39話 暴走1
「デカい図体しやがってェッ…。縮めてやるか」
黒炎を全身に纏った鬼姫が猛スピードで森を駆け抜けていく。木々を足場に、蹴った衝撃で何本かをへし折りながら森を突破した。
影の女王が近くなると必然的に配下の魔物の数も増えていく。影魔物は主に三種類、コストが軽く素早いが、耐久力も持久力も無い影蛇。コストと性能のバランスの良い影狼。コストは度外視だが圧倒的なステータスを誇る影竜。影竜はその巨体故に重いのが弱点とも言えるかもしれない。
ただし影の女王だけは例外である。そのステータスは一般的な影魔物と比べることは出来ない。
地面にヒビを入れる程の力で走る鬼姫。そんな力で踏み込めば足にダメージが行きかねないものだが、足裏だけは保護している草履と強化されたステータスで反動は無くなっていた。
影の魔物が女王への道を阻まんと立ち塞がる。それを踏み砕き、潰し、足蹴にする、と難なく突破していく。
影竜は重さ故ついて来られない。影狼も影蛇もステータスが低く踏み砕かれてしまう。鬼姫の足は止まらない。
「…ハ、フハハハハ!!」
「シャァッ!ピッ…」
「脆い脆いッ!世界が狭いッ!ブハハハハッ!?…ン"ン"ッ!…ゲホッ」
影蛇の頭を地面と一緒に踏み抜いて、大声で笑う鬼姫。行動は終止一貫しているが、言葉はかなり訳がわからなくなってしまっていた。苛ついているのか、楽しんでいるのか。急に冷静になったと思ったら、次の瞬間には興奮していたりと世話しない。
狂化のデメリットである。まだ思考は可能のようだが、平静なら影の女王に向かっていくなどの無謀などしない。
そんな事を続けて猛スピードで走っていれば、当然影の首魁である女王の直ぐ直近にたどり着く。近くで見ればその大きさは圧倒的であり、前世で換算するとビル何棟分に及ぶだろうか。
──オォオオォォオ…!
「いやぁ、デカっかいな!」
女王のマネキンのような黒一色の面が鬼姫を見下した。全ての動物を屠り、大地を我が眷属で染めようと画策する雄大なる女王。彼女は鬼姫を見て、この小さな存在が眷属でも上位なる闇の者でも無いのに漆黒を纏っていることに疑問を持つ。闇も影も感じないのだ。
このキャンキャンと煩い小虫に頭を悩ませていた女王であったが、鬼姫がライダーキックの如く鋭い蹴りを入れたことで考えを切り替えた。
この、無礼な小虫を磨り潰してから考えれば良い、と。
「どおぉっせいッ!とあッ!」
──オォオオオ!!
「あん?…ん」
数多の影の上を蹴って移動しながら女王に攻撃していた鬼姫は、ふと風を感じて空を見上げた。
何かが、物凄いスピードで迫って来ている。瞬きの間に空は真っ黒に塗り潰されてしまう。
「あ」
──ズッダアァァァァアアン!!!
それは巨大な掌底。女王が腕を振り下ろした。ただそれだけなのである。
ゲーム時代、影の女王の通常攻撃がこれであった。巨大故に腕を振り下ろすだけでも大災害と化す。鬼姫は知っているはずなのだが、狂化のせいで思考が鈍ってしまったのだ。
──オォオオ…!
影の女王は配下である影魔物ごと鬼姫を叩き潰した。であるがこの攻撃によって出た影魔物の損害はゼロだ。
配下の生産により拘束。そこに即死級範囲攻撃。配下のみ吸収して損害無し。これこそが影の女王の強さである。
ゆっくりと影の女王は腕を退かし、叩き潰した愚か者の行く末を探す。さぞや全身が破裂して無様な肢体をさらしているだろう、と考えていた女王の期待は外れ、そこには四肢がちゃんと付いた鬼姫の姿があった。
「あッ、ぐぅッ」
──オオォォオ…
その姿は先ほどよりも更に漆黒に沈み、辛うじて人形に見えていた黒炎も強くなりすぎて何が何だか分からなくなっているほどだ。
鬼姫は、辛うじて残っていた知性をかき集めて女王の攻撃に耐えられるようスキルでステータスを上げていた。故に即死級の攻撃を耐えきったのである。しかしその恩恵で完全に理性が飛んでしまったらしい。
もう知識も戦略も残されていない鬼姫では、女王には勝てない。
「うがあッ!がああぁぁッ!!」
女王の攻撃により空いた空間に影魔物が雪崩れ込んでくる。それらを軽々と投げ飛ばし、憎き女王への距離を詰めていく。
だが単純な物量は脅威だ。少しも動けないまま二度目の攻撃が空を覆い隠す。
──オオォオ…!!
「ぐがぅッ!あッ!おおッ!?」
地を埋め尽くす黒い影の軍勢に、力を増した鬼姫は対処するだけで精一杯。
迫る掌手。それは空が墜ちてきたのではと錯覚するほどの圧倒的な質量である。猛烈な風圧の中で飛ばされてしまう影魔物が居る中、鬼姫は生存の為に必死に足掻く。
──ズッ、ドオォォォォオン!!!
莫大な質量が墜ちた。同じ地点に二度の攻撃により、大地は大きく陥没する。それはまるで隕石の落ちたクレーターのようで、否応にも影の女王の偉大さを思い知ることになるだろう。
「…があッ!…あ?」
そんな攻撃を鬼姫は空中に逃げることで避けていた。ステータスが幾ら上がっていても重量は変化していない。地面に取り付くことで女王の起こす風圧に耐えは出来るが、そのままでは即死は免れない。今の鬼姫であっても本能で二撃目は不味いと悟っていたのだ。
しかし逃げた場所が良くない。足場が有りさえすれば縦横無尽にいつまでも逃げられただろう。だが空中では踏ん張りも効かず、逃げ場など存在しないのだ。
手は二対で一つ。右手で攻撃した影の女王は対の左腕を大きく薙ぐ。逃げ場の無い鬼姫はそのまま影の塊に吸い込まれ──。
「ッ」
──ブゥッ、オオォォォオオンッ!!!
強烈な風切り音を轟かせた掌手は目障りな小虫を一瞬で数十メートル連れていった後、遠心力に導かれるままとんでもない速さで弾き飛ばされてしまう。
それはまるで夏場鬱陶しい羽虫を払うか如くであり、鬼姫の姿は小さな黒点となる。そしてそれもすぐに見えなくなった。
──…オオオオオオオオオォォオオ!!
予想外の慮外者であった。影の女王は邪魔な小虫を排除した後、轟音を響かせより一層配下を生産し歩みを再開させる。
影の一団は進む。全ての地を影で覆い尽くさんと決意して。




