40話 暴走2
Reboot
遠くから、何かが猛スピードで飛んで来る。それは黒い点であった何かが、僅か数秒で人間だとはっきり分かるまで近付くほどの速度。黒い炎も一秒前の空間に置き去りにされてしまう。
そしてそれの高度は徐々に下がりやがて地面に激突した。
──バッ、ゴォン!!
──ズゴォッ!
──ズドッ!
──ズッ……ズザァーッ
その黒炎を吹き出しながら飛ばされる人間は、影の女王に弾き飛ばされた鬼姫その人であった。鬼姫が地面に激突した瞬間、爆音と共に小さなクレーターを作り出す。
だがそれだけで速度は死なず、まるで水切りの石のような挙動で数回跳ねてようやく静止することが出来た。
「……」
膨大な土煙を漂わせて小石がパラパラと重力に従い落下していく。やがて風が土煙を吹き飛ばしていき、鬼姫の状態が露になったが鬼姫の状態は悪いものであった。
その惨体は僅かな黒炎を燻らせ全身に青アザが出来ている。鼻や口からたらりと血が流れ、防具である聖炎護腕は全体に亀裂が走り今にも壊れてしまいそうだ。元々発光していた護腕であるが二回りほど明度が下がっているように感じられる。
そんなボロ雑巾みたいになった鬼姫であるが、死んではいない。それどころか骨の一本も折れていないのだ。口の中に溜まった血液でむせ込みながらもゆっくりと呼吸をしていた。
鬼姫は残り僅かに纏わり付いていた黒炎を止めるよう念じ、狂化スキルの発動を止める。
「がはッ!…は、ひゅ。はッ…」
鬼姫は一度立ち上がろうと力を込めるも、身体は痙攣を返すのみで全く力が入らない。それに加え強烈な喪失感が立ち上がろうとした鬼姫の考え自体を押し流してしまう。
幸いにも周りに魔物が居ない事から早急に対処する案件は無い。ただマッドのことがあるが、鬼姫が女王相手に突撃して時間は稼げた。その時間で安全圏まで逃げ切れていると思いたい。
「はッ、はッ。ぅ…」
仰向けに倒れている鬼姫は、辛うじて動く両腕。その右腕を空に掲げ腕防具の状態を目の当たりにした。全体に大きく亀裂の入った聖炎護腕は所々欠けてしまっているように見える。その部分は光も一段と弱く、腕を守れているのか怪しく感じる。
同じ攻撃を受けたであろう聖炎護手はヒビ一つ入っていないのは不幸中の幸いではある。これは武器系統と防具系統に設定されている耐久値に大きな差があるのが理由だが、こんなにも早く防具が壊れかけるなど予想外であった。あのような無謀な狂行をしとして、命があるだけマシかもしれないが。
鬼姫は力の入らない体で何とかベルトと肩紐で固定されていたバックを取り出す。回復薬を取り出す為であるが、案の定ポーションの瓶は割れバックは水浸しだ。あんな動きをしておいて無傷なポーションなど普通のガラスでは達成しえない。
(回復薬が…。ああ、頭が痛い。…何にせよ、回復を、しなければ)
苦労してベルトからバックをひっぺ剥がし、湿ったバックそのものを絞り液体を口の中に垂らす。非常に量が少なく、土とポーションが混ざった泥が時折口に入りザラザラして不快である。体力回復用のポーションやスタミナ回復ポーション、汎用性のある解毒ポーションが混ざった絞り汁。
それらを限界まで絞った後、鬼姫はバックを近くに投げ捨てた。バックには他にも止血用に使える布や携帯食料である硬く不味い塊が入っているが今は出血もしてなければ食欲など微塵もない。
「……ぅ。…ふぅんッ!」
全身に力を込めて何とか立ち上がる。
鬼姫は影竜に丸呑みされてからの記憶。つまり狂鬼乱舞のスキルで自分自身を汚染した後の記憶がうっすらとだが残っていた。意識は朧気で途切れ途切れであるがマッドと誰かに攻撃を当てそうになった事。巨大な影の女王に何故かムカついて本体を叩きに行った事。そして大きな手の平に潰されそうになるその直前。そこまでの記憶はある。
だがそこからの記憶は無かった。だから何故自分がここに居るのかが分からない。地理的には王都の近くであるようだが影の女王は遠く、とても遠くに存在している。
その付近で火柱が上がったり空から氷塊が降っているのを鑑みれば未だに冒険者が奮闘しているのだろう。この世界の冒険者というのは……そう、とても強い。奴の攻略法も教えてある。心配せずとも女王を食い止めてくれるだろう。
鬼姫は体を引き摺るようにして歩いていく。目指すは王都から影の女王付近の森へ続く街道。マッドを捜しに森へ行くのも王都に戻るのも街道を歩いた方が都合が良い。
凹凸の激しく歩きにくい草原より固く踏み締められた街道の方が歩きやすいし、街道を行く冒険者から情報を貰えるかも分からない。
そんな事を考えながら歩いていると、女王の居る森から王都に向けて馬車が走っている。追加の冒険者を送り届けた帰りだろうか、と推測した所で馬車から誰かがこちらを見ているのに気が付いた。
馬車が近付いてくる。だが御者は鬼姫に気が付いている様子であるが速度を緩めることなく止まる気配はない。これは御者が女王を食い止める為に冒険者を送る仕事を優先したこと。歩く鬼姫がそこまで重症に見えず歩いて王都に帰還可能だと思ったこと、が理由であるが、馬車から覗くその一人は違った。
「!御者!馬車を止めてくれ!」
「え?……いや、組合に帰るのを優先する。手が足りない」
「──チッ」
「おい?……おいっ!?爺さん!?」
通り過ぎようとする馬車。その荷台からローブ姿の男が落下し、ゴロゴロと数回転がった後立ち上がる。そのような凶行に及ぶと思っていなかった御者は流石に置いていけないと馬車をよくやく止めた。
その男とはまさしくマッドである。
「姫様ッ!?」
全身に痣だらけの鬼姫にマッドは駆け寄る。そんな鬼姫は知っている顔を見たことで、強張っていた肩の力が抜けるのを感じていた。
武器種と防具類の耐久値について
軍勢オンラインにて耐久値は武器≫防具であった。無付与で最低ランクの装備に、木の棒と布の服という装備が存在するが耐久値は
木の棒《100》
布の服《10》
と、十倍もの差がある。
何故軍勢オンラインの運営はこのような調整をしたのかというのも、防具は簡単に壊れても武器は最後まで残っていなければならないという考えの元、このような調整が成されていた。
武器一本さえあれば逆転の芽は潰えない。そして防御力が高く無駄に戦闘が長引くのも面白くない。という理由からこういった耐久値が調整されていたのである。
防具は壊れても付与されている能力は残る仕様。なので、流れ矢で防具が破損し一転劣勢、なんてことは起きない。




