃなかった」だろう。先ほどまでの自信満々であった彼の面影は既に無い。
蒼鎧は魔術師を背負ったまま、キャメロットの前で立ち尽くしている。プライドが高いのか何も言葉を発しない。
キャメロットから声を掛けた。
「彼女をそこに寝かせて」
「ッ!…あんたが、キャメロット、だよな?そのなりで術師だったのかよ。頼む、治癒術を…」
「術師じゃないわよ。いいから寝かせて。早く」
「なッ…!お前、何で連れてこいと──」
「いいから!早く!間に合わないわよ!!」
ウダウダしている蒼鎧に喝を入れ、強制的に地面に寝かせた。そしてキャメロットはスキルを発動させ、体力を分け与える準備に取り掛かった。スキルは現実となってから何度も発動しているが、ここまでの大怪我を治した経験はない。だが何も完治まで持っていく必要は無いのだ。危険な状態を脱しさえすれば良い。
キャメロットは両膝を着き、意識を集中して血だらけの魔術師に向けてスキルを発動させた。魔術師は内臓をかなり痛めているように見える。そこで、自分の内臓を切り分けるようなイメージで力を込めた。未だ魔術師の容態に異変は見られないが、自分の身体がチクチクと痛みだす。そこから痛みはズキズキ、そしてジクジクへと変遷していった。
ある程度体力を分け与えた所で、魔術師の容態は落ち着いた。呼吸の度に、こぽりと血塊を吐いていたのが無くなり、胸部も正常な上下を繰り返すようになった。
これくらいで良いだろう。そう判断したキャメロットは視線を切って立ち上がった。
立ち上がったが、思うように力が入らず倒れてしまう。
「危ない」
「ぁ、姫ちゃん。ありがとね」
「無理をするな。やり過ぎだ」
「いえ…。うん、ごめんね。でも少し気が抜けてしまっただけだから、大丈夫よ」
「むぅ…」
魔術師の治療は終えた。危機を脱したと言っても、まだ油断は出来ないが後は野戦病院で治療を受ければ良いだろう。そうしてキャメロットは視線を蒼鎧へと向けるが、蒼鎧は「治療はまだか」という視線を投げ掛けているだけであった。
「終わったわよ。治療」
「なんだと…?…傷が塞がって、閉じている。…お前、一体何をした。何者だ」
「まだ完治とは言えないから、早く後ろに持ってってちょうだい。置いたら貴方は戦線に戻ってね」
「なあ、あんた。…いや、分かった」
蒼鎧は再び魔術師を背負い、野戦病院の方へと歩きだした。キャメロットは張っていた気を緩め、鬼姫へと体重の少しを預ける。キャメロットは若干無理をしたようだ。これだけ体力を渡したのは初めてであったので、加減が分からなかったのだ。防具のおかげで体力の回復が早いと言っても、負担は負担だ。すぐに立てるようにはなるだろうが。
「あの男、礼も言わなかったのう」
「プライドの塊だな。砕いてやりたい」
「…うーん。たぶん、そうとう堪えたと思うわよ。彼が率いた冒険者はほとんどが即死。同じことはしたくないと皆が思うわ」
続けてキャメロットは「現状、私以外の指示には従えない」と呟いた。再び戦線に目を向けると、多少は混乱していながらも冒険者達はキャメロットの指示を継続して守り、女王から一定の距離を取って戦っていた。
場を乱す因子は、もう居ない。そして女王を直接叩くメリットは薄いことに気が付いた。指揮を求める戦場には、キャメロットの声が良く通る。




